4話 覚悟を決めない覚悟
不純物であるタイサ・アズニャルは去った。
異物を除外したアルディア王国残党は根城とする宿屋の一階サロンにて今後の方針を練っていた。
外は夜の闇が覆い蝋燭台で揺らめく明かりだけがフロアを照らしている。
「あの小僧の言っていた事について皆はどう思う」
マーキンはメンバーの発言を促がす、方針を示さず意見を求めるのはリーダーとしての資質に難があることを表している。
「この拠点にメンバーが集中しすぎている、この指摘は一定の正しさはあるかと」
「だが戦力の分散は戦術として後手ではないか?」
「あの小僧のあの目、当方としては信用できません」
具体案は示されないが議論は熱を帯びる。
「少々よろしいでしょうか?」
マドリュー・パーセナル元宰相が落ち着いた声で場を制す。
「うむ、皆もマドリューの発言を待て」
「でわ……私の意見を述べさせて頂きます」
前置きを一つ挟み、涼しげな表情をした優男はとうとうと語りだした。
「戦力の分散配置についてですが私は反対です、理由は明白、我々には数に限りがあります」
「ふむ」
「あの少年が言うイタチゴッコ、これこそが我々の最も恐れるべき事態だからです」
「……」
「我々の数には限りがあります、増員はありえません、人員が減り続ける、これは挙兵の成功率を減らし続ける結果しか招きません」
「確かに……」
皆、口々に賛同する。
「一塊となり身を寄せ合いながら力を目減りさせることなく蓄え、乾坤一滴の一撃を放つ、その為には一人も欠かすことなく時期を待つことが最上です」
「……」
「我々がこうして志を一つにしている理由、それはアルディア王国再建、その国威の復活にあり、細々と生き永らえることではないのです」
「そうだ!」
高揚を抑えきれない者は口々にマドリューの言を後押しする。
「もちろん彼の全てを否定することではありません、先ほど少年が示した態度は我々に非があります」
さらにマドリューは続ける。
「ポメラニアン、聞いた事のない剣士ですが姫様も彼をして「命の恩人」と言わしめている少年です、こちらの態度に無礼がありました、それに彼の意見が間違っているとは言いません」
「……」
「ですが彼の発言は我々の志に賛同した者の考えではない」
声に熱が篭る、ここからが本題と言わんばかりに。
「彼の立場ならあの指摘は正しい、彼は生きてさえいればよいのですから、ですが――我々には志がある、そのような消極策は受け入れられません」
「ふむ、確かにそうだな……」
マーキンは呟く、サロン一体に広がる空気もマドリューの発言を全面的に肯定している。
「それに……カリスティル様と、かの少年を余り接触させぬよう配慮した方がよいかもしれません」
「それは……」
神輿とはいえ最後の王族であるカリスティルの行動を臣下の身で制限する事にマーキンは躊躇した。
「姫様に余計な心労をかけるのは臣下として心苦しいばかりです、それに我々の足並みにも影響が出てしまいます」
「一理……ある」
そうマーキンはマドリューの意見を汲み、方針は固まる。
その後、会議は明け方まで続き。
一 隠密行動の徹底
二 各自の連携を密に黄昏亭(アルディア王国解放軍本部)から理由なく離れぬこと。
三 カリスティル王女身辺警護の徹底
などが決定、今後の活動指針となった。
この黄昏亭に来てから毎日のように報告に来ていたカリスティルが訪れなくなった。
移動する時間も惜しいほど忙しいって理由では無いだろう。
同じ建物の中にいるのだから。
俺と竜平は小さな丸テーブルのはす向いに座っている。
ヨモギは端のベッドに潜り込んでボンヤリとこちらを眺めている、そのうち寝落ちするだろう。
「竜平、様子はわかるか?」
竜平は個別に人間がどこにいるのかわかるスキルがある、非常に重宝している、が
「あの女は五階の一室にいる、周りに四人の人間がいるな――男三人、女一人、女の気配はハミューという人間のものだ」
「そうか、何をしているのかわかるか?」
「そこまではわからぬ、認識できるのは固体までだ」
「ふむ……」
「……ムニャムヒャ、タイサ、私が見てきましょうか?」
ヨモギを単独で行動させるのは危険だ、力を手に入れたのはいいが思慮が足らない、ここの連中を斬ってしまえば大変なことになる。
てか口でムニャムニャって言うな。
「いや、やめておこう」
ここ数日のアルディア残党の様子が変わった、害を加えてくることはないが俺たちの行動を監視している。
ボッチは人の視線に敏感――という理由ではなく外出して遊び呆けている間も尾行されていることがわかっているからだ、竜平のおかげでな。
「考えても仕方が無いが準備はしておくかな」
「……準備、ですか?」
「ゲジ男を預けている厩舎の近くに一室借りておく、感づかれないようにな」
「カリスティルさんにも内緒ですか?」
今のカリスティルに伝えるのはアルディア残党全員に宣伝するのと同じだ。
「そうだ、最悪の場合はこのアルディリアから逃げる展開も考えないとな」
翌朝、ダミーとして役に立たないものを黄昏亭の自室に残し貴重品を全て持って街へ繰り出した、追跡者の気配は手に取るようにわかる、巻くのは簡単だった。
ゲジ男厩舎周辺を見て回った結果、思わしい物件は無かったのでボロい古屋を捨て値で買い取り緊急事態に対する備えとした。
もちろん仮の住処で本格的に生活する気はない、全て木で組まれた隙間だらけの廃屋と言って差し支えない代物で寒い日は野宿となんら変わらない涼しさが約束されている南国仕様だ。
「こんなところには住めぬぞ」
宿暮らしが快適なのか竜平は我が儘な餓鬼になった、二六〇〇年も野宿していた癖に。
「最悪の場合に対する保険だ、そうならないように祈れ」
「私も嫌です、タイサァ……」
「ぐぬっ……」
コイツら初めて会ったときからは考えられんほど贅沢になりやがって。
その後、俺達は先ほど巻いた追跡者の前にこれ見よがしに現れてやり、尾行のお仕事を再開させてあげた。
それから赤い太陽が沈む寸前まで露店で小物を見たり、買い食いしたりしてこれ見よがしに遊んだ。
誰の犬かは知らないが『奴らは楽しく遊んでいました』とでも報告するんだな。
黄昏亭に帰り衆人環視の中、自室のドアを空けると薄茶色の髪をした女がベッドに腰掛けていた、ハミューだ。
薄い生地、色は白で透明感がある、あるってか透けて見え大変な部分も見えちゃいそうだ。
これはデリバリーなサービスか! と思ったが俺の両サイドはヨモギと竜平が固めている、四人で楽しめるほどの上級者ではない、むしろ初心者だ。
「これはこれはハミューさん、どういったご用件でございますでしょう?」
動揺の為か言葉遣いが怪しい、この胸の高鳴りを悟られては駄目だ! ボッタくられてしまう!
「ふふ――あの子が言ってたとおりね」
涼しげな笑みを浮かべて艶やかに言葉を紡ぐ、エロイ声色やめてくんない。
「はぁ……」
「ねぇ――」
ハミューは俺の手首を掴み引き寄せる。
謎の呪いで足腰に力が入らない俺は吸い寄せられるように彼女に覆い被さり、ベッドに押し倒す格好となった。
いい匂いがする、マズイ!
俺は自制心のカンフル効果を狙って竜平とヨモギに視線を送る。
竜平は俺の様子を気にする素振りもなく窓際の椅子に腰掛るとナイフの刃毀れを確認し始めた、お前そんなもの使わないだろ!
ヨモギはその場に立ったまま菩薩のような柔和な笑みを浮かべている、お前のスタンスがわからない。
「坊や――」
そう呟くハミューの吐息が耳元を擽る、俺の右手は倒れこむ最、たまたま偶然、受身の一環として突き出しただけなのだが本当にたまたま偶然にも彼女の胸部にあるエアバックを鷲掴みしてしまっていた。
その弾力が当然の反応を俺の脊髄に要求してくる、待て、これはいかん、みんな見てはるんやで!
「本当に子供なのね――」
チビだってコケにされてんのかな? だが、まぁ――それでもいい。
未知への期待からか膝がカクカク震えている、大人の階段って登る前からこんなに膝にくるもんなのか……
「――もう、お逃げなさい」
電源が全てoffになった、脳内の壁紙がピンクから黒へ衣替えした……その言葉を聴いた瞬間に身体の反応が全て消失した。
わけがわからず、照れくさくて眼を背けていたハミューの顔へ視線を移す――
彼女は透き通るような微笑で俺の顔を見ている、が、見ていない――彼女は何も見ていない。
「武力蜂起が決まったわ、ついに決まったの――」
「……そうか、仕方ない」
「――坊や達には関わりの無いことだわ、逃げなさい」
「……」
「あの子からの伝言よ「もう会えない、直接伝えることが出来なくてごめんなさい」以上よ」
「成功するとでも思ってんの?」
「フフ、どうかしら――」
夢見る乙女のように笑う、透き通って見えるくらいに。
――おっぱいを掴んだままなのに嫌な気分になってくる。
「カリスティルの事を俺に頼んでいただろ」
「えぇ、それは変わらないわ、よろしく頼むわね――」
「もう武力蜂起なんか諦めちまえばいい、無理なもんは無理だ、権力や財産じゃ命は買えないぜ」
「でしょうね――」
「だったら――」
イラつく、聞き分けの無い子供を諭すような態度を改めて頂きたい。
「わかるでしょう? もう生きたくないのよ――」
「……」
「所詮は家柄だけの……とか思っていたのだけど失ってみて大きさに気づいたの、気づいたときには何も残っていなかったけど――」
俺の家族はみんな自分のことしか考えていなかった、共感なんかできねえよ、むしろそのくらいで絶望できるほど優しい人生を歩んできたハミューに若干の怒りを感じる。
「……」
だが口に出来ない。
「坊やには関係ないわ、お逃げなさい――」
もう彼女に対して何も感じなかった、身体よりも心はもっと正直なんだな。
ハミューはもう死体だ、心が壊れている、何も返す言葉がない。
死ぬことがゴールなのだろう、呼吸をするだけの死体に性的欲求のブレーカーが落ちた、それだけだ。
「――考えておく」
それだけ口にした、逃げるとは言わなかったが一緒に死ぬ気はない。
そんなセンチメンタルに浸れるほど俺は純粋じゃないからな。
ハミューはベッドから起き上がり、ヨモギと竜平の頭を撫でて幽霊のように静かに部屋から出て行った。
竜平に触れたら心の中は丸見えだ。
その竜平は若干表情を曇らせたが目をナイフに向けなおすと再び刃の手入れを始めた、引っ込みが付かなくなったのだろう。
まぁ……いざという時に身を隠す場所も確保していることだし……逃げるのはいつでもできるから……うん……様子見していよう……




