3話 大人とは大して賢くない癖に重い荷物を背負っている連中だ
昨日の晩、カリスティルと話し合い、議論は平行線となった、要するにカリスティルの期待するようなお話は何一つ無かったというわけだ。
翌朝、俺達ゲジ男隊は白い太陽が昇った瞬間に外出した、カリスティルは他の連中と話があるだろうし俺は知らない連中なんかどうでもいい。
暇だから、あくまで暇だから色々エスタークについての話を町の人から聞いてみた、主にヨモギがな、俺と竜平はそれを眺めていただけだ。
その結果エスタークの治世は非常に評判が良いのがわかった。
アルディア王国時代の評判もそう悪くは無かったが奴隷に落とされる人間がエスターク統治後には格段に減ったそうだ、エスタークは前回の大会戦からルーキフェア帝国の伯爵が抱える騎士団の与力として兵団を派遣し八割の人員を失ったが帰ってきた兵は精強で奴隷でカルマを得る必要がないことが大きい。
大会戦とは二〇年に一度、ルーキフェア領内、ホーリウォール山脈アスマー山の周辺に張られた結界が一時的に解かれ、その中に封じられている修羅を駆逐する戦いの事だ。
二〇年に一度は修羅を減らしておかないと結界から溢れ各地に修羅が散らばってしまうからだ。
修羅、俺が戦ったことのある小さなサイズの固体はたまに結界の網から漏れて人里に現れてしまうそうだが五メートル以上の固体は全て結界内に封じられている。
修羅は人間と違い器はなくカルマを帯びるたび体は大きく成長し、山をも越えて成長し、自重に耐えられなくほど成長し、やがて動けなくなりその体は大地と同化し迷宮に変化する。
迷宮は内部だけならまだしもその周辺地域にも強力な魔獣を放逐し始めることから修羅が成長しきる前に定期な駆除を行わなければならない。
それゆえ大会戦、結界が解かれ兵力を一同に集結し世界の命運を賭けて行われる大きな会戦だ。
その結界が解かれている間、空には星が現れる、ルーキフェアの騎士団は皆、天使と人との間に生まれた聖人で星座を基点とした天界の術式を使う。
結界を作って修羅を封じているのも結界が解かれた間、天空に星を出現させるのも天帝ルシファルだ。
クソルーキフェアが他国に対して発言権が大きいのも納得だよ。
その大会戦に今回もエスタークは兵員を送っているらしい、アルディアの残党が好機と位置付ける理由だ。
修羅の中でも強大な固体はルーキフェアの騎士団が相手をする。しかし残った中堅相手の与力とはいえ修羅は大きく強い、俺は勝ったがね、精鋭を派遣しなければ全軍壊滅もありうるだろう、相手は何百何千の修羅だ。
それと政治システムの違い、王族、貴族のカルマ量を背景に力任せな治世のアルディアと違い、エスタークは王国だが合議制で治世は行われている。
まぁ市民からしたら関係の無い話だ、エスタークは軍の力が大きすぎるという問題点もある。
エスターク領において人身売買は盛んではない、俺はこの世界に詳しくは無いが老人なんてものを見たことがない、アルディアを含め一般的に奴隷は老齢となり労役に耐えられなくなると殺され、カルマにされるのが一般的らしい。
一般市民は少ない、子供は一人、多くても二人で残りは奴隷として売られるからだ、この世界の常識はそうなのだ。
だがエスタークは兵団が力を持ち一回とはいえ大会戦を生き残った精鋭を抱えていることから発言権が大きくなり王族や貴族が過剰に奴隷を持ちカルマを集める事にいい顔をしないらしい。
まぁ調査という名のナンパの収穫はそれくらいだ、殆どヨモギがロリコンから情報収集していたからな。
適当に聞き込みを終えて満足した俺達は遊び呆けて宿へ帰った。
「小僧、少々話がある」
宿に帰って自室に直行しようとした俺を引き止めたのは名も知らぬ男、髪は青、アルディア解放軍(仮)のリーダー格マーキン・デスティル元伯爵の腰巾着だ。
剣呑な目付きで俺を見下ろす、上背は十センチ以上負けている。
「――なんだよ」
「いいからついて来い」
没落貴族の分際で態度がデカイ、気に入らないが話があるならしょうがない、こっちは居候の身だ、ノコノコついていった。
連れて行かれた場所は一階のサロン、かなりの広さがある、俺達三人が寝泊りしている部屋の三倍強だ。
中には数人の男女が待機している。
中央に据えられているテーブル席の上座にはマーキンの姿が見える。
(少々マズイか?)
多対一の状況に俺は身構えたが後ろからヨモギも入室してきた、呼ばれてないのに。
竜平はついて来ていない、自室に戻ったようだ、呼ばれてないから。
入室したはいいが腰巾着はさっさと部屋の中央にあるテーブル席に座った、俺は着席を薦められなかった。
テーブルを囲んで椅子は五脚、全てに人が着席済みでご指名された身の上のはずなのに「お前の席ね~から」状態だ。
俺のこの集団での立場が浮き彫りになっている、よし、穏やかに話をするのはやめだ。
「話ってなんだよ~」
顎を斜めに上げ薄笑いを浮かべ見下し目線でチンピラ口調、もっと嫌われてみよう。
「貴様、カリスティル様に何を吹き込んだ」
マーキンは俺の挑発を意に介していない素振りで平坦に問い掛けてきた、だが拳を筋が浮き出るほど握り締めている、中途半端なやつだぜ。
「何のことだ、俺はお前らの壮大なドリームに興味ねぇからな、口出しはしねぇよ」
「とぼけるな小僧、昨日の夜、貴様がカリスティル様と会っていたのは知っている」
「それで?」
正直に言うと何に対して絡んできているのか理解できた、だが、わからない振りをする。
「カリスティル様は弱腰になられている、小僧、何を吹き込んだ」
「貴様、まさかエスタークのスパイなのではあるまいな!」
「我らの結束を乱す腹かもしれませんな」
なるほどね、俺はカリスティルにこのアホな連中が立てた計画の巨大な穴を穿り返してみせた。
それでカリスティルは計画を練り直す方向に態度を変え、このアホどもの眼には俺がカリスティルを唆しているように見えたってわけか。
「話にならんみたいだし帰っていいか?」
俺は吐き捨てた、アホらしくて構ってらんない。
「待て!」
俺がドアに手を伸ばそうとした時、近くにいた下っ端が俺に向かって剣を抜こ――うとした。
その雑魚が剣を抜く前に懐に飛び込んで鼻先へ頭突きを叩きつける。
『ゴブッシュ』と鼻が潰れて血を噴出す音を立てながら雑魚はもんどりうって倒れ
「あがぁあああぁ゛」
そのままのた打ち回るアクションに移行した。
「きさっ!――」
隣の男が俺から飛び退き剣の柄に手をかけたが先に剣を抜いていた俺の切っ先が男の喉元に突きつけられた後だ。
「何だよそれ、話がある、剣を抜く、次は何だ~?」
俺は平坦に問う。
場の空気が一気に凍りつく、そりゃそうだ、悪いのは俺だ、挑発し剣を抜かせた自覚はある。
「カリスティル様に何を吹き込んだ、まずそれを聞きたいのだが」
マドリュー・パーセナル元宰相が場の空気を落ち着かせる為か必要以上に穏やかな口調で語りかけてきた。
俺はこのまま暴れようか少し考えたが気分が晴れるだけで意味がないので「そんな大したことじゃない」と前置きして挙兵計画の穴をカリスティル相手に話したそのまま伝えてやった。
こいつらは時折り怒声を上げたり、反論したりしていたが最後まで聞いていた、俺から言わせればアルディアの再興は不可能だ、誰も望んでいないことが力の無い集団に実現できるわけがない、理不尽を埋めるのは圧倒的な力だけだ。
「カリスティル様と貴様が話した内容はわかった、こちらの計画に穴があるのは認めよう……」
マーキンはアッサリと折れた、というより取り巻きに太鼓持ちしかいないから指摘されなかっただけかもしれない、ある意味かわいそうな奴かもな。
「それでいい、みんな適当に定住の地でも探し出して第二の人生でもみつけりゃいい」
俺は気楽な調子で提案してみたが
「それはできない、憎きエスタークを追い払いアルディア王国を再建する、これは残された我々の使命だ」
マーキンは搾り出すように言葉を紡ぐ。
「計画は修正する、まだ案はないが諦めることはできぬ」
「そうかい」
俺には粗を探す事はできても信念を覆させるイケメンスキルはない。
話も終わったようだしそろそろ退席させてもらうこととしよう、俺は今度こそドアノブに手をかけた。
「一つだけ尋ねたい」
マーキンは俺を引きとめた、そろそろオシッコしたいので開放して欲しい。
「なんだ?」
「貴様の眼から我々に勝算はあると思うか?」
大将が部下の前でこんなセリフを吐くのがおかしい、そこも指摘したいところだが根本的なダメ出しが欲しい雰囲気だから言っておこう。
「無いだろうな、計画を練っても恐らく実行すらできない」
「なんだと?」
「エスタークの連中はお前らのような不穏分子の存在は認識しているはずだろ、だが町の兵隊や市民には不自然なほど緊張感がない」
「だからどうした」
「それで不穏分子のお前らは偽装くらいはしているようだが安心して王都で一箇所に固まって挙兵計画を立てているわけだ」
「……」
「泳がされてんじゃねぇのかこれ」
「……」
「各自バラバラに行動されては捕まえてもイタチゴッコになる、俺がエスターク側ならそうする」
おそらく親父もな。
「これでスパイでも潜んでりゃ完璧だ、逃げ場の無い王都で集結しきったところを――」
「ありえませんね、我々は志を一つにする同志です」
マドリューが俺の話に割って入った、侮辱されていると思ったのかね。
「まぁ俺の目からは組織としても貧弱だとは思うよ」
そう言いつつ俺はドアノブを回した、オシッコしたいマジで限界。
「最後に一つだけ答えろ」
マーキンは最初からは想像できないほど真摯な態度で聞いた。
「貴様はなぜここにいる、どこでも生きていける男に見えるが」
「踏ん切りがつかないだけだよ」
「踏ん切り、とは?」
「奴隷の建て替え代金だよ」
マーキンは「建て替え代金とは何のことだ?」とか言っていたがもう話すことは無い、それでころじゃない。
俺はドアを開けアルディア残党が篭る部屋から出て静かにドアを閉めた、そして駆け出す。
もう膀胱がパンパンだった。
風を巻いて便所に駆け込んだ俺は思う存分小便していると扉の向こう側から
「ポメラニアン君だっけ、ちょっといいかな」
と声をかけられた、女の声だ、ちなみに『ポメラニアン』とは俺の偽名だ、黒髪のタイサ・アズニャルは悪名が広まりすぎている――それより、まだジョボジョボとおしっこ垂れ流し状態だがこんな俺に何の用だろうか?
「どなたでしょう、後少し待ってください」
「君はカリスティルのことをどこまで知ってるの?」
「うーん、よく知りませんね……」
「私は幼い頃からよく知っているわ」
「そうですか」
なんというかおしっこは既に出尽くしているが便所から出るに出られない。
「でもね、あの子は変わった、見ていればわかるもの」
「俺にはよくわかりません」
「あの子は本当はもうアルディアの再建をそこまで望んでいないのでしょう」
切実な話をしているのだろうが五二歳の女性にあの子という一人称を使われているせいでうまく話が頭に入っていかない。
笑ってはいけないことはわかるが……
「……」
「それでも逃げないでしょうね、今はあの子を必要としている人がいっぱいいるもの」
「はぁ……」
「もう三十年も前の事になるかしら、あの子はアルディア屈指の名門ラグナル・フェレーラ伯爵と結婚したの、お母様にアルディア王族の役に立ったと思ってもらいたくて、それだけの理由でね」
「……」
「でも駄目になった、あの二人の間には子供が出来なかったの」
「……」
「ラグナル様は跡取が必要だった、側室を娶り程なく子宝に恵まれたわ」
「……」
「王族であるカリスティルが伯爵家から追い出されることはありえないしラグナル卿もそんなつもりは毛頭無かった、けれどあの子は身を引いて王宮に戻ったわ」
「……」
「アルディア王家の証とも言える金髪碧眼を持たず、お母様と同じ赤髪紅眼、有力貴族との婚姻政策にも不合格の烙印を押されたあの子は王族の誰からも期待されることなく過ごしていたの」
「そしてアルディアは滅亡、王族は全て処刑され生き残りはあの子だけ、一夜にして出来そこないの赤髪からアルディア王家最後の希望に祭り上げられたってわけ、虫のいい話でしょ」
「……」
「だからこそあの子は逃げないわ、逃げられないと言い直した方がいいかしら」
「……」
「自分を必要としている人達を見捨てるはずが無いもの、必要とされたくて、認めてもらいたくて生きてきた女なんだからね」
「……」
「それで君はどうするのかな?」
「どう、とはなんですか?」
「カリスティルは貴方の事は信じている、あの子が大切にしているのはアルディアの仲間だけど信じているのは貴方よ、貴方が負けると言っているうちはきっと動けないでしょうね」
「買い被りですよ、俺は……半端な紛い物です」
「……ジャラスパ・ミラルディ、エスターク軍管理部筆頭武官、先の大会戦において単身で中型の修羅を討ちルーキフェア帝国より栄誉勲受領、エスターク三剣の一人、特務隊を率いグレーマン街道にて特殊任務に従事中、アルディア王国第三王女カリスティル・シル・アルディアとそれを守る黒髪の剣士タイサ・アズニャルに遭遇、特務隊半数を喪失、自身も深手を負い本国へ帰投……私の得た情報は間違っているかしら?」
「どうでしょう、知りません、俺とカリスティルさんとは身体だけの関係ですので」
なんでこんな事を言うのか自分でもわからない。
「君のことを詮索しているわけじゃないの、私が聞いてるのは、それだけの力を持っているあなたはどうするの? ってことよ」
「どうもしませんよ、どうにもなりませんからね」
「放っとけば私たちはあの子を使い潰すわ、それでもどうもしない?」
『ダン!』俺はドアを蹴り空け便所から出た――ただ便所に篭るのは臭いから耐え切れなかっただけだ。
そこにいたのは予想通りハミューだ、カリスティルの親友にして元リスキング男爵夫人、だが最初に出会った小汚い身なりではなく黄色のドレスを纏っていた、繊細なレースの刺繍で派手さは無いが上品なもの、驚いた。
「なぁに? そんなにビックリさせたかしら」
「あ、あぁ……」
カリスティルと同じくらいの歳に見える、二十歳前後に、いやカリスティルと同じ歳なのはわかっている。
本当は五二歳前後なんだろう、だがカルマを帯びているから加齢で老いる事が無い、カリスティルを綺麗と表現するならハミューは可愛い感じだ。
目元は少し下がり気味で泣き黒子がある。
とてもドキドキする、いい匂いが鼻孔に広がる、やめてほしい。
「町に出るときは諦めているけれど、ここにいるときはいつも着飾っていたいの」
「……おしゃれさんの発想はよくわかんない」
「ふふ、いつ死んでもいいように、悔いは残さないように、ね」
そう言ってハミューは笑う、透き通るような薄い微笑を見せる、これ以上かき乱さないで欲しい、おばちゃんの癖に。
「逃げればいいんじゃないですかね、諦めれば試合は終わりですよ」
「私たちはもう進むより他に道が無いの、だから……」
そう言って俺の頭を抱きかかえ引き寄せて耳元で囁く、いい匂いをさせながら。
「私たちはあの子を食いつぶすわ、あの子も私達と喜んで地獄の底へ向かうでしょうね」
「……」
言葉が出ない、カルマで歳を取らないってのは卑怯だ、おばちゃんなのに、おばちゃんのはずなのに豊かな胸の谷間に目線が吸い寄せられてしょうがない。
「だから、貴方は死の淵へ向かうあの子を助けてあげてね、タイサ・アズニャル」
そう言ってハミューは俺の頬にキスすると踵を返して去っていった、背中に大きく入ったスリットは扇情的だが透けて見える死の覚悟で劣情のレの字も沸かない。
「綺麗な人ですね、よかったですね」
背後でヨモギの声が聞こえ我に返る、危ないところだった……ん?
便所から飛び出したばかりの俺の背後になんでヨモギがいるんだろう。
ひょっとすると俺はヨモギと個室に入りコイツの目の前で思う存分小便していたのか?
てか入ってきてんじゃねぇよ。
「タイサ――タイサはいつものタイサですよね」
狼狽えて見えるのかヨモギが問い掛けてきた。
「あぁ、当たり前だろ」
「タイサは私のタイサですよね」
「あぁ――いや! 違う、それは違う!」
よかった、俺はまだ冷静だ、状況に流されることはない。
俺はヨモギを従え自室へ向かう。
なんとなく疲れた、大人とは大して賢くない癖に重い荷物を背負っている連中だと思った……




