3話 緑髪の少女と草原
這いつくばりながら草むらを掻き分ける。
走って逃げるのは不可能だろう、現在どこに居るのかわからない、目的地の無いマラソンなどする意味はない。まず追っ手を撒いて情報をまとめてから行動にうつすべきだ。よし、俺は冷静だ。
「追っ手とか――」
乾いた自笑がもれる。俺も状況と自分に酔っているな、俺は悪の組織に追われてるエージェントか何かか?
「俺は魔王からお姫様を救出しに来た勇者かよ?」
思ったことを口で復唱し心を落ち着かせた、少し心と言葉に齟齬が生じていたが許容できる。
現状に舞い上がっては本来の力も出せない、正しく冷静に最適な行動を取るべきだ。
自暴自棄になっている場合ではない、粛々と最善手を積み上げていこう。
草間から首を出して周囲を再確認する。
全員で六人か、十人だと思ったが、少し多く見積もっていたな……焦りで敵を増やしてどうするよ、無意識に敵を強大にしていたら勝てるものでも勝てない。
「六人か――」
それでも一人でなんとか出来る人数じゃねぇよなぁ、しかも六人で固まったまま全員で行動している、俺を警戒しているのだろう。
見当違いの場所で、前に三人、左右に一人ずつ、後方に一人、後衛の男は後方に剣を構えたままの体制。
背後からの襲撃に備えているのがわかる。
『そんなところにいねぇよバーカ』と思いつつも、フォーメーションを組んで警戒されていることから奇襲は不可能と結論付ける。
このまま隠れきって捜索を断念してくれるのを祈ろう、俺は冷静だ。
「えっ?」
思わす素の声が出てしまった、なぜだろう? 先ほどの緑髪少女が俺のすぐ傍でしゃがみ込んでいる。
俺と目が合うとビクッと体を震わせ引きつった……そして媚びるような愛想笑い、なんだその卑屈な眼……イラつく。
「なんだよガキ、なんか用かよ、ガキは宿題でもしてクソして寝ろ」
俺に一切の余裕は無い、子供にやさしく接する気分でもない……ん?
だがちょっと待て、今ここ少女を追っ払うと俺が隠れている場所がバレてしまう。
てか、こいつは大柄男をマスターとか呼んでいたよな……
俺の居場所を突き止めて誘導する係なのか?
「いや、ちょっと待て」
俺は素早く少女の腕を掴むと、引き寄せ、抱きかかえると首筋にナタを当てる「おとなしくしろ」
ならず者である、事案発生だがお巡りさんの出る幕は無い。
「殺さないで……」
少女はガタガタと震えながら懇願する。
「大丈夫だ、殺さない――騒がなければ殺さない」
最初から小さな女の子に暴力を振るうつもりはない、だが騒がれたら六人からの人数に見つかり殺されちまうからな――。
みみっちく最後に言葉を付け足して俺は答えた。
「何が目的でついてきた? さっきの大きな変態をマスターとか呼んでいただろ、それなら俺は敵になるんじゃねぇのか?」
「――なにも出来なかったから」
「ん?」
「マ、マスターのお役に立てなかったから――」
「さっきのことか? お前みたいな小さいガキに出来る事なんかねぇだろ」
会話をしながら酷い臭いがする少女のテンションが何故か上がっていく。
「私は緑の出来そこないだから役に立たないと……役に立たないと」
あいつら黒髪がなんとかって言ってやがったけど緑もダメなのか?
まぁ知ったことじゃねぇけど。
「役立たずはいらないから殺されちゃう!」
感極まったのかなんなのか知らないが、突発的な大声だ、やめてくれ。
「死にたくない! 死にたくないの!」
本当にむかつくガキだ。
「声がデケェよ、死にてぇのか?」
俺はナタの背を少女の首に痕がつくほど押し付けた、少女は目に貯めた涙が限界を超えたのかツーッと零れ始めた。
自分が嫌になるくらいの悪党っぷりだ、だが俺は自分の事だけで精一杯でどうしようもない。
人助けは予算ばっかり無駄に喰ってクソの役にも立たないNPO法人にでもお願いしてほしい。
それよりも、俺はムカついてそれどころではない。
「死にたくない、死にたくないの――」
しつこく繰り返す少女に思わず「おいおいぃ~言葉使いが乱れてるぞぉ~そんな態度でいいのか~?」と、チンピラ口調で煽ってみると、少女は震える消え入りそうな涙声で
「すみません、許してください、何でもします、お役にも立ちます、ですから……」
「わかったから、もういいから大人しくしてろ、なっ」
なんでだろう、心が痛いや。
ナタを下ろして少女を開放し再び周囲を見渡した、六人組は相変わらず俺を探しているが、見当違いな場所だ……さっさと諦めて帰ればいいのに。
俺は万一に備えて短刀の状態を確認する、まず日の光で反射させながら刃の状態を見る――――見るが良し悪しはわからない。
今までの日常生活で刃物の手入れをする機会はなかった、包丁すら研いだ事が無いのだ……誰だってそうだろ?
チッ! だが切れる短刀なのはわかった、調子に乗っていろいろ触ってみたら指が切れたからだ、余分な傷を負ったことに舌打ちした。
「まかせてください、ご、ご主人様」
飛びかかるように少女が俺の手を取り片方の手を傷にかざすとジワジワと傷が塞がった、傷跡は綺麗に消失し痛みも既に無い。
少女は自分のアピールポイントなのであろう不可思議な力をみせたことにより、なにかしらの期待しているようで、モジモジと俺の反応を伺うような態度だ。
だが俺の気分は晴れない、それどころではない心境だ、より深く絶望したと言い換えるべきだろう。
さすがの俺も気付いてしまった確信してしまった、いや、薄々わかってはいたのだ、無意識に認めたくなかっただけなのだろう。
ここは俺のいた世界ではない、別の世界だ、ふ・し・ぎ・な・ち・か・らで怪我が治ったりする世界だ。
てか緑の髪、緑の目、テレビですらみたこともねぇや。
ようするに、平和と! エロと! おっぱいに溢れた愛すべき日本は存在しない世界なのだ。
俺の世界と地続きの世界で、こんな能力所持者が存在すればテレビやネットで知っているはずだ、絶対にだ! どんなに少数部族だったとしても、こんなおもしろ民族が人に知られていないはずはない。
もう帰ることはできないのだろう、世界を跨ぐ帰宅ルートなど俺は知らない。
俺は何一つ理解できないまま不特定多数に追いかけ回され、赤い太陽をバックに命のやり取りをしつつ、緑色の髪をした風呂にも入ってなさそうな酷い臭いのするガキにドヤ顔をされる世界に死ぬまで住み続けるのだ。
もう体育祭で揺れるお胸様をみてフレミング左手の法則を学ぶ機会はない、最悪の気分だ。
あの交差点の出来事が原因で、この世界にくることになってしまったのだろう、他に心当たりはない。
クソッ! クソッ! クソッ!
カッコつけて何やってやがるんだ俺は!
あゆむなんか見捨てればよかった!
俺の表情を見て不安に思ったのだろう、少女はドヤ顔らしきものを引っ込めて不安げに俺の顔色を伺っている。
少女の媚びたような表情が余計に神経を逆撫でする、むかつくぜ! ガキはガキらしくガキガキしてればいい。
――我慢できない――
「いいかよガキ、俺の大嫌いな言葉はなぁ、『なんでもします』だ」
「今までそんなこと思ったこともなかったが、今、この瞬間から『なんでもします』は、俺の前で二度と口にするなよ」
「わかるか? わかんねぇだろうなぁ~あぁそうだ、お前なんかにはわかるはずもねぇよなぁ」
少女は困惑したのかオロオロしている、俺にも何でこんなこと言っているのかわからないくらいだ、そもそもこんなに小さなガキを相手に何をイラついているのだろう?
無視して捨てておけばいいのに俺ってやつは少女への加虐趣味でもあるのだろうか? もしそうなら俺はロリコン以上の重篤な変態だがそれでも言わずにいられない! もう変態でもいい!
「なんでもできるってことはな、大切なもの、譲れないものを何も抱えていないってことだ、そうだろ?」
「お前には大切なものや守りたい自分ってものは何も無いのか?」
「俺はお前から「死にたくない」と「なんでもします」しか聞いてない、それしか聞いてないんだよ」
「お前は命をかけてでも拒否したい認めたくないものは何もないのか?」
俺は声を荒げる、ストレス発散には怒鳴り倒すのが一番だよなぁ~。
「そんなのは人間じゃない、動物だ! 家畜だ! 仮にお前がどんなに役に立つ存在であったとしてもだ! 俺はそんな奴に傍にいてほしくない! 」
自分の言葉に酔ってきた、なんでだろう、すっげぇ意地悪な事が言いたくて言いたくて仕方がない、少女は目を伏せて唇をかみ締めている、心を痛めていることが手に取るように伝わってくる。
100%俺のせいだ。
「なんでもする! か……ケッ! そうだな、三回まわってウッフ~ンとでも――」
気が付けば七人の武装した男に包囲されていた。
まぁあれだけデカイ声で騒いでいればそりゃ見つかるわ――。
俺はアホなのだろうか。
さっきの大柄男も死んでいなかったようだ、頭に布を巻いて他の連中に指示を出している、あいつが親玉のようだ、もう勝った気になっているのか取り巻きの連中と大声で怒声を放っている。
「黒髪! 見つけたぞ! もう終わりだな!」
「チェアーよぉ、裏切りは死罪だぞ~わかっていたよな~」
「マスターへの暴行は重罪だぞ! 緑の奴隷ごときが!」
七人か……普通に考えればここで人生終了だろうな。
だがそんな常識に従ってやるつもりはない。
俺は短刀を抜いて切っ先を左右に振り間合いを取る。
勝てる理屈は無いが黙って成すがままにされる気は毛頭ない。
「……!」
周りを囲んでいた連中から余裕の笑いが唐突に消えその表情は戦慄に歪んでいる、 七人同時に止まるとか路上パフォーマンスか何かか?
「修羅……!」
「嘘だろ! 何でこんな所に」
「グラミー卿、一旦城に引きましょう!」
口々に意味不明な呻き声を口にし始めた、俺を無視してんじゃねぇよ……いや、忘れてもらっていいか。
男達は後ずさり、包囲は緩み城壁に向かって一目散に逃げ出し始めた。
蜘蛛の子を散らすってこういうことだな。
「待てよ! お前だよ!」
俺は胸いっぱいの加虐意識を抱えたまま、逃げ去ろうとする茶髪男に飛びかかった。
最初に俺を襲ってきた三人組の中の一人である茶髪男。
伸び上がるように飛び掛り短刀で突いた。
逃げる相手なので死なないだろうと思える程度にしか刺さらなかった、俺に対して二度目の襲撃だったので個人的な報復だ。
人を刺したのは始めてだが何も感じない、憎しみで心が冷えているのだろう、どうせそのうち慣れる。
「ウグッ!」
男は呻き声を発するも振り返ることなく転げるように逃げていった。
「おかしい……」
絶対絶命はこちら側だったはずだ。
だが、圧倒的有利であったはずの七人組は城壁に向かって逃走している。
えらそうにしていた大柄男も金髪男の肩を借りて逃げている、助かったのだろうか? だが不自然だ。
背後からは嫌な予感しかしない、おそらくその予感は100%当たるだろう。
見て見ぬ振りをしても仕方が無いので振り返って辺りを見渡すと、五十メートルほど先だろうか、不自然に大きな生き物がこちらに近づいてきている。
小屋よりも大きい。
全長三メートル以上はあるだろう、人の形をした大男。
その大男は、何か蛍のような光の粒を体中からブンブン発して、手には棍棒のようなものを持っている。
急ぐ風でもなく、だが体のサイズを考えると遅くは無いスピードで、俺の方に真っ直ぐ歩いてきていた。
「修羅だ! 城門を閉じろ!」
「――――!」
後方でガラガラと大きな音がしたので振り返ると、城門が閉じ始めていた、城壁はそういう意味かよちくしょうめ!
人の形をした何かが近づくたび、その大きさを実感する。
『柔よく剛を制す』よい言葉ではあるが、相手は動物園で見た象より大きいくらいだ、自信がまるで沸かない。
その化物は、顔以外は毛むくじゃらで姿勢のよい猿みたいな風貌だ、呼吸音だろうか、グルグルと低音を発している。
逃げるか? 逃げるってどこに? そもそも安全な場所に心当たりがない。
俺は体に染み付いた習慣に身を任せる。
短刀の切っ先を人の形をした化け物に向けた、中段に構え深く空気を吸い込む。
「ィヤアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
相手の圧力に気圧されないよう裂ぱくの気合をこめて叫んぶ、こんな時まで骨身に染み付いたいつもの癖。
お互いの距離は十メートルもない、近づく毎に圧迫感が増してくる、重圧で内臓が潰れそうだ……俺は自分の存在が吹けば飛ぶ小虫であることを拒否するように、一歩前に出る。
それが合図であったかのように修羅はその棍棒を振り上げた……