閑話 一ノ瀬あゆむ 飛翔(下)
私はとても不愉快だわ。
確かにこの汚らしく私を囲んでいる汚らしい連中からしてみたら私は敵なのかもしれない。
彼らと同じリリーガ王国の兵士を斬ったことはある。
十人……いえ、二〇〇人くらいかしら……まぁどちらでもいいわ、とにかく彼らに恨まれたり憎まれたりしても仕方の無い面はあると認めましょう。
でも、まだ幼さも残る乙女を相手に卑怯にも大人数で騙まし討ちなんて男のすることではない。
「よくも私を騙したわね……許さないわ」
そう宣言し私は腰に挿している剣を抜いた、最近は手刀でも問題なかったから久々に剣を抜いたわ、今の私は本当に怒っている。
「かかれー!」
「「おおー!」」
残忍で野蛮な男達は地鳴りのような叫び声を一斉に上げ、たった一人で心を痛めている私に武器を振りかざし襲い掛かってきた……
白く鮮やかな装飾に彩られた壁面や大理石のように磨きこまれた艶やかな床は赤一色に染め上げられた。
呻き声を上げる者はもういない。
その中に一人、触れば砕けてしまいそうなほどの儚さを周囲に感じさせ、それでも気丈に振舞いつづける可憐な少女の姿があった。
つまり私よ。
私は床一面に広がる血の海に浮かぶ小島をケンケンパをするように飛びながら移動し、先ほど一際豪華な衣装を身に纏った小男が逃げ込んだ狭い通路に移動した、だって靴が汚れちゃうもの。
別に追いかける気はないんだけど何処に行き着くかには興味があるわ、だって私はこの建物がとっても気に入ったんですもの。
これから頻繁に遊びに来るつもりよ、いいなり襲われたんですもの、何かしらのお詫びがあってしかるべきだわ。
通路を抜けてみると広場のような場所を見下ろせるように突き出ているテラスのような台の上に行き当たったわ
広場のような空間にざっと二〇〇人くらいのリリーガ王国兵が待ち構えている、後方に守られているのは先ほどの偉そうな小男ね。
私はテラスの手摺まで歩み出ると両手を広げ
「我が宮殿へようこそ、私がアルテミス・ヘラ・アフロディーテです、下々の皆さん、ご機嫌麗しゅうございます」
と、言ってみた、舞台設定は王宮に集まった市民の前へ年始挨拶の為に姿を現した女王よ。
兵士は一斉に弓を引いて私に矢を放ち始めた、この世界は空気の成分が違うのか飛び道具がうまく機能しないの、けど兵士は弓を放つ、
近づくのがこわいのだろうけどなんでそんな卑怯な真似をするのかしら
「軟弱者」
私は剣の一振りで風を巻き起こし空中で矢を束ねて前後左右に撒き散らした。
そんなこと簡単に出来るわ、女神だからね。
そのまま広場の中央に舞い降りる。
「あなた達、恥ずかしくないのかしら」
女の子に平然と武器を向ける男達に私は侮蔑の言葉を投げかける。
「この化け者がぁ!」
「なんとしても奴らからポッシビルを死守しろ!」
このお馬鹿さん達が騒ぐものだから私は状況を把握した。
ここはミルール達が元住んでいた都、アナーガ聖教国の首都ポッシビルよ。
それで今いるリリーガ兵が占領軍みたいなものね。
……なんて偶然。
「私の宮殿で狼藉は許さないわ、命が惜しいなら武器を捨てて逃げなさい」
私は優しく忠告してあげた、ついでに宮殿の所有者を名乗ってみた、既成事実は成立ね、私に勝てる者がいるなら反論を聞いてあげてもいいわ。
リリーガ兵はよせばいいのに、剣を手に私を取り囲んだまま恐ろしい眼光を向けている。
まあ怖い。
「聞こえないの?」
私は質問し、剣を構えている兵士の懐に飛び込む。
そのまま手ごろな兵を二〇人くらいササッと斬ってみた。
これで話を聞くかしら?
「ま……また消えた……みんな殺される」
「気をしっかりもて! 奴の魔術も無限ではないはずだ!」
何を言っているのかしらないけど私は消えてもいないし、魔術なんて胡散臭いものを使っているわけないじゃない。
普通に間合いに踏み込んで剣を振っているだけよ。
この世界に来てカルマのコツを掴んでいったら速く動けるようになっただけで反応とかはあまり変わっていないはずなの。
もっといろいろな事ができるはずなのに何故みんな私の真似をしないのかしら、わからないけどまあいいわ。
「本当にみんな死んじゃうわよ、武器を捨てて逃げなさい」
かわいそうになって再度提案してみた。
私は相手の態度が気に入らなかったら厳しく躾けちゃう時もあるけど、武器を向けない相手を殺した事はないわ。
「そこまでだ、皆、剣を収めよ」
奥の方で守られていた豪奢な衣装を来た小男がよく響く声で告げた、みんな小男だから。
小さな外見からは想像つかないシブくて良い声だったもので、つい噴出しそうになってしまった。
「思いがけない良い声で驚いたわ」
空気を読まずに口に出してしまった。
「お初にお眼にかかるアルテミス・ヘラ・アフロディーテ殿、私はリリーガ王国ポッシビル総督を拝命しているラディアル・ベニ・リリーガです」
私の失言を流して右手を胸に向けて折り膝をついて挨拶をした。
「私はアルテミス・ヘラ・アフロディーテ、職業は美を司る女神よ」
先ほど既に名乗っていたのだけど更に自己紹介してみたわ。
ラディアルは表情を変えず、一呼吸入れると僅かに私を見る眼に力を入れると
「どうやら結果は決まっているようだ、私の命と引き換えに私の部下の命だけでも助けていただきたい」
「いけませんラディアル様」「我々は最後まであなたに付き従う所存です」取り囲む兵士がざわめき出す。
なにやら勘違いしている。
「面倒くさいわ、後はあなた達の勝手にすればいい、ただしこの宮殿を綺麗に清掃しておきなさい、これは命令よ」
一々話をする気分じゃないの、私は新しい下僕に命令を下すと大空へ飛び立った。
こんな下らないことに時間を潰すより私の街を見て回りたいわ。
――けれど、再び呆気に取られているリリーガ兵の中に降り立った、伝えるべき事を一つ思いだしたの。
「当然のことだけど伝えるのを忘れていたわ、この宮殿は私の館として使うからあなた達は掃除が終わったら出て行ってね」
全ての事柄を適切に処理した私は街へと飛んだ。
真夜中になるまで私の街を見て回ったわ。
空から見たポッシビル市街地は、赤の屋根を基調とした統一感があり、建物は土壁が主で白く塗られているものが多かった。
所々に点在している丸い屋根の建物は宗教施設のようなものでしょうね、興味はないけど。
市場はテントのような幔幕が張ってる商店街のような作りになっていて、人通りが途切れることがない程活気があって私の街に相応しいわ。
私は服やレストランなどを見て回った、店頭の服はノーム用の小さな服しか無かったけれど職人を街中から集めさせて二時間でオーダーメイドさせたわ、私の街なんだから当然よね。
白地の生地で作られたワンピース、金糸を贅沢に使った刺繍が鏤められた美しい仕上がり、女神として最低限の身嗜みを整えた私はレストランを心行くまで食べ歩きしたわ、お金を持っていなかったけど特に問題はなかった、私の街なんだから当然よね。
真っ暗になって帰宅した宮殿は塵一つ無いほど綺麗に清掃されていた。
私は最上階の一室を寝室に定めた、ダブルベッド四個分はある……また個数で広さを表現してしまった、まあいいわ、そのくらいの広さがある天蓋付きベッドに横たわり眠りに……
暗いわ、誰もいないから当然明かりが何もない、鏡面に囲まれた煌びやかな蝋燭台はあっても火を灯す人間がいないからとても寂しいわ。
今日は湯浴みもしていないの、けど周りに誰もいないからどうにもならない、私が私の面倒を見るなんておかしいわ、女神なのに。
今日は眠いからこのまま不遇に一人で寝るけど明日スルティナの城に戻ってミルールを初めとする下僕を連れてこないといけないわね、私に不便な思いをさせるなんてミルールの怠慢だわ。
白い太陽が登り一人で目覚めた私はスルティナに飛んで帰った。
下僕たちは私が城を出て行ってから飲まず食わずで待ち疲れていたが私の顔をみると「お帰りなさいませアルテミス様」と私の帰宅を喜んでいた。
出て行った私を心配して食事も喉を通らなかったのね、かわいい下僕達。
それから先のことはミルール達に任せていたから私にはよくわからないんだけど、ポッシビルに帰れると知ったミルールは大粒の涙を流してとても喜んでいた「ポッシブルに帰れる時が来るなんて」と呻きながら私の足元に縋りついてワンワン泣いていた。
せっかく街で仕立てた服に涙の跡を付けられてミルールを引っ叩いてあげたけど腫れた頬を気にもせず私に何度もお礼を言っていたことは覚えている。
その後、ポッシビルに移り住み旧アナーガ聖教国はアフロディーテ聖教国と国名を変え建国を宣言したらしい。
私はこの地域の民族料理らしき四角形に切った肉を串に刺して焼いたものがとても好みで、食べ歩きをしていたからよく知らないけど。
ラディアル達リリーガの占領軍もそのまま居付いている、なんでも政争に破れてこのポッシビルに派遣されていたラディアルは帰国すれば処分されてしまうことから、部下に諌められこの国に残る決心をしたらしい。
私は国の事は全てを下僕たちに任せているからどうでもいい。
この国は私の名の元、私の機嫌を損ねず私に従順であることを条件に権利を保障されている。
それぞれが好きにすればいいわ、話し合いで決めたわけではないけど誰の指図も受けない、私がルールよ。
しばらくして館の壁画がリニューアルされていた。
美しい私を中心に裸の妖精を四方に侍らせている絵柄よ、正直に言うと少し恥ずかしいんだけど女神税として我慢するわ。
だけどもし……
この世界は弱い者にとても厳しいわ。
豊もこの世界に来たのかもしれないけど恐らくもう死んでいるでしょうね。
だから余計な心配かもしれないけど。
豊にこの壁画を見られるのはとても恥ずかしいわ。
だって壁画の私は高校指定のブレザー姿なんですもの……




