15話 I hide the real face
朝の眩しい日差しを浴びつつ目覚める。
そうか、これが朝チュンって奴だな、なぜなら俺の隣では緑髪の少女が寝息を立てている。
覚えていない――とは言わない、ある程度覚えている。
大量出血というわけではなかった、大怪我で意識を失いはしたがその日の夜には目を覚ました。
うん、覚えている、忘れたいところだが覚えている。
確か最初に目を覚ましたのはジャラスパが逃走し、俺は倒れゲジ男の荷台に運ばれて、学生服の残骸と、肉が所々一体化した鎖帷子を脱がされ?――剥がされかな? まあよい。
それから学生服のズボンと、その内側の装備も全て処分されていた。
火傷で体が燃えるように熱いし、羞恥で心も燃えるように熱い状態だった。
有体に表現するならスッポンポンだった。
「俺のパンツは?…」
目覚めて最初に口から漏れたのはそんな言葉だった。
一応、ダスタの町でこの世界のパンツも数枚買ったのだが、肌触りも悪いしゴムではなく紐で締めるタイプだし、日本製パンツはボロボロになるまで使うつもりだったのに……
制服を持ち物ごと捨ててこの世界にいる覚悟を決めたつもりだったが、パンツは使い続けたかった。
「タイサ、起きましたか? 今は包帯を替えているところです――寝ていてください」
確かそんなことを言われた気がする。
俺はその状態が恥ずかしくって、つい吐き捨てるように言ったんだ。
「こんなもん唾つけときゃ直る」ってさ。
体が動かないほどの重傷だったから、目線は天井に固定されていて、何が起こったかは知らない。
「……わかりました」
そう聞こえてから数瞬、火傷部分に耐えがたい激痛が走り、俺は再び意識を失った――これが俺の知る全てだ。
さて、回想はここで終わり、俺は体の八割以上を包帯で覆われベッドに伏している状態だ。
俺が気を失ってから包帯を替えたのだろう……だが
(俺のパンツって防火仕様だったのかな?)
パンツは履いていないが包帯も巻かれていない、パンツが存在していたであろう部分は火傷もなければ包帯も巻かれていない状態だ。
だからこそ、俺は思うんだ。
(パンツ――履かせてくれてもいいのにな)
だが今俺が抱えている差し迫った問題は他にある。
うん、どうやらジャラスパとの戦闘から、まだ一日も経過していないようだ。
凄く小便したい。
恐らくそれで目が覚めた、うん、確かに俺は重傷だ、諦めて寝ても素知らぬ顔で居続けることもできるだろう。
前回寝込んだ時は五日間目覚めなかったと聞いた。
その時、意識はなかったが排泄器官が定休日だったわけではないだろう。
今更どう取り繕っても手遅れなのであろうが――それでも、何故か隣にヨモギが寝ている状況で――意識が戻っているにも関わらず、垂れ流して知らん顔をし続けることが俺にできるだろうか。
五秒ほど悩んだが、心の中で答えはもう出ていた。
何とか外に行ってオシッコをして戻ってこよう、と。
俺は手摺のようになっている木の棒に右手を伸ばす、痛いけど伸ばす。
火傷で脇腹に張り付いていた左腕は伸ばしてあるけど、伸ばしたまま動かないから無いものとして考える。
(ぐっうううううう!)
包帯に潤い成分が供給されていく肌触りはあるが、木の棒に捕まり体を起こす、体は軋むがやはり怪我の治りは早い、表皮が割れて血が流れていく感覚は無い、痛いだけだ。
(さぁ、立ち上がるぞ)
俺はフン!と鼻息だけで気合を入れ立とうとする、が、さすがにまだ直立歩行は無理なようで体がベッドからずり落ちただけだ。
だがヨモギはまだ起きてはいない、とりえずベッドからのテイクオフには成功している。
(なんとか外に行くんだ!)
俺は匍匐前進で出口まで進む決心をした。
わかっている、俺は包帯以外は全裸だって、匍匐前進なんかしたら大変なことになるのはわかっている。
それでも俺はベッドでお漏らししたくないんだ。
(あっ……ぐえぇ……)
床は目の荒いささくれも目立つ板張りだ。
それに俺はパンツすら装備していない――つまりだ。
抑えがたい刺激が脊髄に信号を送る。
それに、言い訳になるが俺だって若き男子なのだ、健全である自覚はないがカテゴリー別に分類すれば男の子だ。
この世界に来てからは、まだ幼さの残る少女との密着二十四時間な生活だ。
タンクを空にする機会はなかなか訪れるものではない。
それ故に
(ダメだ! 痛みだけを感じるんだ、大変な事になる――全身の痛みだけを敏感に拾い上げるパッシブソナーになるんだ!)
俺は体の前面を床板に擦り付けながら出口に到達した、別の意味ではまだ到達していない。
「あっ……起きたの……」
俺の隔離部屋の出口に一人の女のが体育座りしていた。
ハッと見ただけで寝ていないのがわかる、胸当てと鎖帷子を脱いだだけ、肌着だ、昨日壁越しに見えたものと同じだ。
赤いサラサラとした髪は少々乱れ、その眼は昨日より窪んでいるようにも見える。
睡眠不足はお肌の大敵という事実を端的に指し示す好例だ。
「――まぁな――もう太陽が上がっているから赤帝の所にでも行ってろ」
俺は突き離すように呟いた。
彼女からの視点で、俺は尻丸出しで床を這いずりまわっているように見えるのだろうが――まぁ事実なんだが、それでも後ろめたさを一切感じさせない態度を示せた。
彼女はとても憔悴しているように見える、が、今の俺は他人の心情を慮っている場合ではない。
これからゲジ男の上からなんとかして地上に降りなければならない。
今だけは俺の心中を察してカリスティルはどこかに行ってほしい。
「あたし……迷惑かけたよね……」
語り出すつもりらしい、勘弁してくれ、俺には差し迫った危機があるんだ!
「あぁ、気にしなくていい、さっさとどっかいってくれ!」
もう投げやりに吐き捨てる、頼むから消えてくれ。
「――ごめんなさい」
消え入りそうな細い声で呟いた彼女の顔を横目で拝むと、カリスティルは両手で顔を覆っていた。
後にしてほしい、彼女は尻丸出しで匍匐前進している男に何を望んでいるんだ。
もう色々限界なんだよ! 特に膀胱が酷いしセカンドインパクトの危険も孕んでいる。
「わかったから! もういいから! あっちに行ってくれ!」
声を荒げた、ここで優しく出来てこそイケメンなのだろうが俺にはそんな芸当はできない。
「うっ……ごめんね……」
彼女は言葉に詰まって体育座りをより小さな物にしたが俺は彼女を放置し、そのままズルズルと全身する。
ゲジ男の背はツルツルしていながらも繊細な凹凸があり、なんとも言えない刺激があった。
ヤバイ、これは想定外だ。
俺の中の男の子の部分に火が灯る、ゲジ男に申し訳ない。
俺は一刻も早くゲジ男の背から降りなければならない。
膀胱もう限界で少しの刺激にも耐えられなくなっている。
ゲジ男の背で擦られ続けている別物の刺激で二次災害の危機も同時に進行している。
「あっ――」
焦りすぎた俺はゲジ男の滑らかな背に体を滑らせて――地上に落下した。
何かが限界に達した。
「えぇ! だ、だいじょうぶ!」
カリスティルが俺の落下に驚き、ゲジ男から身を翻し地上へ降り立つと、地面につっ伏した俺を抱きかかえた――俺を仰向けにして
「ちょっと! 大丈夫? ――――えっ?……」
彼女の顔は驚愕から困惑に色を変化させる 限界まで蓄積された生暖かい液体が二人の門出を祝福するかのように降り注ぐ――パンツというサーキットブレーカーは存在しない。
俺とカリスティルの上半身を無遠慮に塗らした、何故そんな角度で発射されたのかは言わずもかな……だが事態はより切迫した場面に移行する。
溜まりにたまった大量のシャワーは、俺を抱きかかえるカリスティルを容赦なく包み込み、薄い肌着のみであった彼女の服は容赦なく張り付き、生まれたままの姿を白日の下に晒しだす――
ゲジ男の背で擦られ極限にまで達していたリビドーが誘爆する。
「えっ――」
彼女は突然の事態を把握できないのか瞼をパチパチと瞬きさせながら俺の顔を呆けた顔で見据えている。
(に――逃げてくれ――)
言葉にならない。
自分の心を完全に制御できる人間はいない、様様な感情がない混ぜになりながら俺の器から溢れる。
ぶっちゃげもういいんじゃね? 出すだけ出してから考えようぜ――悪魔が耳元で囁く。
まったく同感だ、我慢出来ないんだったらいっそ楽しもう――天使は不在だった。
ギッシリ詰まった夢を発射台に乗せて、俺の顔を心配そうに覗きこむカリスティルの顔に向け引き金が引かれた……
今日は風が無いんだな――きっとさ――この瞬間にそよ風が吹き抜けたら素敵な詩が書ける気がするんだ。
現実から眼を背けるのはよそう――頭頂部を突き抜ける衝撃が余韻も残さず消え行く――目の前のリアルを直視する時間だ。
視界の大部分を占めるのは俺の小便とそれ以外のものでデコレーションされたカリスティルだ、赤い髪、赤い瞳、目鼻立ちの整った顔、たわわな胸を装備したお姉さんだ、何回泣かせたかわからないお姉さんだ。
「ねぇ――これ――」
沈黙を打ち破りカリスティルが口を開いた――が、俺には返すべき言葉が思い浮かばない。
「うん――」
俺は横を向きカリスティルから眼を逸らす、抱きかかえられているから完璧に隠れるわけではないが、カリスティルの顔を直視するのはとても無理だ。
「ねぇ、あんた――」
カリスティルが俺の顔を覗きこもうと首を伸ばしてくる、動かない体で必死に抵抗しようとするが何故だろう、全く動かない。
「……うん」
俺の目の前にカリスティルの顔があるが視界がぼやけてよく見えない。
「――あんたさ、ひょっとして――ずっと我慢したの?」
これで返事したらどうなるんだろう――俺の脳内は100%『YES』だ――すっげぇドキドキしてきた。
「…………」
何も言葉が吐き出せなかった、大怪我で頭まで壊れたんだろうか?
「――ちがう」
違わない。
「――あんたも、やっぱ人間なのね」
愚弄されたが体が震えて返答できない、そりゃ表皮が溶けてくっつくほどの重傷だからな――しょうがない。
「――なるほどね」
何を納得したのか「ヨッ」という掛け声と共に、カリスティルは俺をお姫様抱っこした。
俺はパンツを履いていない、体中小便まみれだ、カリスティルも俺の小便まみれなんだがさすがにそれを非難するのは筋違いと言うものだ――俺は邪魔をしないように身体を硬直させカリスティルの顔を下からボンヤリ見上げていた。
「……」
結果何も口に出すことができないなな事態は進行し、俺はそのままカリスティルとヨモギが使っている荷台に運び込まれた、俺の隔離小屋ではない、意図がわからないまま身動き一つ取らない。
結局のところカリスティルがその後行った事は、俺の包帯を交換しただけだ。
お姉さんが教えて・あ・げ・る的なイベントは無かった、まぁそんな事になれば俺の傷口は大変なことになるのだろうが。
時折カリスティルが俺のイメージを「異世界の人間だから胸を触られただけで妊娠すると思ってた」とか「奴隷を性的に扱わないので不能なのだと思いこんでいた」とかポツポツと悪口を言われたが――
「――うん」
としか口にできなかった、今日は色々やってしまった、甘んじて言葉責めを受けよう。
俺の治療が終わるとカリスティルは再び俺をお姫様抱っこで抱え上げ、俺の隔離部屋に向かい、俺をヨモギの隣にお供えすると薄い微笑で「フフッ」とか言って俺の部屋を出て行った。
何か大事な物を無くしてしまった気がするが取り戻す術はない、俺は新しい包帯を巻いて、根性でパンツも自ら装着し深い眠りについた。
次に目覚めたのは赤い太陽の時間だった。
身体はボチボチ動くようになっているのを確認する、普通なら再起不能の左腕も曲げ伸ばしくらいは出来るようになっている。
さて、明日からはゲジ男を駆ってアルディア王国へ進路を取る。
カリスティルとの旅はここで終わるのだろう。
「そうそう、そうやって貴族は挨拶するのよ!」「こうですか?カリスティルさん」談笑する声が聞こえる。
昨日までは特に何も思わなかった。
アルディア王国に到着後にあるカリスティルとの別離に納得している。
だが今くらい、別れを惜しんでいても悪くはないだろう……




