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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
2章 グレーマン街道編
36/85

14話 フェイクシアター

 

 ハァ、ハァ……

 頭がボーっとしているが、遠目に見える光景で、現在俺たちの置かれている状況が理解できた。


 ジャラスパは直ぐにでも、俺に斬りかかりたい様子だが、少しでもジャラスパが魔術師と距離を取れば、ヨモギが回り込んで魔術師に仕掛ける素振りを見せ、迂闊に飛び出させないようにしている。


 カリスティルはエスタークの二人組と一定の距離を置いてはいるが、ヨモギの足を引っ張っていない様子だ、上出来だ。


 おっ、ゲジ男も無事のようだ、まだ一人も失っていない、戦力差を考えれば僥倖と言っていいだろう。

 そのゲジ男は、赤帝を頭に乗せたまま草を頬張ってやがる、かわいい奴だぜ。




 さて相手は残り二人だが、俺が戦線に復帰しても有利になるかと問われれば答えはNoだ。

 今、戦場に向けて走っているが、出血と引き換えに無理をしている、特に左半身が酷い様子だ、左腕が曲がったまま焼けているから曲げ伸ばしができない。

 溶岩みたいに黒焦げた表皮の割目から、赤い肉が脈打っている。


「つっ!」

 試しに左腕を動かしてみたら『パリッ』っと皮が破れて血が流れてきやがった、グロイ皮付きウインナーだ、これでは剣が振れない。


 普通にこんな怪我を負えばショック死か発狂物だが『カルマでそのうち直る』と思えるから冷静でいられるのだろう、前の世界でここまで焼けたら絶対に完治しないだろうからな。

 

 ゼェゼェ息を切らせながら、敵まで残り二〇メートルくらいの距離だ。

 はっきり言えば勝ち目は少ない、俺が万全ならジャラスパをなんとか出来るだろうが、所々炭化してるかもしれないこの体で勝てるとは思えない。


 そしてヨモギ単体では無理に仕掛けてもジャラスパには歯が立たない、今は魔術師をお荷物化して凌いでいるだけだ、カリスティルが仕掛けても斬られて終わりだろう、胸は巨大でも防刃ベストの代わりにはならない。


 人数差で圧力をかけ、何とか引いて貰うしかないな……

 まずは冷静に話し合える空気を作ろう、落としどころは『追撃はしないから黙って二人に引いてもらう』だ……

 よし、まずは表情を穏やかに作り「少し話し合わないか?」と提案してみよう、さぁいくぞ。




 俺はカリスティルの近くまで駆け寄った。

 弾む息を整え、笑顔を形作り、最後の力を振り絞って腹芸に望む。


「えーと、少し話し――」

「あんたたち! もう終わりね!」


 なんてこった! カリスティルが馬鹿なせいで開始二秒も持たず俺の計画が崩壊した。

 コイツ本当に頭が悪すぎる、俺の状況を少しは見ろよ!

 俺の体は現在パリパリの皮の隙間からピンクのお肉がビクンビクンしてんだよ、剣なんか振れねぇんだよ、ガマンしてんだよ! さっきまでは気合で、今はお前への怒りで気絶するのを踏みとどまってんだよ、なんでわかんねぇんだ!


 仕方が無い、俺は剣を右手で構え相手の様子を窺う。

「カリスティル、お前は遠巻きにして隙を伺え! 連携して動く時は俺が合図する!」


 合図なんか送る気はない。

 まず最初にトラブル発生装置の電源を切る。


 剣を握る右手に力を込めて切っ先をジャラスパへ向ける。

 おれ自身、どのくらい剣が使えるのか確かめないとな。


「ヨモギ、俺の対面に回りながら背後を取り続けろ!」

「はい、タイサ!」


 俺は切っ先を向けたまま前に出る!


「あんた……その怪我――」

(今更気づいたのかよ!)


『キンッ!』

 軽い音と共に俺の様子見の突きは簡単に弾かれる。

「この程度!」

 ジャラスパは剣を弾かれた俺を追う。

 俺は後ろに跳び下がりながら。

「ヨモギィ!」


 と、呼ぶ!

 やはりジャラスパは魔術師を守ることが優先なのか、飛び下がって魔術師の元に引き返した。


 俺とヨモギは固まるエスタークコンビを基点に、0時と六時のポジションを取ってカリスティルは秒針のように回っている。

 ジャラスパが片方に飛び込めば魔術師の守りはお留守だ。

 それに魔術の詠唱を一言でも口にすれば、カリスティルにも呼びかけ三人で斬り込む。

 詠唱している間は剣を抜けまい、ジャラスパは三方向を相手に一人で対応することになる。


「クソッ!」

 ジャラスパはイライラしているが自分を失うタイプではないな、状況を理解している、軍人ってのはハートが強いな。

 何よりも迷わず俺を狙いにきた、俺の方が組しやすいと踏んでいる。

 正解だな、今の俺はポンコツだからな。

 

「魔術師ってのはそこまで守らなければならんほど貴重なのか?」


「……」

 返答はない、堅物さんなんだな。


 だがジャラスパも現在の状況が把握できたのは好都合、このまま睨みあっても埒があかない。

 こちらとしては相手に形勢不利だと思って貰う方がありがたい。

 俺はまだ動けると認識してもらうためにあえて仕掛けたんだからな。

 我慢しているが出血と痛みで頭がクラクラしている、時間がない。

 

 打つ手がないのは最初からだ、逃げてくれれば有り難い、が、変な逃がし方をすればあの魔術を撃たれる。

 俺の状態ではかわせそうも無い。

 魔術師は始末したい、もしくは戦闘不能にして撤退させたい、それが無理ならやはり


「このまま逃げてくれるなら追わないつもりだけどどうだ?」

 交渉しかないな。


「できない相談だ、そこにいる赤髪の女は自らをアルディアの王女と名乗っている、捜索隊の傭兵も南側の人員全てを失い、尚且つ不穏分子を見逃したとあれば、国王陛下にも軍にも顔向けできぬ」

 ジャラスパは揺れない、表情一つ変えず俺に返答した。


 そりゃそうだよな、俺たちはこのグレーマン街道でエスターク兵三人、傭兵を一六人斬っている、ジャラスパは俺達を始末する以外にメンツを保つことはできないだろう。


 だが、雑談には無視を決め込んだくせに提案には返答した、黙殺ではなく拒否だ、話ができないわけじゃない……聞かせるだけでもいい、血を流しすぎて頭がフラつきだしていることから打てる博打は一度っきりだろう。

 今持っている情報だけで勝負だな――敵を知り己を知れば百戦危うからずってなぁ。


「なるほどな、あんたの立場では、多数の部下を失って任務も失敗したって事実は都合悪いってわけだ」


「……」


「そして一番大切な部下がその魔術師ってやつなんだろう、見ればわかる」

 ウイークポイントをチラつかせる。

「……」


「だから俺の手の内を明かそう――わかっていると思うけどな」


「……」


「お前が俺に飛びかかればヨモギとカリスティルが魔術師を斬る、ヨモギに飛びかかれば俺とカリスティルが魔術師を斬る」

 ヨモギはともかくカリスティルにはいちいち説明しないと伝わらない、話をさせてもらえる利点は使う。


「お前は俺の状態を見て自分一人で俺達三人を始末できると考えているんだろうけど――」

「俺たちは一人でも欠けたら逆方向に逃げる手はずになっている」

 そんな計画はなかった、だが口に出したことにより既成事実となる。


「一網打尽にして名誉挽回は不可能だぜ」


「……何が言いたい」

 

 さぁ勝負どころだ。

「俺からの提案は『アルディア王族であるカリスティルを引き渡すから残りの仲間を見逃してくれないか?』って事だ』


「なっ!……あんた……」

 カリスティルが一瞬で顔色を真っ青にし、眼を狼狽でカタカタ揺らし始めた、気にせず俺はヨモギに目配せする。


「カリスティル本人は信じちゃいないが、俺はアルディアは既に滅んでいると思っている、コイツを連れて旅をしているのは金目当てに過ぎないんだが――お前の立場からしたらカリスティルを生きた状態で捕獲するのは手柄にならねぇか?」


「くっ…」

 ジャラスパの表情に苦い色が滲む、揺れているな……


「報告の内容も考えてやるよ、そうだな~『アルディア最後の王族、カリスティルが龍出現の情報を入手しアルディアの残党を集め襲撃を企てた、ジャラスパ管理武官は僅かの手勢で迎撃し部下を失うも首謀者のカリスティルを確保』こんなシナリオはどうだ?」


「そんな見え透いた」

 迷いを振り切るようにジャラスパが口を開く。


「そう、確かに見え透いた話だよ、目撃者がいるならばな――だけどみんな死んでる、残っているのは魔術師とお前だけだ、そこの魔術師がこの話に乗るかは別問題だが――ジャラスパ、お前は確かにこのまま俺たちと戦っても勝てるかもしれないが俺達も魔術師だけは殺すぞ、絶対にだ」


「……ふむ」

 魔術師の為、というジャラスパの逃げ道も用意してやる。


「……いい話だと思うぜ」


 ジャラスパは大きく一息つくと俺の顔に視線を突き刺し

「いいだろう、乗ってやる、カリスティル・シル・アルディアをこちらによこせ」

 急に態度を変え、俺の話に乗ってくる、これではまだ足りない。

 

「ダメだ、お前が裏切ればこちらは終わりだ――その魔術師の手を紐で結べ、後ろ手でだ、こちらはカリスティルを武装解除してそちらに歩かせる」


「そんな要求が通ると思うか!」


「ならこの話は無しだな――」


「貴様が裏切らない理由はない!」

 立場が変わったな、俺の案に食いついている証だ。


「あるだろ、俺達はお前が魔術師を見捨てられない事が前提で生きているだけなんだからな、今の俺達ではお前を裏切れば死ぬ、理由は十分だろ」

 さり気ない弱者アピールを滲ませる、本当の弱者は自分を弱者とは言わんがな。


 ジャラスパは一瞬だけ魔術師をチラ見し、俺に眼を向け直した。

 眼光が鋭さを増す――が、濁っている――思惑が透けて見えるぜ。


「――いいだろう、アルウス、自らで両手を縛れ!」

 ジャラスパは魔術師に命令すると俺に目配せする。


「カリスティル――剣を捨てろ――」

 俺はコクリと頷き、可能な限り冷淡な口調で、カリスティルに告げ彼女の喉元に切先を向ける。


「……あんた……そんな奴だったのね……何だかんだ言っても悪い奴じゃないって信じてたのに……」

 カリスティルは潤んだ眼で見つめ、歯を食い縛りながら弱々しく言葉を漏らすと、力無く剣を落とした。


 俺に罪悪感はない、死なない為に知恵を絞ってこの状況を作り出したのだ『悪い奴じゃないって信じてたのに』――こんなセリフを吐ける奴が『俺を信じていたはずがない』、まぁヨモギは俺を信じていてくれるはずだ……


 ヨモギが俺を信じてくれていなければみんな死ぬ。




 俺はカリスティルの喉元に切先を突きつけたまま

「歩け」

 とだけ告げ、ジャラスパの元に歩き始めた。

 そのまま魔術師を眺める、よし、しっかりと腕を結んでいるようだ、チラッとしか確認する事はできない、いつジャラスパが裏切るかわからないからな。

 ジャラスパから視線を切ることはできない。


 ジャラスパは手ぶらのカリスティルを一瞥したのみで、視界から外し俺に神経を集中している、その鋭い眼光が『不信な行動を取れば斬る』と雄弁に語っている。


 俺とカリスティルは歩みを止めた、ジャラスパとの距離は五メートルほどだ。

「カリスティル、はやく行けよ」

 

 吐き捨てるように促がす俺に、歪んだ瞳で一瞥くれるとカリスティルは一歩前に


「あがあああああああああっぁぁあ!」

 魔術師アルウスが突然叫び声を上げる。


「なっ! どうした!……」

 ジャラスパが振り返り、その視界に飛び込んできたものは――背後からヨモギに背中を剣で刺し貫かれ、傷口と口から鮮血を垂れ流しにしている魔術師の姿だ!


 俺はカリスティルに向けていた切先をジャラスパに向け飛び込む!


 思うように動かない体でも、この距離なら届く。

 俺は右手に全ての力を込めて、ジャラスパに切っ先を伸ばす。

 背後の襲撃に気を取られたジャラスパは、俺に向き直り、体を翻すように切っ先を向けるがもう遅い。


 俺の突きはジャラスパの鎧の隙間を

『ヌッ!』

 生々しい手応えと共に貫いた。


「ぐふうぅ!」

 呻きながらもジャラスパは俺の体を蹴り飛ばし、その反動で腹に突き刺さった俺の剣を抜き、ヨモギに斬りかろうとする。


 しかしヨモギは既に後方に飛び下がりジャラスパの間合いからは遠ざかった後だ。

 さすがヨモギだ、俺を信じているだけはある。


「ぐっあぁあっ! 貴様! この卑劣漢めがぁ!」

 脇腹を押さえながらジャラスパは叫ぶが知ったことか。


 こいつの行動は読めていた、俺が提示した案をそのまま実行すれば、こいつはカリスティルの身柄を手に入れた後、そのまま俺に攻撃を仕掛けてくる段取りだったはずだ、俺が逆の立場ならそうする。

 自分一人で俺とヨモギを相手取り、その間に魔術師の手枷を外させる、そうだろ?

 俺の提案はジャラスパが約束を守る事が前提の案だ、最初から穴がある。

 所詮はガキの浅知恵だ――そう思っただろう。

 ジャラスパは俺が示した提案の穴に気づき、その穴を気づいていない風に装って罠にした俺に引っかかった、それだけだ。人は答えを見つけた瞬間が一番弱くなる。


「カリスティル! 突っ立ってないで剣を拾って来い!」


 俺は起き上がりながら叫ぶ――っておい、何泣いてんだよ、そんな暇ねぇだろ!


 カリスティルは俺に怒鳴られたことでやっと状況を把握したのか「あっ……うん」と呟き、剣を拾いに駆け出した、何が『信じてた』だよ、俺が仲――いや、なんでもない。


 そ、それにヨモギは目配せだけで作戦を把握したぞ。

 ……いや、それはそれで狂っているのかもしれん。


「ハハッ、間抜けめ、もうお前一人だぞ」


 俺は出来る限り楽しそうに語りかける、さっきの蹴りで火傷が破れて出血が靴の中を満タンにしてヌチャヌチャいってるが弱味は見せない、敵に弱味を見せてお情けを頂戴できた事は俺の人生で一度もない。


「ヨモギ、カリスティル、俺の左右に来い、押し込んで仕留める!」


 ヨモギとカリスティルは俺の両サイドに駆け寄ってくる、俺はそれを感じながらジャラスパを眺める、もうお前が取れる行動は一つしかない、そうだろ?


 脇腹の出血を庇いながらジャラスパは後退していく。

 眼は光を失っていないが、深手を負っていることで弱気にならないはずがない。


「――さぁ、どうするよ」


 俺は片手で握る剣の切先を揺らめかせ、ジリジリ歩を詰める。

 ヨモギは体を揺らしながら隙を伺っている。

 カリスティルは若干下がっている位置取りだが、包囲の役割をこなしているから不問にする。

 顔色から察するに、ジャラスパはまだ放心状態だ、最低限でいい。


「クッ、クソォ!」

 ジャラスパは歯をギリギリ軋ませ怒りを露にしているが……


 振り返り、土を蹴って走り始めた。


「ヨモギ! 追うな!」

 俺は制止する。

 これはジャラスパ最後の罠であり、稚拙な誘い受けの足掻きだからな。


 カリスティルはともかく俺はもうあのスピードについていけない。

 ヨモギ単体で追うと俺が追いつくまでの間、ヨモギとジャラスパの一対一になる。

 深手を負ってはいるがジャラスパは強い、ヨモギ一人では歯が立たない。

 俺ならそれを狙う。


「ちょっと! 逃げちゃうわよ!」


 カリスティルは言うが、返事をする余裕はない、俺は遠ざかるジャラスパを黙って見送る。

 まだ……だ、まだ、余裕のないところは見せれない。


 ジャラスパは馬に飛び乗ると、そのまま街道を南に走らせ始めた――まだだ、遠ざかるジャラスパが振り返って見ているかもしれない。

「あ……あんた……」


「触るな……まだ前だけ見てろ……」

 カリスティルが、真っ赤に染まった俺の足元に気づき話しかけているが、騒がないで欲しい。

 万が一俺がお前に支えられたり、力尽きて倒れるのをジャラスパに見られたら、あの野郎は何食わぬ顔で戻ってくるだろう。

 殺し合いにカッコ悪いもクソもない。




 遠ざかるジャラスパの後姿が、地平線の彼方に吸い込まれた。

 さすがにもう大丈夫だろう。




 気が抜ける――と同時に視界が真っ暗になった。

 がんばって起きていたが消灯時間らしい……

 

 




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