12話 タイサ・アズニャルの死闘
土の焦げた臭いが鼻に付く、ブスブスパチパチと爆ぜる音がしている、街道に魔術が直撃してできたプールサイズの穴は真っ黒だが表面は硝子状になっている、高温なのが一目でわかるから触ったりはしないが。
クッ! また空に黒雲が出来ている、またくるか!
カッ、と空が光かり雷が落ちる。
俺とは関係ない場所に雷が落ちた。
狙いはゲジ男のようだが赤帝には狙いどころがわかるのだろう、ゲジ男を左右に動かし直撃を交わしている。
追撃が二手に割かれていたことに納得した。
先陣がゲジ男の動きを止め、遠距離の魔術で仕留める。
赤帝が感知して避けなければ奴らの思惑通りに進んでいただろう。
おいおい……よく見れば左右に回避運動をして暴れまわるゲジ男の頭に必死の形相でしがみ付いているカリスティルの姿がある……
降りれなくなったのだろう……実質六対二だ、辺りは草の丈が短い草原、身を隠す場所もない。
「ヨモギ、俺と二人だ、相手は六人、魔術師もいるがやれるか?」
ダメと言われても却下するが士気を鼓舞する為には必要な会話だ。
「私とタイサなら大丈夫です、一心同体、二つで一つですから」
そんなこと言った覚えはさらさらないし、他人が聞けば誤解されてしまいかねないが否定している時間が惜しい。
「いいかよく聞け、カリスティルは役に立たない、俺達だけで切り抜ける。俺はなるべく相手を引き付けるから、お前は相手に隙ができたら背後から斬りかかれ! 絶対に正面に立つなよ!」
ヨモギは速いがザコ狩りの剣だ、相手次第で簡単に死ぬ。
だがヨモギは不満そうな顔だ。
「それではタイサが……」
ヨモギは俺の心配をしているが、この場合一人だけ生き残るって結末はありえない。
どうせ俺が死ねばヨモギも死ぬしヨモギが死ねば――俺も一対六では生き残れないだろう。
勝率の一番高い作戦で挑むべきだ。
「俺がその作戦で行くと言っている! いいか? 相手の腕はわからんが隙がないなら俺が作る、俺が崩してお前が後ろから仕留めろ、常に動き回れ! わかったな!」
碌でもない作戦だが一番効率がいいのは俺が肉壁になるってことだ。
「いつも指示が出せるとはかぎらん、お前の中の俺を信じて動け」
指示が出せなくなってアッサリ死なれたら困るからな。
騎馬に乗った面々が降りてきた、俺達から離れている場所だ、馬上の不利はご存知のようだぜ。
「お前等、油断するなよ、こやつら相当にやりおるわい」
グレーマン街道の入り口にいた棟梁とか呼ばれていた奴が下馬しながら周りにいる連中に告げる、クソッこいつらの得物は槍だ。
「へぇ、こいつです、この黒髪の小僧にジャニアズ達は全員斬られたんでさ」
俺が唯一仕留め損ねたジュリアンとかいう奴が応える。
チッ、泣きそうな顔で遁走したやつが偉そうに。
「向かい側の連中は間に合いそうにないだろうよ」
こいつもグレーマン街道の入り口で見た顔だ、なるほど、棟梁の腹心ってやつか。
「この黒髪の情報は我がエスタークにも伝わってきている」
エスターク兵のうち偉そうな方が俺に視線を向ける。
薄紫の髪の隙間から紺色の目が鈍い光を放つ。
「貴様がルーキフェア帝国貴族を斬って逃亡しているタイサ・アズニャルだな、国境のこちら側にも情報は伝わってきている」
「なっ!」
なんか違う! 俺はいつからそんな可愛い響きの名前に改名したんだ?
「へ~、ルーキフェアの……」
他の連中もそれに何の疑いも持っていないが……
その時、ヨモギが動いた。
棟梁と呼ばれている男にナイフを流れるようなモーションで投げつける。
横にいる男がそれを無造作に払うがヨモギは滑るような動きで奴らの背後に廻り
「それ以上は言わせません!」
ヨモギはいつになく強い口調で宣言した。
「――あっ!」
そう言えばダスタの宿場町でカリスティルを奴隷市場で購入する最色々な手続きを行った、俺はこの世界の字が読めないからその書類にヨモギが記入して……あぁ! 正式に変な名前になったのってヨモギのせいかよ!
「ふざけんな! 俺は! ……」
「ルーキフェアに我がエスターク王国が貸しを作る好機だ、覚悟しろタイサ・アズニャル!」
「まっ!」
俺は「待て、お前らは俺の名前を勘違いしている」と言おうとしたが
「アルウス、キャタピラポッドは後廻しだ――どんな方法かわからぬが魔術を避ける術を心得ているらしい、先にタイサ・アズニャルを始末する」
「わかりました、ジャラスパ管理武官」
弁明の余地もなく話題が切り替わった、ダスタの街で起きた何気ない出来事がこうも俺の運命を捻じ曲げているとは……
困惑する俺を尻目にエスターク兵は淡々と詠唱する。
「天の精霊へ第一を告げる 交わされし盟約の数を糧とし、我が手に神の捌きを体現せよ」
「くっ!」何が起こるのかわからんがマズイ! 俺は体を振って意味があるのかわからないがフェイントを入れてから力の限り横っ飛びした。
ジバシッ!――と俺の居た場所にスパーク音と閃光が走り公園の砂場ほどの範囲を焼き焦がした。
先ほどのゲジ男を襲った魔術より全然威力が少ないが当たれば……まぁ死んじゃうだろうな……
それは別として俺も二十メートル近く飛んじゃうほど人外化が進んでいるらしい、今知った。
「ヨモギ! もしアルウスってやつが何か詠唱しようとしたら隣にいるジャラスパ管理武官とやらを刺せ!」
俺はヨモギに向かって叫ぶ。
速度にまかせて反対側でフェイントを仕掛けているヨモギは頷く。
もちろん緻密な作戦などない、ただ明らかに魔術師の隣にいるジャラスパは命令する立場の上役だろう、動けば上役を刺すと言われた下っ端は思い通りに動けるだろうか? という悪戯心だ。
「何をしている! 相手は二人だ、押し込め!」
棟梁ってやつが吠えると「ヘイ棟梁!」とか言いつつ魔獣の鎧を着た傭兵らしき四人が動く、俺は包囲されないように下がる。
「カーノッサ! 勝手に動くな! 後ろをっ!」
ジャラスパが怒鳴りつける、どうやら棟梁の名前はカーノッサらしい、どうでもいい。
ヨモギがジャラスパに向かって飛ぶ。
「エルフのガキごときっ!」
ジャラスパは剣を抜きヨモギの放つ横薙ぎに振るわれる剣を片手で弾き返した。
――剣力の差は歴然――ヨモギは弾かれた剣に体ごと振られる。
「ヨモギ、下がれ!」
それを見た俺はヨモギに叫ぶ、ヨモギは深追いせずすぐさま後退した、さすが俺の忠実な僕。
だがこのジャラスパって男、口だけじゃない。
お荷物としては使えない、それに俺のハッタリは魔術師には効いているがジャラスパには効いていない。
こいつは優秀だ。
「カーノッサ! 陣形を乱すな! 緑髪のガキは素早い、包囲などできぬ!」
ジャラスパは顔を真っ赤にしながら指示を出す、全体がよく見えていやがる。
俺とヨモギは離れた点だ、そしてヨモギは速い。
俺を包囲するだけなら容易い、だがヨモギは包囲の外で隙を伺う。
囲んで勝負するのは無理なのだ。
――ヨモギに背中を刺されたいのなら別だがね。
「わしらは沢山の仲間をこいつにやられているんだ! 邪魔すんなだわい!」
カーノッサは顔を真っ赤にして怒鳴る「あんたらは金! 俺たちはメンツをかけてんだろうよ!」「棟梁! マルゴー! 後ろは任せろ! 絶対に黒髪を許すな!」などと騒ぎながら後退する俺にジリジリと詰め寄る。
ヨモギは背後を伺うが前衛三対後衛一の陣形で一人を背後に置いて対処されている。
俺は下がるしかない。
正面の敵は三人とも槍だ、間合いが取りにくい。
俺に半円の包囲陣を敷きながら間合いを詰めてくる。
手が出せない、さすがにチンピラではなく傭兵なだけはある。
「天の精霊へ第一を告げる 交わされし盟約の数を糧とし、我が手に神の捌きを体現せよ」
クソッ、俺はその声だけに反応し後方に向かって飛び転げる。
俺のいた場所に『ズバシッ!』と閃光が走る。
剣を構える前に正面に詰めていたマルゴーとか呼ばれている男がオレンジ色の目を血走らせ俺に剣を振りかぶる!
俺は飛び退いて下がるがその隙を付きカーノッサが飛び込んで突きを放つ!
剣腹で払うが動きが鋭い!浅く肩口を削られた。
いてぇ! だが傷は浅い。
さすが俺が手入れに手入れを重ねた鎖帷子だ。
俺は体勢を整え間合いを計る、が、間合いを取りすぎると魔術で攻撃される。
圧倒的に形勢不利だ、仕掛けるタイミングがない。
今の形は相手は四人と二人に別れてはいる。
だが双方共に穴がない、船頭多くして船山に登るというがお互いの足を引っ張り合ってくれない。
「焦るなよ」「広がるな、背後を付かれるわい」などとお互いをフォローし合っている。
魔術師とジャラスパは間隙を付くように魔術は飛ばすがカーノッサの動きに呼吸を合わせながらもヨモギへの牽制を忘れない。
ヨモギもがんばっている、エスタークの二人組が俺に向かってこないのも傭兵が包囲せず固まっているのもヨモギが動いているからだ。
「これはきついな、おっさん――手加減してくんない?」
軽口しか出ない。
「……」
正面の三人は俺に集中しきっている、駆け引きの入る余地はなさそうだ。
槍の穂先がやけにギラついて見える。
肩の傷もそこまで深くないはずなのにズキズキと痛む。
焦りだろう、焦って良いことは何もないがそこまでコントロールできるものではない。
「タイサァ!」
ヨモギが俺の名を呼び始めた、焦ってきているのだろう、唯でさえ劣勢なのに先に冷静さを失いつつある。
実戦経験の差は如何ともし難い。
「絶対に正面から斬りあうな! 背後のみを狙え!」
防戦しながら俺はヨモギに告げる。
「があああ!」
マルゴーとかいうオレンジ色野郎が突いてきた、初動が大きい。
俺は刀腹で受けながら返しの突きを――――あっ――
横合いからカーノッサが俺の動きに合わせて胴払いを仕掛けている。
突きを中断し辛うじて剣を立てて横払いを弾く――
――が威力を殺しきれず後ろに飛ばされ尻餅をついた。
(これは不味い)
俺が膝を立てて立ち上がろうとした時にはマルゴーが体ごとぶつけるかのように飛び込んできている!
「くっ!」
剣を翳して受けようとする、が!
(これはっ、間に合わない)
「うらああああああああああ!」
マルゴーの叫びと共にその槍が――
――噴水のような鮮血が辺り一帯に飛び散り主に俺を塗らす。
俺の体は鮮血で真っ赤に染まった。
「マルゴォォオォ!」「軍管! お前等気づかなかったのかよぉ!」
怒鳴り声が上がる、奴らは混乱しているようだ。
奇遇だな、俺もだよ。
危機一発を乗り越えたようだが何が起こった? 返り血が眼に入ってよくわからない。俺は後方に飛び、目を袖で拭う。
どうやらヨモギではない、ヨモギは後方で隙を伺っているだけだ。
結果として槍に貫かれることもなく、俺が死んだわけでもなく、マルゴーの首が付け根から滑り落ちただけだ。
俺の斜め前には赤い髪の女が立っている。
「ごめんなさい、急いで戻ってきたんだけど遅くなっちゃったわ!」
女はそう言いながら剣を振って血を払った。
俺の危機を救ってくれそうな赤毛の女に心当たりはない。
だがその女の持つ大きなおっぱいはカリスティルのものだ。
俺とした事がカリスティルに助けられたのか?
コイツに何か礼を言わなけりゃならないのか? 気が乗らないな……
俺のボキャブラリーにカリスティルを誉める言葉は見当たらない。
まぁ考えても仕方ない――
「――ゲジ男のロデオは楽しかったか?」
どうせこんな事しか言ねぇからな……




