10話 サーチアタック
敵が近くにいると知り俺と赤帝は敵に向かって走った、敵の約一キロ圏内ほどまで近づくと、そこで俺達が取った行動は森林に身を伏せることだった。
要するに今は敵に見つからないように隠れている最中だ。
「貴様の作戦で本当にうまくいくかのう」
赤帝は鉄面皮を崩さず淡々と懸念を口にする。
「さぁな、だがここで全滅、もしくはそれに順ずるほど間引いておかないとグレーマン街道は突破できないと踏んでいる」
「そううまく事を運べればいいがな」
ガキの外見だが文句だけはいっちょ前にほざきやがる。
「どの道ここで躓くようなら突破は無理だ、インテルリ丘陵も残り僅かだが今まで大人数での山狩りに遭遇していない、街道の検問に人手を割いていると思う」
相手の数が多すぎる、このピンチを逆手にとって相手の戦力を減らす好機に変える必要がある。
こちらの戦力は十分ではない、先ほどヨモギの剣をみたがあれは強敵相手に使えない、剣速と踏み込みだけが速い素人相手の剣だ、ザコ狩りでは無敵だが少し剣が使える奴なら初動を見切ってカウンター取り放題のカモだ、アッサリ死ねるから余計に使えない。
「相手は総勢四十人、その内三十人は最低でも残っている、俺達の追跡に人員を割いていないから恐らくインテルリ丘陵の両出入り口に十人づつは配置してると見ていいだろう、ここで七人を始末すれば敵も検問の人員を割く必要が出てくる」
「それならもっと炙り出して数を減らせばよいのではないか?」
「時間をかけるとエスターク本国や傭兵ギルドから増援がくる可能性がある、ザコなら少々増えてもいいがエスターク兵が増えると最悪だ、数を減らせるだけ減らして時間差なく突破がいい」
「あの女達も使えばよいのではないか?」
ヨモギやカリスティルのことだろうが俺が考えているのは戦闘の勝利ではなく敵を間引く作業効率だ。
「下手に優勢になりすぎると多数が逃げて仲間と合流される、個対個ならともかく数対数の勝負は圧倒的に不利だ、ゲームじゃない、数は力なんだよ、街道の出口に在るはずの検問の人数を減らす為に今ここで間引くんだ」
俺の考えを知っている赤帝は言う
「貴様の作戦は卑怯に過ぎると思うが?」
「試合じゃねぇんだ、卑怯ってなんだよ、あいつらが人数を合わせてくれるなら考えてもいいがな」
「そんなものかのう」
正々堂々って全面対決かよ、冗談じゃない。
「三十対四のが状況が卑怯だろ……ところで奴らは近いか?」
「そろそろ目視できる距離に近づいて来ている、先頭は二人、真ん中が三人、後方に二人だ、真ん中は街道に一人で他の二人は森林に展開している」
「後方の二人はどうだ?」
「一人は街道、もう一人は森林の中を進んでいる」
「そうか……わかったこともあるが厄介だな」
「どういう意味だ?」
これは狩りの陣形ではなく戦闘の陣形だ。
「こいつ等は最初から俺達目当てだ、龍探しが目的なら餌のように街道に人は残さん、街道にいる四人をエサにして森林に隠してある伏兵で俺たちを仕留める算段だ……おそらくな」
「なるほどのう」
やはり赤帝を連れてきてよかった、情報ってのは戦力として重要だ。
「お前がいていきなり助かったな、俺一人なら後方で街道を歩いてる奴を狙って森林に潜んでいる奴にやられるところだ」
「作戦は変更するのか?」
「いや、そのままいく、真ん中の森林の奴をさらに大回りして後方の森林に潜んでいる奴を叩く、誘導たのむ」
「あい分かった」
俺は赤帝の誘導に従い森林を掻き分けて回り込み後方の森林を進む伏兵を待ち伏せる。
森林を掻き分ける労力は大変なものだがハァハァ言う息を噛み殺して待つ。
(くるぞ、あと二十メートルほどだ)
赤帝も小声で囁いている、わりと空気が読めるらしい。
ガサガサと木々を掻き分ける音とジャッジャッという足音が響く、俺達は身を伏せている上に赤帝の簡易結界も使って見えにくくなっている、まぁ簡易だからよく見ればわかるレベルなんだけどな。
(今だ!)俺は目の前を通過したばかりの男の後ろから首を横一文字に斬りつけた。
男は断末魔もなく崩れ落ちる。
第一段階はうまくいった。
服装を見ると魔獣の皮で作られた鎧、傭兵のようだ。
素早く俺は血まみれ男の持ち物を漁る。
奴らのトレードマークである魔獣の鎧を剥ぐ。
ついでに金貨袋を入手した。
「第一段階成功だ、他の六人はどうしてる?」
「まだ気づいておらぬようだ、一定の速度で進んでおる」
「よし、じゃあ準備をさっさと済ませて追いつくぞ」
俺は血まみれの鎧を着込み、更に自分の体にも死体の血をたっぷりと塗布してあまり大きな音を立てないように真ん中組の森林に潜んでいる片側の男を追った。
「あとどのくらいで追いつく?」
赤帝に尋ねると間髪入れずに返答があった。
「もう直ぐだ」
「よし、じゃあお前はその辺に隠れてろ、行ってくる」
そう言って俺は前を進む男にゆっくりと追いつく、わざとゼェゼェハァハァと荒い息を吐く、さぁ俺の演技力に期待だ。
「ま……待ってくれ……」
前を歩いていた男が振り返る、こちらを怪訝な顔で見ている、さ~てうまくいくかなぁ。
俺は剣を抜いたままフラフラと体を揺らすと片膝を付いた。
「やつらだ……やつらが出た、助けてくれ……」
地声が出るとバレる可能性があるので可能な限り掠れた声を出し男に助けを求める、重傷演技だから掠れ声の方が違和感あるまい。
血を満遍なく塗っているからバレないはず……だよな……
「大丈夫か! やつらか?」
男は血で真っ赤になって魔獣の鎧を着ている俺に疑いもせず駆け寄ってきた、周囲を警戒しながら近寄ってくるが注意すべきはそこじゃないんだな~
「それで! 奴らはどこにいるかわかっ……がぁっ!」
俺に何か聞きたそうだったが俺は近寄った男の口に手を当てて胸を剣で突いた、血塗れの俺に鮮血の増量だ。
男は発作的に手足をジタバタさせてきて押さえつけるのが一苦労だ。
「う……! ふっ……!」
「粘るんじゃねぇよ、さっさとしね」
抵抗というか発作というか暴れられて二~三発殴られたが仕方が無い。
所々で断末魔の声が漏れてしまったが許容範囲だろう。
二人目を始末した。
「よし、二人目だ、他の連中は気づいているか?」
勘付かれないうちに出来るだけ減らしたい、俺は赤帝に尋ねる。
「敵はまだ異変には気づいていない、だが貴様……」
高潔な天界の住民には見苦しい戦闘だったようだ、俺の知ったことではないが。
「人数に差があるからな、一対一ならまともにやってやるよ――――次は街道を一人で歩く後方の男に回り込む、ついて来い」
俺はそう言うとガサガサと木々を掻き分けながら突き進む、騙し討ちばかりで剣は全く合わせていないが一対一ならアンパイの集まりのはずだ、数を減らすだけ減らして勝負だな。
「――そろそろ来るぞ」
後方に移動して赤帝の誘導に従い街道脇の草葉の陰に身を隠しつつ待ち伏せていると周りの味方は既に無く一人になっているとは気づいていない後方の男が歩いてきた、俺は草葉の陰な上、赤帝の結界を効かせて身を潜め通過をまつ。
「今だ!」
街道を歩く後方の男が俺の直ぐ脇を通過した瞬間、後ろから口を抑えて喉に剣を滑せ首を掻き斬った。
動脈から真っ赤な血が噴水のように吹き出る。
赤帝はやはり便利だ、三人目もしとめた。
『前を歩いている奴に見つかっても仕方ない』と思っていた。
一応森林に死体を引きずり隠したところで赤帝に尋ねる。
見つかった気配は今のところ無いらしい。
「おい、少しずつ前の方に移動するぞ」
赤帝にそう告げて俺は少し前方に移動して身を潜めた。
前の奴も後衛が消えていたらさすがに気づくだろう、早目にポジション確保だ。
「ジャニアズ! どうした! どこだ?」
真ん中の街道を歩いていた男が大声で仲間らしき名前を叫びながら後方へ引き返してきた、奇襲もこいつで最後のようだ。
俺は走ってくる男の直前に踊りだした。
「くらえ!」
――上段一閃!
男の頭に切っ先が吸い込まれる。
男は咄嗟の出来事に剣を抜く事さえできない。
『ザシュッ!』
男の皮の兜を中身ごと真っ二つにして流血とカルマが吹き上がる。
四人目だ!
それを見ていたらしき男が森林から飛び出てきた。
首から下げている笛を咥える。
『ピーーーッ』と甲高い音が辺りへ木魂した。
一対一ならまだいける!
俺は笛を咥えている男に突進する。
男は剣を抜くが前方にいる味方を当てにしているのか切っ先を俺に向けない、腰が引けている。
空ろな切っ先を意に介さず間合いに踏み込む。
横薙ぎに胴払い一閃。
「あぐううううっ!」
――男の折り曲げた腕ごとなで斬りにして切っ先は胴にまで達した。
「うぐぁぁ、助けてっ!」
逃げようと後ろを見せる男の蹴り足が付く前に腰に突き!
「あぐぁ! やぁいやだぁ!」
男は遠くから駆け寄ってくる二人に手を伸ばして叫ぶ!
転げ回りながら俺から後ずさるが逃がさない。
俺は前方の二人組が走ってくるのを視界に捕らえながら
「じゃあな!」
俺は横撫でに剣を振り男の首を跳ね飛ばした。
辺りが赤いのは太陽が赤いからだけではない、血煙が舞っている。
予定より事態は急に動いたが首尾は上々だ。
「おい、巻き込まれないように離れていろ」
俺は赤帝に告げる、この場面になれば小細工は警戒されすぎて逆効果だろう。
「貴様の計画とは随分と違うがこのまま進むのか?」
あぁ、口には出していないがコイツには俺の考えが全て分かっていたんだったな、本当は全て死角から斬るつもりだったのだ。
「あぁ、二人だし、カルマも大したことはない、それにエスターク兵ではない、苦労は無いはずだ」
「うむ、貴様に任せる」
そういうと赤帝は森林に身を隠した、まぁ直接戦う力はなさそうだからそれでいい、よく働いてくれた。
「二人か……なんとかなるだろ」
俺は切っ先を駆け寄ってくる二人へ向ける、剣はもう真っ赤だ、奪った鎧も下に着ている服も血に染まっている。
だがまだ一つも傷を負っていない、赤帝の力は使いようによっては充分なチートだ。
「最初に言っておくけどさぁ~もうお前ら二人だけだぞ~」
大げさに俺は宣告する、抵抗する暇もなく五人も殺されたという事実はやつらに相当の恐怖を与えるはずだ。
数だけ見ればまだ奴らのほうに利がある、現状は二対一だが認識していない有利をこいつらが気づけるかな?
「ハハッ、いくぞ!」
俺は表情だけは余裕を貼り付け二人組の左翼に切っ先を向け踏み込む。
「――!」
俺が切っ先を向けたほうの男は後退、というより後ろに跳び下がり尻餅を付いた……ハッタリが効きすぎている?
「おっ、おい、ジュリアン、周りこんでくれ!」
尻餅を付いたままで男は右にいる男に懇願するが……
「いっ、今、応援を……頼んでくる!」
そう言うと片割れの男は俺の間合いを迂回するように走り抜け街道を南に逃走し始めた、二人とも命惜しさに戦う気がない。
「うそだろ! 逃げないでくれ!」
残された男は半狂乱で叫ぶが俺としては逃がすわけにはいかない。
泣き叫ぶ男に突きを放つ、が、浅い!
「いやだぁ!」
男は背中に切り傷を負いながらも街道を北に走り逃げ始めた、くそっ!
南に逃げた男はもう豆粒ほどしか姿が見えなくなっている、追いつくのは無理だ。
俺は泣き叫ぶ男を追うしかなくなった。
「赤帝、ついてこい、あいつを斬ってそのまま街道をゲジ男で強行突破するしかない!」
「それしかないだろうな、貴様は敵を少々追い詰めすぎたな」
赤帝は冷静に過程を分析して『俺が調子に乗った』と結論付けたらしい。
「うるせぇ、こっちは命がかかっているんだ、微妙な匙加減とか無理に決まってんだろ!」
俺は街道を北上しながら泣き叫ぶ一人を追うしかなくなった。
結局泣き叫ぶ男に追いつき仕留めてから南に視線を向けたが北に逃げた男は影も形も見つけることはできなかった、時間をかけ過ぎた。
「取り逃がしたか……もう時間が無いな」
「うむ」
さすがに年の功なのか赤帝には俺の考えていることがわかるようだ。
「走れ、ガキの体でも配慮してやれる時間も余裕も無い!」
俺は赤帝を鼓舞し駆け出した。
俺達は一刻も早くゲジ男隊へ合流しなければならない。
敵が街道の封鎖を強化する前に強行突破を実行すんだ。
ゲジ男の元へ駆ける……




