9話 タイサVSヨモギ
旅の仲間に赤帝を迎え入れ、街道の進行ペースは跳ね上がり、全道程の九割以上は踏破し、残り僅かだとカリスティルは言っている……らしい。
俺はヨモギから又聞きしている身分なのでカリスティルから直接聞いているわけではない。
ヨモギの通常業務に合議による決定事項を俺へ伝える伝言係が追加されて久しい。
俺がゲジ男の頭部分に行っても奴等三人が並んで座っているもんだからついついUターンしてしまう日々だ。
俺がいつものように白い太陽の時間、鎖帷子の網目の中に入っている埃取りや靴紐の左右の長さをミリ単位で確認したりしていると急にゲジ男が止まった。
「マンオークの群れよ! 大群だわ!」
カリスティルの声が響き渡る、俺は知っている、その情報は彼女の目視ではなく赤帝に教えてもらったものだと言うことを、そして戦闘は避けられない状況なのだと言うことを。
(やれやれ、やっと俺様の出番か、なんだかんだ言ってもヨモギ、カリステイルはまだまだ弱いし、赤帝は便利な能力はあるが腕力は見た目どおりの子供並、仕方が無い、俺の力を見せてやるかな)
俺は勿体ぶって念入りに準備をした、研ぎ過ぎでピカピカ光る剣を帯刀し、埃一つ無い鎖帷子を着込み、その上から兵士から略奪した鎧を着込み「ふう」っと深呼吸、決めセリフを噛まないように注意だ。
(よし、いくぜ!)
俺は隔離小屋から飛び出し
「またせたな、俺に任せておけ!」
よし、完璧だ、後はそのマンオークの群れとやらを……
マンオークは大群だったようだ。
マンオーク、身長一メートルそこそこ、太った人間のような茶色い体、豚のような顔、動きはそこまで早くないが知能は高く、集団で襲ってくるのが特徴の魔獣。
だがもう半数は狩られていた、緑色の髪をした少女が飛んでいるかのような俊敏な動きで次々とマンオークを仕留めている、例えるなら燕、流れ作業のような手際で狩っていた。
言うまでも無くヨモギなんだがいつの間に人外になった?
暫し呆然としていたが、ここで出番が無かったら自らの存在が消滅してしまうという危機感が胸に沸き立ち、俺もマンオークの群れの前に躍り出る。
マンオークは程なく全滅した、俺が狩ったのは七匹で残りはヨモギとカリスティルが斬った。
マンオークの死体総頭数は六十近い、まさに大群だ、カリスティルが戦っている様子も少し見ていたが三匹程度しか狩れていない、俺がウキウキ気分で準備している間に数匹狩っているかもしれないが誤差の範囲だ、殆どヨモギが狩っているのだろう。
「なにがどうなっている」
俺はゲジ男の手綱を握ったまま無表情な顔をしている赤帝に駆け寄り聞いた。
「あれもお前の力か何かか?」
それしか考えられない。
「我の力ではない、元から持っている力の使い方を教えてやった、それだけだ」
赤帝は無表情のまま淡々と答える。
「あんな力があったはず無いだろ、俺は知らないぞ」
「使い方の問題だ、カルマは魂の形によって変わる、あの者の使い方もその一つに過ぎん」
ヨモギが使い物になったなら悪いことではなくむしろ良いことなんだが釈然としない。
「なんであいつの事を……」
そう口に出した時にヨモギも赤帝に魂を覗き見られたのを思いだした、こいつはヨモギの事を全て知ってるんだよな……なぜか気に入らないが怒る理由も無い……あ、それならば
「お前は俺の力の使い方ってのもわかるのか?」
「貴様は黒髪だ、黒髪の魂は変質する、カルマでさえ変質していく、貴様が自分で見つける他無い」
意味はわかりかねるが匙を投げられているのだな、それはわかった。
「タイサ、おつかれさまでした」
ヨモギが声を掛けてきた、満面の笑顔だ、敵襲の報に反応してすぐ飛び出したのだろう、白い布の服に剣のみの軽装……フル装備の自分が恥ずかしい。
「あぁ、お前もな、強くなったみたいだな」
「はい、私は力が無い変わりに速さを意識すればよいと教えてもらいました」
「なるほどなぁ……」
俺の知らないことが次々に起こっていくもんだから一々驚くのが面倒になってきた、まぁいいや、何やら勘違いさせない為にも少し確かめてみようかな。
「ヨモギ、少し打ち合ってみようぜ、このくらいのやつでいいかな……」
俺は道端に転がっている手ごろな木の棒を二本選んで拾うと一本をヨモギに投げて寄越した。
「やめときなさいよ、ヨモギちゃんにコテンパンにやられちゃうわよ!」
カリスティルはニヤニヤ笑いを浮かべてそう言った……なんだそのヨモギに対する自信……まさかお前……負けちゃったのか?
一緒にしてんじゃねぇよ馬鹿。
「それならそれでもいいぜ、さぁヨモギ、こいよ」
そう言って促がしてみたがヨモギはモジモジして構えようとしない。
「いいからこいよ、まさかお前、俺が心配だとか言うつもりかよ」
「でも……」
「大丈夫だよ、恐らく俺には勝てんから……あぁ、そうだな、俺に勝ったらお前の言うことを聞いてやってもいいぞ」
こういう降って沸いたような力で自分は強くなったと勘違いをさせておくと後々面倒なことになりかねないからなぁ。
「何でもですか……?」
ついでにヨモギのお願いにも興味がある。
「あぁ、何でもだ、今言ってもいいぞ~」
「だったら……」
「おう、さっさと言え、聞くだけなら聞いてやる」
「だったら、私が勝ったらカッ、カリスティルさんの胸を触るのを止めてください」
「なっ!」
「いいですか? タイサ」
「そ、それはお前に関係ないだろ!」
「嫌なんです」
「そうよ! もう勝手に触らないでちょうだい!」
くそっ、なんて事だ、なぜ俺のアイデンティティーを皆で否定するのか、しかしドサクサ紛れにカリスティルにまで拒否されてしまっている、この段階で有耶無耶にしても触る機会はなくなるだろう……ここは引き下がるわけにはいかない! こっちから仕掛ける。
「よし、わかった、ならばこうしよう、ヨモギ、お前が勝ったら俺はもうカリスティルの胸は触らない、その代わり俺が勝ったらカリスティルの胸は触り放題だ、それでいいか?」
「はい、それでいいです」
「あたしは良くないわ!」
カリスティルが納得していないが先に口を挟んできたのはカリスティルの方だ、期せずして真剣勝負となった、勝利の報酬はカリスティルのおっぱい占有権だ。
「嫌よ! そんな勝負認められないわ!」
カリスティルが五月蝿い。
「ならばこの勝負はなしだ、今までどおりカリスティルの胸を触り続ける」
よし! ドサクサ紛れにカリスティルのおっぱいを触る行為を俺の正当な権利として成立させた、俺はヨモギとの手合わせを取りやめ今まで通りおっぱいを触り続けるか、勝者の正当な権利としてカリスティルのおっぱいを触り続けるかの二択しかなくなった。
これぞ戦わずして勝つ。
「ヨ……ヨモギちゃん……」
カリスティルが地面にへたり込みながらヨモギを見上げている、いつの間にか『ヨモギの腕前を見る』から『カリスティルのおっぱいを触る権利』に事態は動いたが誰もその不自然さには気づかない……いや、何で気づかないの?
「カリスティルさん、出来るだけの事はやってみます……」
ヨモギは覚悟を決めたようでスッと息を吐くと木の棒を構えた、ふむ、まだ重心が不安定なところもあるがまずますだ、流石師匠が優秀なだけに……くる! 始めの合図もない!
ヨモギの体が沈むとそのまま勢いよく地面を蹴り一直線に飛んできた。
胸元へ鋭い突き。
「くっ」
速い。
初動が大きいから何が来るのか俺にはわかるがそれでも剣速は速く初見では後の先を取れるほど余裕が無い
刀腹で捌き体を廻し逃れる。
カルマは寧ろ俺の方が多いが速さはヨモギだな。
なるほど、力の使い方……ね。
「ふぅ、やるようになった」
俺はニヤリと笑う。
「ヨモギちゃん! がんばって!」
カリステイルがヨモギに声援を送る、俺は悪役らしい。
「タイサ、いきますよ」
ヨモギはギラギラした視線を俺に向ける、本気だな。
「いいぜ、いい顔をするようになった、さすが俺の子だ」
「違います」
ヨモギが飛び込みながら棒を横薙ぎに払う
「雑い!」
初動を捉え棒と棒を引っ掛け払い上げた。
ヨモギの棒が手を離れ宙を舞う
巻き上げってやつだ、ヨモギはまだ速いだけだ。
積み上げた高さが違う。
「うそ、あのヨモギちゃんが……こんなに差があるなんて……」
カリスティルが呆然としている、俺の知らないところできっとヨモギの活躍を見てきたのだろう、魔獣の襲撃で呼ばれたのは久しぶりだった、今までは殆どヨモギが対処していたのだろう。
魔獣を斬って得るカルマは少ない、それでもヨモギのカルマは目に見えて増えている、恐らくこの森は魔獣の巣窟だったのだろう。
だけどな、魔獣は所詮魔獣なんだよ、本能だけで動く獣と剣士を一緒に図るのは間違いなんだよ、今の相手は俺だ、剣で身を守り、剣で道を開く撃剣使いだ。
無駄を削ぎ落とし、隙を見つけあう死闘と魔獣相手の狩りは別物だ。
その速さは確かに力だが、それを強さだと勘違いするといずれ死んでしまう、速さは個性であって技術ではないのだから。
「まだです」
ヨモギは飛ばされた木の棒を拾うと俺に切先を向ける、その顔はとても楽しそうだ。
「ヨモギちゃん、もうあたしはいいから! お願い! もうやめて! 殺されちゃうわ!」
カリスティルが何かを勘違いして必死に叫んでいる、なんでヨモギを殺さなきゃならんのだ? 俺は楽しくジャレているだけだ、これから先ヨモギが斬り合いを甘く見ないために、死んでしまわないために修正してやっているんだよ、景品のおっぱいは黙っていろ。
「あぁ、思ったとおりだった、次で終わりにするぞ、もっと強くなれよ……自分の為にな」
ヨモギが俺の間合いに飛び込んでくる、確かに速い。
そこから身を捩り俺に胴払いを仕掛けてくる、動きが雑で初動から太刀筋が丸見えだ。
俺は棒が振られる前にヨモギの手をソフトタッチで払った。
「つっ!」
ヨモギの手から棒がすっぽ抜け飛んでいく。
俺なりに分析した結果、カルマでの身体能力向上は速さ、力強さ、跳躍力など色々個性があるが反応速度や判断力が向上するわけではないみたいだ、勉強になった。
「まぁこういうことだな、ヨモギ~勘違いせずにがんばれよ~」
俺は気楽な調子で声を掛けると棒を放り投げ振り向いた
「ヒッ」
カリスティルは俺と目が合うと露骨に怯えた、しかも涙目で口元を歪ませている……俺のせいなのか?
「カリスティルさん、ごめんなさい……」
ヨモギが歯を食い縛りながらカリスティルに謝っている。
「いいのよ……ヨモギちゃん、とってもがんばっていたもの……あたしは大丈夫だから……」
凄く居た堪れない気分になった、かと言ってせっかく得たおっぱいを触る権利を放棄も出来ない、俺が次の行動を取れずに動きを止めていると
「敵襲だ。全部で七人いる、南側からこちらへ向かってきているぞ」
赤帝が平坦な声で敵の来襲を告げる、願ったり叶ったりのタイミングだ。
「この周辺に身を隠す場所はあるか?」
俺は助け舟に飛び乗る
「あるにはあるがのう」
「何か問題でもあるのか?」
俺がそう言うと赤帝は周囲の無数に散らばるマンオークの死骸に目を向けた。
なるほどな……何処に隠れようと、こんなの放置していたら俺たちがこの近くに潜伏しているのはバレバレだよなあ……
そこで考える。
保身と共に考える。
よし、赤帝もいることだし迎撃しよう。
「よし、赤帝ついて来い、二人で迎撃するぞ」
今は居心地が悪いからカリスティルと別行動が取りたい。
「我に戦う力は無いぞ」
「いいからついて来い、いい作戦が浮かんだ」
俺は赤帝の肩に手を載せた、これで作戦は全て伝わったはずだ。
「ヨモギとマイおっぱいはゲジ男にエサを食わせたりして移動する準備をしておけよ」
「変な名前つけないでよ!」
「わかりましたタイサ」
俺は赤帝を伴い、彼等から逃げ出すように街道を駆け出した……




