8話 平和の下で剣を研ぐ
赤帝が合流し数日が経過した、旅は順調そのものだ、白い太陽が昇るとゲジ男は街道を驀進し始める、龍捜索隊にぶつかりそうになれば赤帝が感知して物陰に隠れてやり過す、人の気配がなくなれば前進、魔獣が出てきた時は俺も出番だが少数の弱い魔獣ならヨモギとカリスティルだけで始末してしまう。
俺はベッドで夢の中のまま出番は無い。
赤い太陽の時間は魔獣が出てこないから元より俺の出番は無い、突発的な戦闘は無いから俺には仕事が無いのだ、夜は野営か強行軍で進むかはその時々でカリスティルと赤帝の話し合いとなり――俺の出番は無い。
結局俺は、手が空いている時にヨモギと剣の稽古をするくらいでヒモみたいな生活になっている、楽でいいってのは余暇を有意義に過ごせるリア充スペックの持ち主だけで俺は暇な時は寝るしか選択肢がない、稽古は充分しているから暇な時間を全て稽古に当てると寝ている時間以外は稽古になってしまいオーバーワークになる。
もうカリスティルとは話す材料が無い、赤帝はゲジ男の手綱がお気に入りなのかわからんが御者のようにいつまでもゲジ男の頭に座っていやがる。
そんな感じで自然と配置も決まり、俺、ヨモギ、カリスティル、赤帝の四人はそれぞれの仕事をこなしつつ街道を進んでいる。
新しいメンバーの加入で夜に光を照らしたり野営の準備を一人でしなくなったりでヨモギにも時間が出来たのだろう、俺の隔離部屋へ頻繁に顔を出すようになった。
おそらく自然な流れでボッチになった俺に気を使っているのだろう。
「タイサ」
俺の寝床である藁の上に布を敷いた簡易ベッドを占拠し寝そべっているヨモギ。
そのヨモギが声を掛けてきた。
「どうした」
なぜか隙間だらけの壁に背中をもたれかけながらつっ立っている俺は返答した。
「赤帝さんから聞きました、タイサって本当に違う世界から来たんですね」
俺は嘘つきだと思われていたのか、もしくは電波だとでも?
「そう言ってただろ……」
「あ! そうではなく、違う国から来た人だと思ってたんです」
フォローのつもりだろうか? 俺はボッチな上にチビッ子にまで気を使われる存在に成り下がったのか――沁みるな。
「タイサのいた世界ってどんな世界だったんですか?」
話題を広げて雰囲気の打破を決断したようだ、いい判断だ、それに長い付き合いになってきたヨモギだがそんな話はしたことがなかったな。
「まぁ斬り合いなど全然無い表向きは平和な世界だったな」
ゆっくり確かめるように思いだしていく
「平和……ですか」
「表向きはな、今から考えれば人はそこまで変わらんけどな」
「私はその世界でもきっと今みたいなままなんでしょうね」
何を思ったのかションボリしてしまった。
「最近のお前はそこまで捨てたもんじゃないと思うそ、会った時は本当に最悪だったけどな」
「最悪、ですか……」
最初に会った時のヨモギは何に対しても怯えて媚びていた、俺はそれにいつもイラついていた覚えがある。
「最初に会った時はな、今は良くなって来ていると思うぞ」
「そうですか」
具体的にどこが良くなったとかは言いたくない、俺好みに育って欲しいとは思わないからな。
「俺がいた世界はこことは全然違うけど、人間の中身は世界が違っても変わらないと実感した、どっちの世界も勝つのいつも正しい奴だ」
「正しい……ですか……」
「勘違いするなよ、正しいってのは正義とか愛とかじゃないぞ、もっと身も蓋も無いもんだよ」
ヨモギは理解できないって顔をしている、本当は俺もクソみたいなことは言いたくないんだけど今まで生き残れたのは俺の中に刻まれた『親父の言う正しさ』が絶体絶命の状況でも俺を勝たせたのだと忌々しくも思う。
「例えば勝つっていう意味だ、正面から戦えば力の強い奴には敵わない、でもそいつが寝ている時ならどうだ? お前みたいなガキでもナイフ一本で大男にも勝てるわけだ」
「それは――」
「そういうもんなんだよ、世界は全て最善な行動をとれる正しい奴が勝つようにできている、勝つから正義なんだよ、素晴らしい精神も負ければ終わりだ、負けて正義が証明された事例を見たことが無い」
ヨモギは黙り込んでしまった、正しいことは美しくもなんともない、変な美学は邪魔にしかならん。
『弱い奴とは正面で戦えるように誘導しろ、搦め手を使わず使わせるな。強い奴が相手の場合は勝てる状況を作って勝て、勝てないなら戦うな、隙を見せるのを見届けて勝て』
本当にいつも正しいがクソみたいな親父だった。
『人間の後ろに眼はついていない』こんなことを息子に平然と語る親父だった。
お袋が家を出て行った日、俺は親父の正しさに絶望したものだ。
親父の幻影をゴミ箱に放り込み話を続ける。
「俺のいた世界もそうだった、こっちの世界もそうだ、だから人ってものはどこの世界でも変わらないもんだよ」
「でもタイサはいつも力の強い相手とも戦ってきたじゃないですか、他の人達と違って私からも何も奪わないし、剣も教えてくれてるし……」
それは関係ないんだけどな、綺麗事ってのは誰にでも言えるけど力ってのは一番必要だよ、平和や愛、友情は勝者の贅沢品なんだから。
「そりゃそうだ、お前相手であってもいつも有利な状況を作れるわけじゃないからな、お前に剣を教えているのも案外俺がお前を使い潰すつもりなのかも知れんぞ?」
「そんなはずないです、タイサはそんな人ではありません」
「まぁそれでもいいけど、てか俺に意見を言うようになるとはヨモギは変わったな」
この話題は話し込めば話し込むほど俺のイメージが悪化しそうだと判断し話題を変える。
「タイサは変わりませんね」
「俺は元々最高だからな、変化する要素がない」
「――そうですか」
まぁ最高なはずの俺はヨモギに相手にしてもらわければボッチになってしまうのだが……
「タイサ、赤帝さんは知っているみたいですが、タイサの望みはなんですか?」
「急にどうした?」
「赤帝さんは自分の力を取り戻したらタイサの望みを叶えてやると言っていましたが……赤帝さんは私が聞いてもタイサの望みを教えてくれませんでした」
ヨモギはベッドに寝そべったまま足をパタパタさせて聞いてきた。
埃が舞う。
ちなみに俺のベッドだ。
俺の望み――何だろう? そんな約束はしていないのだがな……身に覚えがない……まさか! ギャルのパンティーとかじゃないだろうな!
「さぁな、そういう事は口に出さないからいいんだよ」
俺にもわからんことは教えられない。
「私はタイサが何を必要としているのか知りたいです……」
ベッドから顔を上げて俺を見るヨモギに一瞬ドキッとしたがよく考えれば、何故にヨモギは俺の部屋でベッドにゴロゴロしながら寛いでいるのに俺は部屋の隅で立っているのだろう、俺の部屋なのに、という疑問が沸いてきてそれ以上考えるのを止めた。
「俺の望みより自分の夢を見ればいいぞ、俺のことは俺が知っていればいい」
良いこと言えた、イケメン属性が付与され始めているのかもしれない。
「私の夢はタイサの役に立つことです、私は……」
なんかムズムズしてきた、これ以上聞いていたら「ああああああっ」てなりそうだ。
「俺の役に……そうだな、胸が膨らんできたらいっぱい触らせてくれ」
そこで話は切り替わり、グレーマン街道を抜けてアルディア王国に着いてからの話になった。
ヨモギはカリスティルがアルディアに辿り着いても俺と一緒に旅を続ける腹積もりらしい、カリスティルと一緒にいれば王族の食客として裕福に暮らせると思うんだけどな……
まぁ俺はアルディアは滅んでいると予想しているから最終的には一緒に旅をする事になると思っていたが、ヨモギはアルディア王国が滅んでいるとは考えていないのに俺に着いてくると宣言した、以外だった、悪い気はしないがね。
赤い太陽も沈みそうだ、隙間だらけの壁から赤い光が横合いから漏れてくる。今日も捜索隊との遭遇は無しだ。
暇に任せて俺の剣は研ぎまくられ鋭さに磨きがかかり放題なのだが試す機会はない。
「ヨモギ、お前の剣は斬れているか、よければ研いでやるけど……」
「いえ、一昨日研いで貰ってから一回も使ってませんので平気ですよ」
ヨモギはそう言って優しく笑う、少し苦笑いが混じっているのは俺が暇でやる事がないってのを理解しているからだろう。
「そっか、まぁいいけど」
「カリスティルさんに聞いてみましょうか?」
「いや、やめとく」
俺はそう言って会話を切り上げる、俺は感情的でヒステリー気味のカリスティルも苦手だが普段の素顔、俺以外の人間に見せる人当たりが良いところも面倒見が良いところも苦手だ、委員長体質というか性善説で生きていそうなところとかが近寄りがたく感じてしまう。
俺とは相容れない、どうせアルディアに着くまでの関係だ、例えアルディアが滅んでいても俺と行動を共にすることは無いはずだ、根拠は無いがあいつはアルディア王国に対する思い入れが強いから全てを捨てることはできないだろう。
夜になりゲジ男の足が止まった、どうやら赤帝とカリスティルの間で今晩は野営をすることになったらしい、当然俺には何の相談もない。
「では食事の準備に行ってきますね、出来たら呼びにきますから」
そう言ってヨモギは俺の部屋をパタパタと足音を鳴らし出て行く、ふむ、また一人になったな。
俺は外に灯る焚き火の明かりを頼りに砥石、水、ボロ布を取り出すと剣を研ぎ始めた。
『ジャッ、ジャッ、ジャッ』と、砥石が音を立てる。
俺は剣を研ぎながら思うんだ……
最近研いでばかりだから細くなっている気がする……




