7話 赤帝龍王 後編
坑道の中は静寂に包まれている、俺の発言の余韻にみんな浸っているんだろう、照れるなぁ。
「何考えてんのよ! そんな暇あるわけ無いじゃない! 私は一日も早くアルディアに帰らなきゃいけないの!」
余韻は一瞬にして雲散霧消した、こいつは本当に自分の事しか考えてない、それに短絡的だし。
「まぁ落ち着いて話を聞け」
俺はカリステゥルの肩に腕を廻して隅に誘導する、こいつの方が背が高いから肩に手を廻しにくいが、がんばる。
「何よ! 私は余計な回り道なんかしてる暇はないの!」
「わかってるから、なっ、話は最後まで聞こうな、大人なんだから」
俺は真っ直ぐ視線を合わせながらカリスティルを宥める、人の眼を見て話をしろ、と熱血教師はよく言うが俺はそうは思わない、俺が眼を見て話をする時は人を丸め込む時だ。
「話ってなによ! どうせ口先で丸め込もうとしてもそうはいかないわ!」
「そうじゃなくてな、この龍を連れて行くプラス面を並べてみるよ」
俺は可能なかぎり優しい笑顔を取り繕う、今だけは優しく語りかけてやる、一生の思い出にするがよい。
「……」
「いいかい? 俺の言った龍脈だの龍穴だのって話はね、全部アルディアに行った後の話なんだ、どの道この状況を突破できないことには話が進まない、そうだろ、ここまではわかるね?」
「えぇ、わかるわ」
自分で言いながらも自分の胡散臭さに鳥肌が立ちそうだが
「それにあいつはさっき坑道の周辺に六人いると言ったよね、人の気配なのかもっと正確な物かは知らないけど、この力は使える」
「うん、続けて」
カリスティルは俺の腕の中のまま目を見て顔をグッと近づけた『コイツ俺に惚れてんじゃね?』っていう気持ちが沸きそうになったが踏みとどまる、コイツはビッチだ! ビッチのはずだ!
「今までの移動は夜にゆっくり進んで太陽の出ている時間は隠れていた、まぁ時間がかかるよね」
ヤバイ、こいつのサラサラした赤い髪からいい匂いがする、しかし俺は一切表情には表さず続ける。
「うん……」
「だけどあいつを連れて行けば敵が何処にいるかわかるんだから夜も昼も全力で進めるんだ、カリスティルにとってもメリットは大きいんじゃないかな?」
「そうね、その通りだわ」
「だよな、龍は捜索隊の連中にとって重要だが俺たちにとって重要なのはこの街道を通り抜けるってこと、それに俺たちはもう奴らを斬り過ぎているしね」
顔が近い、体をくっつけるな、雑念が生まれてしまう。
「……」
「龍を素直に渡しても今更見逃してはもらえねぇだろ、だからあいつを俺たちが連れていくのは正解だ、違わないよね?」
「違わない……わ」
「よし、さすが大人のカリスティル王女だ」
やはりチョロい。
俺はカリスティルから手を離し龍に歩み寄った、いい年した女が世話が焼けるぜ。
――俺達がミーティングをしているうちにヨモギが龍と話し合っていた、何を話しているのだろう。
「おい、何の話だ、こっちは終わったぞ」
「それが……」
ヨモギは何か言い難いのか口篭もっている。
「我はまだ同行するとは言っておらん」
小さい畜生の分際で我侭を言うつもりらしい。
「どういうことだ? ここから動かんつもりか?」
「我は貴様を信用できぬ」
ぐぬぬ……なんて人を見る目が無い畜生だ……ヨモギが言い難そうにしていたのはこれか!
「何でだよ、俺は巷で評判のいい人だぞ」
「……」
同意が得られない、なんでだ、いつも俺を肯定してくれるヨモギすら無反応だ……
「そうだな……貴様、手をこちらに伸ばせ」
これは不味い展開なのか……下手に手を差し出したら「この味は嘘をついている味だ」とか言い出しかねないからな、正体不明の力を持っているし。
「どうします? タイサ……」
ヨモギは不安そうだ、俺の人格に自信が無いのだろうか、さっきまでイキイキしていたのに。
「そうだな~いきなり噛み付かれたりしないだろうなぁ」
「手を差し出さぬならこの話は無しだ」
ちくしょう、交渉の余地が無い。
「ぐぬっ……」
この畜生が調子に乗りやがって、でも、カリスティルに言った通り便利に使えそうだし、それに……
「仕方が無い――か」
俺はそっと手を伸ばして……途中で止めてもう一度考える。
ここで負傷してしまうと困るし、旅が中断してカリスティルが我慢できず飛び出していくと大変だしリスクがデカイよな……
その時、ヨモギがシュルルルという音を響かせ剣を抜いた。
「タイサに万が一の事があれば、斬りますよ」
どうやら俺の身を案じてのようだ、安心した……いや……実は二の足を踏んでいる俺に焦れて「タイサ、早くしてください」と、剣を向けられたらどうしようって思ってた。
言葉には出さないけど俺の身を案じている女の子に申し訳ない気持ちになる。
「よし、これでいいか?」
俺は百万の援軍を得た思いで右手を龍の前に突き出した。
龍は俺の差し出した手に前足なのか分からぬが、まぁ手にしよう、手を乗せた。
一瞬フラっと立ち眩みみたいな感覚になったが直ぐになくなった、まぁ不調になっても耐えるつもりではあったけど……ヨモギが勘違いして龍を斬ってしまったら台無しだからな、まぁカリスティルじゃないんだから不要な配慮だろうけどな。
時間は一分も経ってないだろうが龍は俺の手を離すと「いいだろう」と言った。
「何がだよ、主語がねぇよ」
「貴様等と行動を共にしよう」
何が起こったのかわからないが龍は急に全て納得したかのように態度を軟化させた、都合はいい、確かにいいが気持ち悪い、俺に何をしたのだろう? 何かされたのはわかるが……握手だけだぞ、コイツは納得しても俺は納得できない。
「おい……何をした? 俺に遠隔操作の爆弾でも埋め込んだのか?」
「タイサ、大丈夫ですよ」
ヨモギが割って入ってきた、どうやら俺がカリスティルとミーティングしてる間にヨモギも同じ事を龍としていたらしい、ヨモギが説明するにはさっきのは龍が――直接魂に接触して俺の情報から内面的思考を閲覧する行為――だったらしい……
俺の全てを一分くらいで網羅しやがったのか……なんか嫌だな、今までの足跡とか思い出とか全部知られたってことだろ……もうコイツ連れて行くのやめようかな……むず痒い、恥ずかしい、その他諸々の感情が溢れてくる。
「あ……」
そういえば何でヨモギは全て知っていたのに龍に念押しのような脅しを掛けていたのだろう……
俺の内面は敵愾心に満ちていて誰からも信用されないほど邪悪だとヨモギは思っているのか……
ヨモギの顔をチラっと見ると目が合った、ニッコリ笑ってきた、お前が俺にどういう評価を付けていたのかよ~くわかったよ。
「なんかどっちでもよくなってきたけど付いてくるのか?」
投げやりに言うと
「うむ、貴様を信用してやろう」
と偉そうに言いやがった、ノゾキ野郎の分際で。
連れていきたくなくなってきた、適当な理由を付けて断ろう。だって、誰にだって他人に
見られたら「あああああっ」てなるエピソードくらいあるだろう? それをコイツには全部知られているということだから……
「そう、こちらもよろしくお願いするわ」
俺が色々いい訳を考えている間にカリスティルが赤いノゾキ魔に手を差し出してガッチリ握手をしていた。
……どうやら梯子が外されているようだ、嫌な気分だが吐き出す場所もない……
「タイサ、よかったですね」
俺の耳元でヨモギは囁き腕を絡ませてきた、何がよかったのかわからないがプラス思考に切り替えてみる。
旅の目的地は見えてきた。
アルディア王国までカリスティルを送り、そこから龍脈の根源と龍が示す場所を目指すルートだな。
ふと見れば俺を踏み台にしたカリスティルが龍と色々な話をしている。
龍は自分を指して「我は神の力を示す赤き天龍、赤帝龍王である」とカリスティルに自己紹介をしている最中だ。
カリスティルは「あたしはアルディア王国の赤き王女、カリスティル・シル・アルディアよ」とか自分で言っている、恥ずかしくないのだろうか……まぁ人前でワンワン泣けるメンタルの持ち主だからな……
結局その日は夜が更けるまで坑道で野営をしながら今後の方針を話し合っていた、主に赤い龍とカリスティルが意見を出し合ってヨモギがその隣で聞いているって図式だ。
俺は……一人隅っこで刀を研いでいたよ、だって龍と目を合わすのが恥ずかしいからな。
――俺が誰にも気づかれる事もなく自室に篭って羊を数えていると
「さぁ出発よ!」
カリスティルがデカイ声で宣言する、遠くでも充分聞こえた、俺は自分の隔離小屋で不貞寝していたからそれまでの話を知らない、知らないのは俺が身勝手な別行動を取っていたせいだが報告も何もないとは……
俺は隔離小屋から飛び出てゲジ男の頭に三人並んで座っているシルエットを視界に捉えた……三人だと?
「おい、その真ん中でゲジ男の手綱を握っているのは誰だ?」
その声に左に座っていたヨモギが振りかえり
「赤帝さんですよ」
当然のようにヨモギは言う、ちょっと待て、なんだそのフレンドリーな感じは、いや、今問題にすべきはそこではない。
「だって人じゃん、俺の知らないところで事態を進めるなよ」
「あんたがいないのが悪いんでしょ!」
カリスティルはまるで俺が悪いかのように言ってくる。
「赤帝さんに私の魂を半分預かってもらって人の形になってもらっています」
まずそのシステムを知っていて当然のように会話を進めるのをやめてほしい。
「いや、俺、知らないし……」
「我はこの世界では本来は存在しえない、この最下位相世界の魂を宿して初めて姿を形作ることができるのだ」
そう言いながら振り返った赤帝は金髪碧眼、肌の色は陶器のような作り物めいた白、何故か服装は白を基調とした貴族チックでハイソなもの、そして男だ、男と言うか男の子だ、六歳くらいの子供に見える。
「な、なんで子供なんだよ、子供なら女湯に入れるとかそんな理由か?」
カリスティルが俺を軽蔑の眼差しで射抜いている、ヨモギは見守るような暖かい眼差し向けている、そっちの方が地味にキツイ。
「この者の魂は脆く幼い、力を使いすぎればこの者に負担が掛かり過ぎるからのう」
そう言ってヨモギの頭を撫でた……ヨモギは例のキモイ笑顔で成すがままだ、なんてこった俺の居場所が無い。
「そうか……出発だと聞こえたがもう外は大丈夫なのか?」
ショックだ、俺とヨモギで始めた旅のはずが気づけばボッチになっていた、世界が変わっても属性は変わらないらしい。
「外にいた人間はもう引き上げている、人の存在は我が手の届く範囲にはない、安心するがよい」
赤帝は確信に満ちた言葉で断言した、わかりきっているのだろう。
「そうか……」
俺はそう漏らすのが精一杯で力ない歩調で隔離部屋に戻ると不貞寝を開始した、ケッ、三人で勝手に楽しくやってればいいんだ……
ガラガラとゲジ男は走り始める、揺れが酷くて山道を下りきるまでは寝ることもままならないだろう、何故だろう、凄く人恋しい夜だ、夜道も赤帝には平気らしくゲジ男は山道を驀進している、旅は快調そのものなのだろう……。
「はぁ~これから先の事を思うと……」
そう呟いてしまった時、我が隔離部屋の入り口にかけてあるスノコ状のドアがバサッと翻りヨモギが入ってきた。
一瞬涙目を見せるところだった、いかんいかん。
「どうした? まだ一人でちゃんと生きてるぞ」
少し自虐的になっている、だが俺の存在を気にかけていてくれる奴がいて安堵する心もある。
「タイサ、魂を半分預けているので体が重いんです、少し休ませてもらっていいですか?」
なぜカリスティルと同じ荷台じゃないのかわからんが断る理由も無い、今は特に。
「あぁ、問題ないぞ」
そう告げるとヨモギ俺の横に寝転がる、コイツも人恋しい時もあるのだろう、俺は俺のヨモギの頭を撫でてやった。
「エヘヘ――」
ヨモギは先ほどよりももっとキモイ笑顔を見せた……




