3話 魔術剣士
朝になったようだ、どう見ても太陽は燦々と輝き一日の始まりを告げている……しかし俺は専用の隔離宿泊施設から出たくない、カリスティルに「ほとぼりが冷めるまで潜伏しよう」と言い難いからだ。
昨日の話し合いで他に選択肢が無いという結論に達したはずなのだがカリスティルはおそらく納得していないだろう、本人にも分かっているはずなのだ、四十人を相手に闘って突破するなんて正気の沙汰ではない。
それを本人もわかっているだろうに俺の結論に同意しなかった。
アイデンティディや信念が関わる案件を口先一つで乗り切るスキルなど俺には無い。
あゆむがいなかったら学校ですらボッチだった俺にそんな社交性なんかない、分かっている。
だから起きたくないのだ。
「タイサ、朝ですよ、食事の準備ができました」
ヨモギが当たり前のようにに俺を呼びに来た――うっ、先延ばしは不可能らしい。
「あぁ、準備していく……」
気分が重いが連中と戦わずにやり過ごす他に選択肢が無い、がんばって説得するしかないか……
俺は皆が待つ荷台へなるべくゆっくり着替えた後で向かった。
荷台に入ってみるとカリスティルは白地に金糸の刺繍が入った服、その下には『俺が』奴隷狩りから巻き上げた鎖帷子を着込み、『俺が』奴隷狩りから回収した剣を下げ、鋭い眼をして俺を待っていた。
何を考えているのかその佇まいから一目で把握できたが、あえて気付いていない風を装い声をかけた。
「おはようチビッ子諸君、昨日決めた通りこの騒動が収束するまで身を隠すってことでいいよね?」
俺は草野球チームの作戦会議のように雑な概要をサラっと述べた。
「タイサに従います」
「……」
ヨモギは二つ返事で了承した、おそらく何も考えていないのだろう、対照的にカリスティルは俯いたまま返事もしない、俺と眼も合わせない。
深くゆったりとした呼吸音が辺りを包む、発生源はカリスティルだ、俺とヨモギはカリスティルを注視して発言を待つ。
「――今までありがとう、あたしは別行動を取ることにするわ!」
そう言うと同時にカリスティルは体を伸ばしながら身を翻し荷台から飛び出すと何処へ向かうのかも言わず駆け出していった。
チッ! 思った通りだ。
「ちょっと、待て……」
「カリスティルさん!」
俺たちはカリスティルを追って荷台から飛び出し後を追おうとしたが
「クソッ、剣が――――」
丸腰である事に気付きヤキモキしながらも各々の所持品を取りにヨモギは荷台へ、俺は隔離小屋へ戻り、御座なりではあるが装備を整えるとカリスティルを探しにダゴスタの村へ向かった。
カリスティルに街道越えをする足はない、村で何かを調達するはずだ。
ハァハァと息を切らしながら走りダゴスタ村の入り口にさしかかると、思った通り村の入り口付近でカリスティルとエスターク兵が口論に成っているのが遠くに見えた、が、次の瞬間お互いが剣を抜いた。
「あの馬鹿!」
「急ぎましょう! タイサ!」
エスタークの兵は三人見える――その上相手は正規兵だ、カリスティルのカルマに任せた力押しの剣技でなんとかなるとも思えない。
まだ俺たちとカリスティルの間には二百メートルほどの距離がある、そのまま戦闘になれば俺達が到着する前にカリスティルはやられてしまうだろう……どうする!
「そこの者! そこまでだ! 頭が高い! 控えおろ~! 」
俺は大声で、あたかも自らが身分の高い人間かのように上から目線で怒鳴った!
時代劇とかでよく見る場面だ、見ず知らずの相手でも身分の高そうな物言いをする人間の制止を無視して戦い始めるメンタルの人間はそうはいない筈だ。
根拠のない吹かしだが、カリスティルもエスターク兵も不測の事態に警戒しつつ、お互い間合いを詰めあうこともなく、ゼェゼェと息を切らし駆け寄る俺の到着を待ってくれていた。
そのまま俺はカリスティルの左側に陣取る。
「あんた、ヨモギちゃんも! 何で追ってきたのよ!」
「カリスティルさん、無茶ですよ」
ヨモギは俺より早く酸欠状態から回復したのかカリスティルの言葉に返答した。
コイツ!―― カリスティルは本当に駆け引きのセンスが無い、様子を伺う敵の前で俺たちを『仲間扱い』をしてしまった。
俺の呼吸が落ち着いていないのに考えなしに事態を動かす……いい加減にしてほしい。
エスターク兵は俺達を敵だと認識して警戒を露わにする。
カリスティルは口論の相手だった目の前にいる前衛の一人に犬歯を剥き出しにして睨みつけている、状況をよく見ろよまったく。
俺は興奮しているカリスティルを無視して全体を見渡す、自分より明らかに正気を失っている奴がいると冷静になれるものだ。
エスターク兵は三人のうち二人は前衛、一人は後衛、俺たちは二人+チビッ子だ、それに対してこの陣形はおかしい……
嫌な予感と変な汗が同時に沸きあがる。
その時、後衛のエスターク兵が右手を伸ばし掌を上に向け何かを呟き始めた。
「炎の精霊へ第一を告げる、交わされた盟約の数を糧とし、我が手に悪鬼羅刹を滅す力を宿せ」
なんだ? 何を言っている? 意味がわからない、現実逃避か何かか?
いや! ブツブツと呟いていた男の掌の上に直径一メートルサイズの炎の塊が出現する!
なんだこれは! わからないがヤバイ!
「はぁっ!」
男が叫び掌を押し出した先は目の前のエスターク兵しか見えていないカリスティル。
その炎の塊はカリスティルに向かって飛んでいく。
「避けろ!」
俺は叫ぶがもう遅い。
「あぶない!」
ヨモギがカリスティルに飛び付きその体を横に押し倒した。
火炎はヨモギの背後を通過し、そのまま飛んでいき
『ブオァッ!』
熱風を撒き散らし一瞬にして背後の草原二十メートル四方を焼き尽くした。
なんだこれ……さっき俺が使った『身分の高い人物を装い相手に様子見をさせる』なんてインチキな魔法ではない。
ガチの魔法だ、信じられないが現実だ。
どうするんだこんなの
「ヨモギちゃん!」
カリスティルの悲鳴で我に返る、カリスティルに覆いかぶさるように倒れ込んでいるヨモギは右肩から背中にかけて黒澄んでいる、焼けている、その背中の服は焼けブスブスと焦げついている。
一目で重傷だと判断できるものだ。
「クソッ!」
その隙にカリスティルに斬りかかる前衛に割り込み
横薙ぎに剣を振る。
だが俺の挙動が大きかったのかヒラリと身を交わされ
右の前衛が俺の側面から剣を突いてくる。
浅く俺の脇腹を掠めたがバックステップで交わす。
意味不明な技に戦慄している場合ではない。
「相手から目を逸らすな!」
「ヨモギちゃん、しっかり!」
カリスティルは戦闘を放棄しヨモギを抱きかかえて大声で呼びかけている、クソ! 二対一だ!
俺は後退し、着地した瞬間に左の前衛へ距離を詰めながら突きをはなつ。
左の男はその突きを後方に回避した。
ちくしょう! 左右を両正面に廻しての対峙では深く踏み込めない!
「ヨモギちゃん!」
カリスティルが五月蝿い、お前の不用意な行動を自覚しろ!
そのまま右前衛を横薙ぎに払う、が右前衛は剣をもう振り被っていた。
(くそったれ! タイミングが悪い!)
俺は剣の軌道を変え、振り下ろされる剣に当てて軌道をずらし右前衛の顔面へ頭突きをする。
右前衛はたたらを踏んで後退した。
俺の頭は前衛の兜で切れたらしい、出血が額から鼻を伝う。
眼を拭う右前衛の前に左前衛が割って入る隙に俺は後退し、ヨモギに呼びかけているカリスティルの側面に降り立つ。
「てめぇいい加減にしろ!」
俺はカリスティルの腹を蹴り上げた、こいつの独りよがりには我慢の限界だ。
「だって! ヨモギちゃんが!」
「お前のせいだろ! いい加減に気付けよ! 被害者面してんじゃねぇ!」
カリスティルは狼狽した顔を俺に向けるが俺に罪悪感なんぞ皆無だ。
「いいかよく聞け! ここで俺やお前が死んだらヨモギの犠牲は無意味な上にコイツは殺される! お前は自業自得だから仕方が無いがヨモギを無駄死にさせたくないなら剣を抜け!」
カリスティルは返事も無く剣をエスターク兵に向けた、だが興奮と狼狽で自分を失っている、力無く横たわり薄く微笑むヨモギ、そして、俺、敵であるエスターク兵を交互に見てオロオロしている。
『ガン!』
こいつの心情に配慮している時間は無い、俺はカリスティルの顔面を左拳で叩きエスターク兵に剣を向けたままカリスティルを怒鳴りつける。
「いいか、お前にそこまで期待してない! 後衛の変な技を警戒しながら右の前衛を相手していればいい! 俺が左側の前衛と変な技を使う後衛を討ってから合流し、挟み討ちでしとめる! それまで粘れ! いいな!」
カリスティルは声は出さないが意図は理解できたようでコクコクと頷いた、下手のかんぐり休むに似たりだ、もう無心でいてくれ!
俺は間合いを詰めてくる前衛と様子を伺う後衛を見ながら大きく深呼吸をして自分を律し状況を見渡す。
まず第一にヨモギだが状態はかなり悪い、俺は一人でも問題ないはずなのに胸の辺りがモヤモヤする、こんな事ではダメだ、後衛の技は理解できないがそんな事は後回しだ。
右の前衛はカリスティルに押し付け俺は左前衛と後衛に集中する。
こいつら殺してやる……




