1話 騙されない男
赤い太陽をバックにゲジ男はグレーマン街道を軽快な足取りで驀進する。
その行き足は快調そのもので、山間部のインテルリ丘陵という険しい岩肌と、深い森林が混在する難所の入り口に到達しようとしていた。
インテルリ丘陵の街道は細くて険しく長いが、ここを抜けたらアルディア王国の辺境伯タイスマー卿とかいう奴の領地だと、カリスティルは言っていた。
だが現在の我等の状況はそれどころではない。
主に共存協和の精神を有しない一人の人物によって事態はより切迫している。
「いきなり斬り捨てるなんて何考えてんのよ!」
反抗的な態度で俺の胸倉を右手で掴み、怒鳴り散らしている女がいる。
赤い眼で肩にかかる赤い髪、おっぱいが大きい女、カリスティルだ。
「周り見ろよ! あいつらまともに話が出来る奴らじゃなかっただろ」
まぁそんな感じで爆走中のゲジ男の背でカリスティルと口論をしている最中だ、コイツは本当にすぐ沸騰する頭の持ち主だから同行するこっちは大変だ。
「手を出しちゃったらもう闘うしかないじゃない、チビのくせに手が早いし胸ばかり触ろうとするし最低!」
「ふざけんな、酷い言い掛かりつけんな! 俺が傷ついたらどうすんだよ、話がしたけりゃ勝手に降りていくらでもしてこいよ、もう止めないし助けないからよぉ!」
ガラガラ揺れる荷台の騒音で余計にイライラしてくる、まだカリスティルは顔を真っ赤にして今も俺に掴みかかっている、早くアルディア王国に到着してヒステリー持ちとはオサラバしたいところだ。
「もう話合いの余地はないわ……もう、ほんと最悪! 」
「話が出来ないって確定してんのならもういいじゃねぇかよ、建設的に話を先に進めようぜ」
カリスティルは「はぁ~」と深いため息をついて俺の胸倉から手を離しつつ一瞥くれると「仕方ない……わね、それじゃ今の状況を頭の悪いあんたにも分かりやすく言うわ」と失礼な文言を随所に散りばめながら説明モードに入ってくれた。
全く世話が焼けるおっぱいおばけだ。
アルディア王国に続くこのグレーマン街道はインテルリ丘陵を縫うように抜ける細い道に入ると森林地帯になり、その合間にポツポツと集落が点在し住民は林業や狩りで生活を支えているらしい、炭鉱族、通称ドワーフも丘陵を中心に活動しているらしい。
続いて奴らの言っていた龍についてだが種類は複数存在し一般的なのはガーゴイルや土龍などだが、龍の討伐が組織だって行われるのは位の高い龍だろうという話だ。
「なんで龍はそんなに価値があるんだ? 」
「龍は体の中に天封石という石を宿していて、それを使って製造された武技や防具は使用者のカルマを共有できるたり、マナを使った魔法と組み合わせると凄まじい力を宿すのよ!」
「ふむ、すごいブツが手に入るってことか」
「そうね、特にエルフとかノームといった種族が持つと強大な力を使えるようになるわ、マナの力を使う種族だからね!」
カリスティル曰くエルフやノームとかいう連中は魔法を使うらしい、カルマを用いない力で種族の持っている特殊魔法を血統魔法というそうだ。
契約で力を借りる魔術とは違うらしいが、まぁどっちも俺には使うはおろか意味すらわからん。
そんな力があるなら偉いのかといえばマナを使う種族は力が弱く、この世界ではどの地域でもエルフやノームの地位は低いらしい。
そう言えばヨモギはハーフエルフとか言っていたなぁ。
「その天封石って物の価値が高いのはわかったけど街道が封鎖されているのは意味が分からんぞ」
「それは龍を許可の無い人間が討って天封石が奪われないようにする為だわ!」
カリスティルが言うには高位の龍が持つ天封石の価値は莫大なものらしい、国家が主導で討伐に乗り出したり傭兵ギルドに所属する専門チームを依頼したりと大層なイベントで、他国に知られたりすると戦争の火種にもなりかねない代物だそうだ。
「なるほどな、だから理由を言いたくなさそうな感じだったんだな」
「えぇ……最悪な時に最悪な状況だわ……」
「もう聞いちゃったしな、龍がでたって」
納得したし問題も解決しそうで安心した、俺は満面の笑顔でテンパってるカリスティルを煽ることにした、やっぱコイツって頭悪いわ。
「何を笑ってんのよ! あんたのせいでしょ!」
カリスティルが唾を飛ばして俺に怒鳴るが優しい俺は笑顔を絶やさない。
「タイサ!」
ヨモギが唐突に俺を呼ぶが、今はいいところだ。
「あぁ、ヨモギ、ちょっと盛り上がってるとこだから後にしてくれ」
「はい、わかりました。」
ヨモギはそう言ってゲジ男の手綱を握り直した。
「盛り上がってるとかふざけないで! あんたもう黙りなさいよ!」
カリスティルは本当にキレる寸前なのか腰に挿している剣の柄に手を伸ばした、これ以上は危ないな。
「いや、だってよぉ、ここってお前の言うアルディア王国の領土なんだろ、ならお前がアルディアの王女だって奴等に言えば話がつくんじゃねぇの?」
「そう言えば……そうね……」
頭に血が登りすぎだよ、本当にお姫様なら名乗った上で話を聞けばいいだけなのだ、本当にコイツは知能の低い怒りん坊だよ全く。
その時、ゲジ男の荷台に『ボッ!』と火が燃え上がった、火矢が飛んできたのだ、見るとゲジ男の周りに先ほど街道の入り口で揉めた男達が騎馬で左右を取り囲んでいる、左右に二人づつの合計四騎だ、全員色はバラバラだが魔獣の皮でできた鎧をみんな着込んでいる様子だ。
「いつのまに追いついて来やがった!」
「三分ほど前に背後から姿が見えました、タイサに声を掛けましたが「後にしてくれ」と言われたので少し待っている所です」
ちくしょう、こんな大事なら教えて欲しかった。
カリスティルを煽るのに気を取られすぎた、みんなカリスティルのせいだ!
「くそっ! ヨモギ、ゲジ男を止めて剣を取れ!」
そしてカリスティルの方を向いて怒鳴る。
「お前も降りろ、今こそアルディア王女の真価を見せろ! このままじゃお前は偽王女だと俺が確信してしまうぞ!」
最後にもう一煽りの追撃。
「あんたほんとにサイテー!」
カリスティルは追っ手を無視して俺を睨みつけているがそんなことしてる場合かよ!
「やっぱり追撃はあるか、しょうがない、後詰が来るまでに蹴散らすぞ!」
俺は素早く身を翻しゲジ男の右側面にに着地し、俺を取り囲もうとする騎馬の内、片方の騎馬に狙いを定め馬を刺した。
『ヒヒ~ン』
という嘶きと共にウイリーした馬から男を引き摺り落としそのまま切っ先で――皮の鎧ごと胸板を貫いた、着地二秒で一人を「あっ」という間に打倒した俺は有能だ。
「囲め! ローティーは右に回れ!」
反対側から声が聞こえる、左側に向かったカリスティスも戦闘に入ったようだ、急がないと役立たずが死んでしまう。
「遅ぇえよ!」
俺は馬から飛び降り着地して体勢が悪い男に飛び込むと剣に手をかけた腕を切り、そいつの剣を抜いてあげて、腹に収めてやった。
素早く飛び退き返り血キャンセル、二人目だ、仕事が早い。
俺は右側二人を始末すると、身を翻して左側のカリスティルの応援に走る。
左側に回り込み状況を見ると、一人は既に死んでいてカリスティルと毛皮鎧男が口論していた、あっ、死んでいる男って刺し傷が背中にザックリ入ってる。
見るとヨモギが剣を布で拭き取っていた、仕留めたのはヨモギかよ、あゆむみたいに育ったら俺は悲しいよ。
「なんであたしが通れないのよ! 私はアルディアの第三王女なのよ!」
「討伐要請を依頼してきたのはエスタークだ、アルディアではない」
カリスティルは声を荒げている、いつも思うんだけどコイツは直情傾向が過ぎる、周りが見えないから危なっかしいんだよな。
「なんでアルディアの領地でエスタークが依頼を出せるのよ!」
あ……なんか分かってしまった……嫌な空気になる前に俺があの男を仕留めちまうかな……
「アルディア王国は四ヶ月前に滅んでいる、アルディアの王女なんぞに価値はない!」
あ~ぁ、言っちゃった……やっぱり当たってた……
「嘘よ!」
「この街道は封鎖だ! エスターク王国という国家の要請で行われている作戦なんだからな! 」
男は俺に視線を向けて苦い顔をした、どうやら状況を理解して不利を悟ったようだな、俺なら逃げる、三対一だからな……さて。
「貴様らは逃げられない! 今から投降の相談でもしておくんだな!」
そう言って男は素早く馬に飛び乗り、馬の腹を足で叩こうとした。
言葉で相手の動きを封じて自然体で逃げる策だ。
「その程度の演技力で!」
他の奴には通じても俺にその策が通じるものか!
当然のように先回りしていた俺は剣で馬の脚を薙いだ。
「グッ!」
男が苦悶の表情で即席ロデオになった暴れ馬の手綱を握ったまま馬の横腹にしがみ付いて動けなくなっている。
「残念だな」
俺は男の腰を剣で一突きして動けなくした。
『ヒヒーーン』
暴れ馬が跳ねながら嘶きのBGMをかき鳴らしている中、腰の刀傷と流血で動けなくなった男にカリスティルは尋問を続ける。
「滅んだって……滅ぼされたって事? 城は食料も十分で篭城には十分耐えられたはずよ!」
「それは、そんなことは知らない……俺達は龍の探索と討伐の補佐を……エスターク王国に依頼されただけだからな……」
「そんな……信じられないわ、嘘よ……嘘」
カリスティルはヨロヨロと後ずさりし、躓いて尻餅をついた。
「何というか、まっ、現地に到着すればわかるんだからよ」
俺は空気を換えようと果敢に挑んだ。
「……そんな……母様……」
スルーされた俺は声を荒げて命令を下す、最近はカリスティルにリーダーシップを奪われたままだったので久々の出番だ。
「グズグズしていたら追っ手がすぐに追いついてくる、相手の数がわからんからさっさと逃げるぞ、隊長命令だ! 」
「タイサは隊長だったんですか?」
「お前がツッ込むのかよ!」
ヨモギはゲジ男へ足元の定まらないカリスティルに肩を貸しながら誘導、その間に俺は死体から金貨袋を回収し、ゲジ男を飛ばしてグレーマン街道を進み始めた。
「嘘よ……だって、だってまだ私……何も……」
カリスティルは酷いショックを受けていて、頭を両手で抱え蹲ったままブツブツと呟いている。
カリスティルがこの調子では仕方がない、俺も鬼ではないのだからカリステル購入時の建て替え代金についての話はできないと判断した。
それに今のカリスティル相手にいらない発作的な煽りをして自ら命の危機を作り出す事も無いだろう。
俺はゲジ男の頭部に移動してゲジ男の手綱を握っている『役に立つヨモギ』の頭を何度も撫でてやった。
不穏な空気を内包しながらもゲジ男はグレーマン街道を南下する……




