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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
1章 ルーキフェア帝国編
22/85

閑話 一ノ瀬あゆむ ‐萌芽‐

 

 

 ここは何処でしょう。


 幼馴染で一緒の剣道場に通っている北条豊と共に理解し難い現象に巻き込まれた。

 そこまでは覚えている、覚えてはいるが今現在いる場所も状況にも心当たりは無い。

 遠くに海岸線が見え、その近くには森林が広がり、空は赤いわ、夕焼けが綺麗。

 そして『グルグル』と唸り声をあげ、涎を垂らしながら私を取り囲む犬とも豹とも言えない茶色と緑の縞模様の生き物。

 それを今の私は呆然と眺めている。


 怖くは無い、私の手には竹刀が握られている、これさえあれば私に怖いと言う感情は無くなる、これさえあれば寂しいという感情も無くなり、不安さえ消え失せる。

 だけど知らないものは教えてくれないわ。

 何が起こったのかしら? さっきまで豊といたはずなのに意味がわからない。


 周りの不可思議な生き物を眺めつつ、傍らに佇む少年と少女が眼に留まった。私の脇に体を丸めながら、震える少女とそれを庇うように両手を広げている少年、少年は震えて足元が覚束ない様子で大地を踏みしめている。


「ねぇちゃん何処からきたんだよぉ……」

 水色の髪をした少年が、眼を大きく見開いて驚愕に慄きながら私を見上げて呟いている、言葉遣いが悪いので無視する。

 

「ひょっとして……神様、なんですか……?」

 同じ髪の色をした少女が眼を細めて私に問い掛ける…… 


「ええ、そうよ、よくわかったわね」

 私は表情を崩すことなく、躊躇うこともなく答えた、なんでこんな事言うのかしら。 

 でもどうしましょう、この生き物の飼い主はこの近くにいるのかしら、私は兎も角この子供たちはとても危険な状況にある、周囲を取り囲んでいる動物はとても大きくとても危険だわ。


 辺りを見回しても飼い主らしき姿はない、視野に広がる景色に人間は私を含めて三人しかいない。

 犬だか豹だかわからない動物は、体勢を低くし、これから私に飛び込もうとしている。

 もう一度辺りを見渡してみたが、やはり人影は無い。


「仕方ないわね」

 私に飛びかかる体勢を取った生き物の眉間部分に突きを放った、だって叩いたら竹刀が割れちゃうじゃない。


 ゴツンという手応えを残してその生き物はグニャリと力無く横たわり、白い光を漂わせた、あら、これはゲームか何かなのかしら? 手応えを伴ったゲームって凄い技術よね、そんなに科学って進んでいるのかしら?

 

 私は「飼い主の方いませんか? この子達、人を襲ってますよ~」と何度か周囲へ呼びかけた。

 だが結局誰も現れることなく、犬と豹の中間に位置してそうな生き物は、次々と私に向かってくるから全て死んでしまった。


 放し飼いは責任感のある人物じゃないと危険だわ、もし子供が怪我をしていたらどう責任を取るつもりなのかしら、市役所の人たちは仕事をしてください。


「助けてくれてありがとうございます神様」

 少女は両手の指を絡めながら握り片膝を地面について頭を下げてきた、神様って……この女の子は私を馬鹿にしているのかしら。


「ミルール、迂闊な真似はよせ! カルマも碌に無い女がパークパンサーの群れを皆殺しにしたんだぞ、怪しげな技を使う奴隷狩りか冒険者か何かだ!」


 この男の子はひょっとしたら私に失礼な事を言っているのかも知れない、わからないけど、わからないけど竹刀を横殴りに振り、少年を叩き飛ばした。 

 パシーンという甲高い音を響かせながら少年は倒れ付した。

 意味は分からないけど失礼な物言いは許さない。


「くうぅ!」

少年は眼に涙を貯めながら歯を食いしばって私を睨みつけた、馬鹿な子。


「あぁっ! リカール! ……ごめんなさい神様、許してください」

少女は無礼な少年に駆け寄り、両腕でシッカリと頭を抱きかかえながらすがるような瞳で懇願して来た、あら可愛い。


「せっかく助けて頂いたのに……兄にも悪気は無いんです、どうか兄を許してあげてくださいお願いします!」

 少女は本気で私を神様だと思っているようで、両手両足をたたみ、顔、胸を地面に付け懇願し始めた、これは何かのインチキ宗教の儀式かしら? 気持ち悪いわ。


「その変な儀礼をやめなさい、私はそんな汚らわしい宗教の神じゃないわ、だけど、あなたの献身的な心に免じてその弟は許してあげるわ、感謝なさい」


 そう私は彼女に優しい声色で言ってあげた、少女の背に足を乗せながらね、豊はいつも「お前の人格に比べれば俺はまだマシだ」とよく言っていたけど、私はとても寛大なのよ。


 それから小一時間ほど変な生き物の飼い主を待っていたのだけど、結局誰一人現れないまま辺りは真っ暗になってしまい、私は少年少女が薦めるがまま彼女たちが準備した焚き火の周りを取り囲むようにして佇んでいるのが今の現状よ。


 私は豊と、その父である秀人さん以外は碌に話をした事がないから、人に話かける手順や作法がよくわからない。

 私の義父や母も死んでしまったから、別の意味でもう話せないわ、つい先日の話だけど……まぁ昨日なんだけど……


 まぁそれはどうでもいいわ、死体の処理のことなど唯一相談できそうな豊にその事を話そうとしたんだけど、変な現象に遭って結局言い出せないままだった、私でも気が動転することがあるのね。




 焚き火を見つめているだけで一時間以上経過した、この子たちは何なのかしら、ずっと手を前で組んだまま視線を下に落として立ち続けている。

 私から話かけるのを待っているのかしら? 何か話を切り出すべきなのかしら……でもそんな事わからないわ……


「お腹が空いたわ、あなた達何か持ってきたらどうなの」

 私がそう言って兄妹たちを眺めると、二人は肩をビクッと震わせ「失礼します」「神様、行ってきます」と言い、薪から数本燃えている木を引き抜くと、その明かりを頼りに二人はそそくさと、森へ向かって駆けていった……

 話しかけるのって難しいわね、我が儘な命令になってしまったわ。


「神様ねぇ……」

 それから二時間後、二人が両手に椰子の実くらいある大きさの果実を数個取ってくるまで、一人で自分の呼び名について考えながら、待つことになってしまった。


 


 彼女たちが帰ってきてから、私は二時間考えて選んだ言葉「二人で私がいいと言うまで、世界について話し続けなさい」と、なるべく包容力のある素敵な女性をイメージして話を振ると、ダラダラと滝のような汗を流しながら、太陽が登るまで延々と話をし続けた。

 会話を弾ませるのって難しいわね。


 彼女達の話を端的に纏めると、ここは世界そのものが私の世界とは異なると、私は結論付けた、この世界は三層の世界に別れていて、一番北の高く聳える大山脈の上にルーキフェア帝国、その下の第二階層にガナディア大陸を中心とした土地、そしてその周辺に三つの大陸が存在し、現在地はガナディア大陸の南端にある、アナーガ聖教国が存在していた場所らしい。


 現在はリリーガ王国という、同じ妖精の国に滅ぼされ、リリーガ王国がルーキフェア帝国の承認が降りるまで暫定統治しているらしい。


 海岸から見える海の遥か彼方に大瀑布が存在しその下に広大な土地が広がっているらしい、らしいと言う文言になるのは、誰も証明したものがいないから。


 この二人は、アナーガ聖教国の教皇派に所属していた枢機卿の孫らしく、他の主要幹部の子弟共々捉えられていたところを、隙を見て脱出してきたらしく、今もリリーガ王国から追われているらしい。

 私のような親切で優しい女性に保護されたことを感謝なさいな。


 それらの会話を耳で拾いながら自分なりに解釈していき、この世界の常識や風習、文化もそれなりに理解したうえで、この世界には日本の警察は存在しないから捕まって刑務所にいく事もないわね、と開放された気分に浸った。




 朝になり、二人の話を聞き疲れた私が眠ろうとした時、またパークパンサー五匹の群れが襲ってきたけれど野良で飼い主がいないと知っていた私は、躊躇いも無く皆殺しにした。


「何か問題があったら私の眠りを妨げることを許可してあげる、何もなければ物音一つも許さないわ」

 そう二人に微笑みながら言い伝えると、私は深い眠りに落ちた。

 徹夜だったから辛いわ。






「アルテミス・ヘラ・アフロディーテ様、起きてください!」

 そう叫びながら、遠慮の欠片もない無作法で力任せな扱い! この私を揺する無礼者! 

 『パッシーン!』ミルールの顔を引っ叩いて眼を空けると、四人の汚らわしい顔の男が、気持ち悪い乗り物を横付けしてこちらに歩み寄ってきていた。


 その男達を寝呆け眼でボンヤリ眺めながら(ああ、この虫けらさん達は昨日聞いた奴隷狩りのようね)と脳内で結論を出すと、私は竹刀を握り先頭にいた男に駆け込み一直線に喉を突き、口から血が吹き出る瞬間に竹刀を引っ込めて、その男の腰にある剣を引き抜いた、だって私の竹刀が血で汚れるでしょ。


「マッキーをやりやがった」

「抜かるなよヨゼフ! 黒髪の女とはレアだな」

「可愛げの無い顔だな……値は張らねぇだろうから抵抗するならマッキーの仇でもあることだし、殺しちまえ!」


 不細工の口から吐きだされる雑音が耳障りだわ、私は足元で喉を手で押さえながら痙攣する男の首を、苛立ち紛れに『ザシュッ!』テニススイングのように造作に跳ねてから男達の前に歩み寄った。


「この世界ではいくらでも人を斬っていいんでしょう? 」

 素人丸出しな男の姿勢を見て、私は人間では対応できない場所に踏み込むと、その男の首も跳ねた、鮮血を撒き散らしながら跳ね飛んだ首はベットリ血まみれで髪が何色だったかもわからない。


 この世界では髪の色は重要らしいから、色んな種類を覚えたかったのだけれど……もう二つも駄目にしてしまったわ。

 え~と、残った二人は深い茶色とオレンジ、かな、なるほどこの世界の髪の毛はカラフルね。


「こっ……この女!」

「ルイド! ……この木偶の坊! 馬鹿みたいな用心棒代を取っておいてこの様かよ!」

 何か有象無象が騒がしいけどそれどころじゃないわ!


 ――歓喜が美しき女神となった私の胸を突き上げる――


 そうよ! 私は生まれ変わったんだわ! 義父や母を殺してしまって悩んでいたのが自分でも馬鹿らしいわ、豊にも……あんな情けない姿を見せてしまって、あの時に戻って昨日のあたしを叩き斬ってやりたい、そうよ、今まで苦しんできた私に天国のチケットが回ってきたんだわ、だってそうじゃない! あのクズはこの私に、あの脂ぎった汚らしい顔をしたクズは私を押し倒したわ、私を汚そうとしたわ! だから殺してやったのよ、母はあのクズを叩き殺した私に包丁を突きつけてきたわ、私は被害者だったのよ、私はあの薄汚いドブネズミの被害者だわ、そうでしょ!

 気づいたら母は全身から血を流して倒れていた、神様がもし居るならあの時に私を助けてくれたのよ、これは『ずっと絶えてきたね、大変だったね、もういいんだよ』って神様が言ってくれているんだわ!


 その時、白く光る太陽が沈み、赤い太陽が登ってきた。

 なんて綺麗……

 感動が涙腺を刺激する……


「うがあああああああ!」

 薄汚い唾液を飛ばし、大口を広げオレンジが飛び込んできた、何よその大振り……私はその上下段を遊び心で一センチギリギリに避け、型もおざなりに片手の水平斬りを振り払い、無粋なオレンジの首を跳ね飛ばした。


 隙だらけで動きもミエミエ、弱すぎて構えるのも恥ずかしいわ……

 赤い太陽の光に映えて、クルクルと回転しながら飛ぶオレンジ色の塊がとても美しい。


「ハハ……ハハッ、私の人生に、こんなご褒美があるなんて思ってもいなかったわ、すごい、すごい、すごい、すごい、こんなに楽しいのは始めてだわ! 人生って最高ね!」


 私は残り一つになってしまった宝物に視線を向ける、自分でもわかる、今の私は生まれてきてから一番の笑顔だって。


「化物だ……この女……」

 でも、その男は私の顔を眺めながらとても悲しいそうな、辛そうな、苦しそうな顔をしていた。

 足は震え、太股から足の内側は濡れているわ、汚いわね、腰も酷く引けている、それじゃ人は斬れないわよ、男の癖に度胸の無い。


 お漏らし男は一歩二歩と後ずさると、身を翻し「うああああああぁぁ――」と情けない声を上げ、気持ち悪い乗り物へ向けて走り始めた。


「逃がさないわ、全部よこしなさい!」

 私は放たれた矢のように男を追い、薄茶色が発進させようとしている気持ち悪い乗り物に爪を突き立てながらよじ登り、手綱を握る男の前に踊りだす。


 疲労なのか興奮なのかフゥフゥと息が荒い、それが心地いい、体の細胞が隅々まで私を祝福している。


「逃げないで! 逃げないで剣を抜きなさいよ!」

 男は目を滲ませながら首を振り。

「許してくれ……しっ、死にたくない……死にたくないんだ……」


「いいから抜きなさいよ! 残さず頂くわ!」

 私は焦れている、犬歯がギリギリ軋むのがわかる、折角のご褒美なのにこんなの許せない!

「嫌だ……嫌だよ……あんたおかしいぜ……」

 男の手は、手綱を握り締めているままガタガタ震えて、気概も気迫もない、侮辱されている気分。

「早く! 剣を抜けば許してあげてもいいわ! 早くしなさいよ! 殺されたいの!」

 ゴクリ、男の喉が鳴った、さぁ来るわよ……


「うっうおあああああああ!」

 男が手綱を離し、剣に手をかけて勢いよく、剣を鞘から引き抜いた瞬間……うれしいわ、ありがとう……

 根元から断ち切られ、撃ち上げられた茶色の生首、肉の塊が、赤い太陽の光に照らされ赤茶色に染まりなから転げ落ちた。


「あはは」

 気持ちの昂ぶりが抑えられず、私の体は右手に剣を握ったままクルクルと踊りだし、全身で喜びを吐きだす。


 楽しいわ、体も何故かどんどん軽くなる、私って天使にでもなったのかしら!

 これからもっと楽しいことが待ってるのね、ううんもう分かる、分かってるわ! これは始まりだわ!


 子供たちが互いを抱き合いながら私を眺めている、その表情はよく見えないけどどうでもいいわ、私があんた達を守ってあげるわ、斬って斬って斬りまくって守ってあげる。 


「ねぇ、もう安心していいのよ、もう誰からも逃げる必要は無いわ、私が守ってあげるから」

 私は、互いを支えあうように一塊になっている兄妹の方を眺め、素直な気持ちを口に出来た。




 ねぇ、私ってね、アンタと以外に話す相手もいなかったの、あの世界ではね……ねぇ豊、私、生まれてきてから始めて、素直な気持ちを口に出せた気がするわ……



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