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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
1章 ルーキフェア帝国編
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1話 交流不全

 


 気が付くと舗装もしていない田舎風の畦道に、尻餅をついて座っていた。

 落ちてきたという感覚もない。

 沸いてきたと表現したほうが適切だろうか?

 

 現状が理解できないまま辺りを見渡すが、少なくとも交差点横断や歩道はない。

 周辺には僅かな農作物が生えている畑、小屋はあっても民家は見当たらない。


 遠目には城壁なのだろうか、外敵から身を守るような茶色い壁が見える。 他に気になることは、明らかに田舎のはずなのに空気が旨くない。

 何故か大気の肌触りが気持ち悪いような違和感がする。


 そこで、ふと気がつく

「なんだこれ……」

 夕焼けで空が赤いのだと思っていた、そうではない、理解できない事に太陽そのものが赤い。


 誰でもいいからここがどこで、どんな状況で俺は何をすればいいのか教えて欲しい。

 縋るような気分で携帯電話に手を伸ばす。

 当然のように圏外、ゴルフ場でも山奥でも繋がるってCMは過大広告かよ。


 それに、あゆむはどこにいるんだ? 

 一緒に不可思議な何かに飲み込まれたはずのに、何処にも見当たらない。

 頭がどうにかなりそうだ。


 『ガサッ』と背後から物音が聞こえた。

 僅かな物音で体がビクリと反応する。

 咄嗟に俺は荷物から竹刀を取り、身を翻して物音がした方へ竹刀を構えた。


 視線の先には、背の低い草木の隙間から三人の人影が俺の様子を伺っている。

 男二人、女一人で腰が引けていながらも、各自とも背丈ほどの棒を槍のように構え槍先を俺に向けている。

 明らかに警戒と敵意を抱いた視線だ。


 三人とも、元は白地なのが辛うじてわかる程度のボロ布のような服を着て右肩には布が無く何かのマークが肌に直接描かれている。


 顔の作りが日本人とは違う、人種はわからないが左の男は茶髪に茶色い眼、真ん中の男は金髪で碧眼。左側の女は薄茶色の髪に灰色の眼をしていて女の肌は青白いを通り越して青い顔色をしている。

 ダボダボしている大きめサイズの服なので、胸の大きさはわからない。



 冷静を心掛けながら思考する。

 今はどういった状況なのか、そして竹刀を構えている俺は第三者からどう見えるのだろうか。

 つい反射的に竹刀を構えてしまったが、ひょっとしたら彼らは親切な村人A~Cの皆さんで、困っていそうな俺を見かねて助けようとしてくれているのかもしれない。

 その可能性は捨てきれない。


『第一印象を大事にしろよ、自分が最初に感じた印象の九割が正しい。たった一割の例外を理由に「実はいい人なんじゃないか?」とか馬鹿げているぜ』


 親父の言っていた言葉が頭を掠めるが、無視する。

 ひっこんでろ。


 俺は竹刀の先を地面に下ろし現状可能な限りの笑顔を取り繕って。

「すみませ~ん、お尋ねしますけどここは何処でしょうか~? もしよろしければ最寄の駅までの道を教えていただければありがたいです~」


 と、尋ねてみた、うん、好青年を演じきったはずだ、好感触の予感が俺の心を満たす。

 怪訝な目つきのまま村人A~Cは、互いの顔を見合わせると、その中の一人が「どこからきた! 黒髪!」俺に尋ねてきた、怖い顔すんなよ。


 質問に質問を返されたが……まぁよい、田舎者に多くは望むまい。

 それよりも違和感が勝る、明らかに日本人ではなさそうな風貌なのに意思疎通ができている。言語以外でコミュニケーションできているような、妙な感覚が気になって仕方が無い、水中で呼吸ができているかのような気持ち悪い感じだ。


 だが意思の疎通が出来るのはありがたい。

 胸につかえる違和感は、度重なる不測の事態で俺の感覚が狂っているだけかもしれない、それより聞きたいことは山ほどあるのだ。

 横柄な外国人観光客のように、捲くし立てて聞くだけ聞いてしまおう。


「ちょっとわからないんですよ~自分、いや、僕はちょっと説明しにくいのですが、一言で言えば帰宅困難者? いや~全くもってお恥ずかしい限りなんですが、今どこにいるのかも分からなくなってしまったんですよ~そこでお尋ねしますけど、ここは何処なんでしょうか? あぁそれともう一つあるんですよ~質問いいですか? 2人で居たのですがツレと逸れちゃいまして~特徴としては背の高さはこのくらい、僕と同じくらい……いや、僕のほうが少~しだけ高い? それでいて若干痩せ型なんですけどスポーツをしているので不健康な痩せ型ではなく、あぁそれと、本人の前で言うとすっごく怒られるからここだけの話なんですけど、ちょっと胸は小さめ……うぉっ!」


 金髪の男が構えていた棒を、俺に向かって振り下ろしてきた。

 咄嗟に竹刀で受け流し距離を取る。


 鋭くともなんともない、大振りで見え見えな攻撃だが驚いた。

 正直言うとチビったかもしれない。

 竹刀でも防具が無ければ怪我じゃすまないのに、木の棒とか直撃すれば大怪我だ! 下手すれば死んでしまう!


「まだ殺すな! 先にマスターの前に引き出す!」

「囲め! 逃がすなよ!」

 野蛮人が勝手な事を叫んでいる。

 つっ! なんだ? 額が痛い。

 棒が地面に打ち付けられた拍子に、小石が飛んで額に当たったのだ。

 夢かどうかを確認する為にホッペをつねる手間が省けた、嬉しくない。


「何しやがるんだ! ふざけんな田舎もんが! 田舎の作法を俺に適用すんじゃねぇよ原始人!」


 俺は少し抜けそうになった腰を鼓舞するように大声で罵倒した。

 ちなみに、いつもの俺は絵に書いたようなジェントルメンで近所でも評判だ、評判のはずだ。

 だがしかし、身に覚えの無い悪意にそこまで寛容ではいられない。


「怪しいやつ!」

「黒髪だ、マスターの所につれていったら褒美が頂けるだろうな。」

「アタシ黒髪を初めて見たわ!」


 内輪だけで盛り上がりやがって! 会話の意味が分からない、価値観の違いが著しい、こいつらじゃ話にならねえ。

 この田舎者達と陽気にディスカッションはありえないと確信した。


 クソッタレ共め『そっちがやる気ならやり返してやる』

 竹刀を握る手が汗ばむ。

 試合でもここまで緊張しない。

 唇が乾くのを舌で潤しつつジリジリと後ずさりして間合いを計る。


 見るからに素人の構えだ。

 だが三人相手にそれぞれを切っ先で牽制するのは神経を磨り減らす。


 「ハッハッ」と呼吸が浅くなっていく。

 緊張感で眩暈がしそうだ。

 俺の構えは中段からやや下段。

 間合いの遠い棒切れ相手に上段は危険すぎる。


「ガアアァッ!」

 焦れてきたのか金髪の男が不用意に振り被ろうとした。

 図体は大きいが素人丸出しの動き。


「おぁあああ!」

 男の胸の中心に竹刀が吸い込まれる。

 気合とウエイトを込めた突き。

 『ドスン』という重い手ごたえが俺の肘に伝わる。

 隙だらけのアクションに体が勝手に動いた。

 

「かはぁ……」

 と、肺から息を絞りだし金髪が鳩尾を押さえて蹲る。


 やった! 一人減った! 

 茶髪の男が怯み、薄茶色の髪をした顔色の悪い女が金髪に駆け寄る。

 その際の胸の揺れ方から見て、かなり大きいと思って間違いないだろう。

 だがそんな事を気にする余裕はなかった、本当だ。


「じゃあな! クソッタレ共!」

 今しかない。 

 俺は竹刀だけを握り三人組とは逆方向へ全力疾走した、方向とか目的地とか何も無い、何でもいいから逃げることしか頭に無い。

 女の方は倒れた金髪に駆け寄っていたから俺を追ってはこないだろう。

 茶髪一人だけなら追ってきても何とかなるという計算も働いていた。


 荷物を持って来れなかったから持ち物は竹刀、携帯電話、財布、これで全部だ、荷物を気にする余裕は無かった。

 無かったというか、存在ごと忘れていた。




 時折り振り返りながら一キロ以上は走っただろう、息が切れて走れなくなったところで後ろを振り返って見る。

 後ろに人影は欠片も見えない、最初から追ってこなかった可能性が高い。


 そのまま歩いていくと城門らしきものに近づいてきたけれど素直に塀の中に入ることに躊躇する気持ちが沸く。


 先ほどの連中みたいなのが、塀の中にもウジャウジャいるかもしれないし、身の安全に何の保証もないのは精神衛生上良くない。

 フレンドリーに村人に話し掛けるのも心情的に憚られる、憚るっていうか嫌だ!


 まず情報収集だ、辺りになにか地名や案内板など所在地を確認できるものを見つけるのが優先だと混乱する頭に活を入れて散策をした。


 所在地の確認ができるもの、それ自体はたいした苦労も無く発見できた。城門近くにある標識を見つけた、おそらく塀に囲まれた集落の案内板らしきものなのだろうが……俺の気分は晴れない、むしろ見ないほうが良かったと思えた。


「どこだよここ……」

 ほんのりと感づいてはいたんだが確信したくはなかった。

 案内板に書かれたものは言語なのか絵なのかもはっきりわからない、まるっきり覚えの無い言語だ、間違いなく日本語じゃない、ギャル語とか業界用語などとの違いではなく根本的に違う。




 やたらと赤い太陽が俺の影をワインレッドに染める。

『帰れるのだろうか』と言葉に出したらさらに絶望してしまいそうなので自問自答すら心が拒否する。

 一人がこんなに心細いとはな。 

 あゆむはどこにいるんだ? 色々捨ててまで選んだのに側にいないとかそりゃねぇぜ。


 ここはどんな常識の国?なのか地域なのか。

 話し掛けただけでエンカウントしてしまう村人とかありえない。

 世界が狂ったのか? 狂った世界に巻き込むならもっとマッチョな御仁を招待してくれよ。


 全ての思考は負の感情で埋め尽くされていく。

 俺は城門をくぐることも出来ず壁を迂回して歩き始めた。

 地平線まで続いている川が遠くに見える。


 あの川はどこまで続いているのだろう……




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