17話 その剣を抜け
――ホールウォール山脈の街道にある森林を抜けた場所に広がる運動場ほどの尾根。
疎らに大木が伸び、足元は所々草が生えているが硬い岩肌でコケたら痛くて泣いてしまうだろう。
そんな場所がグラミー家御一行様と俺達が相対する戦場となった。
豪奢な白い鎧を着込んだ金髪の男はヨモギの姿を目に留めると口を引き攣らせながら嘲りヨモギは俯いたまま手を握り締めている。
俺はヨモギの隣で立っているだけのモブだ。
「チェアーではないか、腐れた混ざり物がよくも我が前に顔を出せたものだな」
「……」
あぁ、やはりこのタイプの男か
人は見た目が九割ってのは本当だよ全く。
やれやれ相手をしてあげようかな。
「なんだ、さっき俺が怖くて逃げ出したヘタレじゃないか、お前こそよく俺の前に顔を出せたもんだな」
豪奢な鎧の男は俺の顔を目を見開き睨みつけたが、俺がニッコリ微笑むと顔を逸らした、俺相手に煽り合いは百年早かったな。
「ルタロール!」
「はい、ヤグダス様」
金髪はすぐ隣にいる黒い鎧の男をわざわざ大声で呼んだ。
ビビってるのが丸出しだ。
「わざわざ待っててくれたみたいだけどさぁ~何か用かよヤグダスちゃん」
俺は煽る、本当は何も出来ないビビリのくせに偉そうにしているコイツがムカツクからだ、二十センチ以上も背が高い金髪男の目に俺はどう映っているのだろう、ムフフッ。
「きっ!」ヤグダスが何かを言おうとしたところをルタロールが前に躍り出て背中で抑えた。
出てきたところを斬り捨ててやろうと身構えていたのに、余計なことを。
「ヤグダス様は大切な御体です、この無礼な黒髪を討てと、このルタロールにお命じ下され」
このルタロールという黒鎧は冷静だ、冷静に周りを見ている。
そしてデカい、二メートル近くあるだろう、ここまで大きいと羨ましくもなんともない。
ルタロールはアイドリング状態には入ったらしい、殺気が俺を圧迫する。
そして漂うカルマが一気に膨らむ。
なんだそれ! そのシステムは知らない!
「う、む、任せる、薄汚い黒髪の首を即刻打ち落とせ!」
「仰せのままに」
そう言うが早いか、長太刀の切っ先を俺に向け飛び込んでくる。
俺は刀腹でその切先を
『ギャリィッ』
金属が削れる音を立てて往なす。
そしてツバメ返しよろしく剣を斬り上げた
『ガイン!』
左手に握られた太刀でルタロールはそれを弾き飛ばされた。
手が恐ろしく痺れる。
ハンパない力だ。
てか二刀流かよ!
一閃を弾かれ、体勢を崩した俺は後方へ距離を取ろうと後退した。
『ブオッ』
風斬り音を残し俺の眼前を大太刀が振り上がった。
パックリ切れた俺の顎から鮮血が滴り落ちる。
「ふむ、僅かの期間で腕が上がっているようだな」
浅黒い顔の表情を全く変えずルタロールは呟く。
ルタロールは切っ先を俺に向け、構える。
半身で前は右大太刀、後ろは左太刀の体勢を取った。
隙だらけに見える。
例えるなら運動会のバトンリレーのような構えだ。
当然とばかりに俺は左回りをして胴打ちを試みる。
それに反応してルタロールは裏拳でも放つように回転する
『ボゥ!』
風斬り音を発し左手の太刀が襲いかかる。
俺は咄嗟に剣を縦にして受けた、が
『ガイイイイイイイィィィン!』
激しい金属音共に視界が猛烈な勢いで流れる。
体が宙を舞う。
数回バウンドして合計二十メートルほど飛ばされた後、空の旅は終わった。
人間技とは思えん。
水切りの小石のように弾け飛んだ。
「ぐあっ!」掛け声一つ、俺はルタロールへ剣を向けて起き上がる。
痛みに悶えるのは省略だする、それどころじゃない。
揺れる視界を気合で修正し……
ルタロールは、もうこちらに飛び込んでいた。
地面を這いずるような低い体勢から。
跳躍の勢いをそのまま乗せた横殴りの一閃。
俺は剣で受けるも、また飛ばされた。
吹っ飛んだ直後、直角に自ら飛びつつ転げまわりながら立ち上がり、切先をルタロールへ向け直した。
口と鼻がポカポカと温かい。
もう慣れたものだ、出血の影響だ。
肘と膝も出血してやがる。
俺くらいの流血上級者になれば見なくてもわかる。
ちくしょう、カルマが大きくなるとか聞いてないぞ。
しかもルタロールは飛び込む瞬間にカルマが足元へ集中しているように見えた。
どうやるんだ、俺にも教えろよ、ズリィぞ。
ルタロールは「ふむ」とだけ言うと後ろに半歩下がり
「ヤグダス様、黒髪に少々時間をかけてしまいそうです、お下がりください」
野太い声で促がす。
なるほど、お荷物は奥にしまいこんでおこうと言う算段か。
いい判断だ、同じビビリのお荷物でも初代お荷物は見得が大きかった。
二代目のお荷物はビビリだが見得がない。
馬鹿にされても動けないタイプの真性ビビリは距離を離すだけで事故の心配はないってわけだ。
「わ、わかった、ルタロールそなたに任す」
そう言いヤグダスはヨモギの方へ歩き出した
「ヨモギィィィィ! 剣を抜けえぇぇぇ!」
俺は腹の底から叫んだ!
血が喉に絡んで我ながら酷い声だぜ。
ヨモギは俺の方を見ながら何かを訴える目をしている、クソッ、剣に手をかけない。
「剣を抜けっつってんだろクソガキィィ!」
「黒髪よ、無様なものだな、半人の幼子にすらすがるか」
ルタロールは鉄面皮を崩し俺を嘲笑う、構うものか。
「お前の為に!お前が抜けえぇぇぇぇ!」
もう絶叫だ、黒歴史確定だがどうせ死んだら歴史も終わる。
ヨモギは歯を食いしばって腰の短刀を抜き、眼前に迫ったヤグダスに切先を向けた。
足がガクガク震え腰が引けている。
遠目に見ても酷いへっぴり腰で「誰がそんな構えを教えた!」と顔が歪むが、どんな顔に歪んでいるかはなんとなくわかる。
あ……ヤグダスのカルマが揺らいでいる。
「なっ」
ヤグダスはヨモギの切先を向けられ硬直している。
ざまぁみろだ、相手がガキだろうが臆病者には恐怖だろうぜ、恵まれて続け与えられ続けていた奴には飛びっきりのプレゼントだ。
おれ自身は絶対絶命だが愉快でしょうがない。
なるほどな……心が揺れればカルマも揺れるってわけだ。
さすがの百年戦士も主君のあまりの不甲斐なさに驚いたのか、引き攣るヤグダスの顔を棒立ちで眺めている
心か……試してみるさ、「シッ」
俺はその隙をつく。
一足飛びで間合い深く飛び込む。
渾身の右胴払い!
ルタロールの反応は早い。
不意に視界へ飛び込んできた俺に対応しようとする。
右腕を円を描くように廻して俺を下から上に斬り上げようとする。
だが俺の胴払いの斬撃は。
滑り込むように飛び込んできたルタロールの右腕に吸い込まれた
『ザンッ!』
斬撃音を残しルタロールの右腕を切り飛ばした。
その直後、無理な回転をするルタロールの握る太刀の柄が、俺の脇腹を直撃し、優雅に放物線を描きながら舞い上がり、着地した、頭から。
「う、腕! ぐああああああぁ!」
「ルタローーーーーーール!」
落下の衝撃で頭がフラフラするが気にせず地面から顔を上げる。
『ゴブッ』
口から吐血、それも慣れた。
内臓のダメージがどんなものか吐血量が教えてくれた。
グラミー家が麗しい主従愛を演じているうちに俺は喉に手を突っ込み、胃の中の内容物を全て吐き出した。
これで胃袋タンクが一杯になるまでやれる!
メチャクチャな理屈だ。
だが俺の体を俺がメチャクチャに扱って何が悪い。
何かが掴めそうな気がする、試してみたい。
クソッ、もう体が悲鳴を上げている。
試したい、こんな状況だが……楽しくてしょうがなくなってきた。
イカレてやがる、だがまだまだ試したい、もっと俺を鋭く! もっと最短で! もっと合理的で! もっと揺れない
俺は右腕を失って浅黒い顔を青く染めているルタロールに迫る。
ルタロールは俺に気づいて構えようとするも右手が失われている事に動転して同じ構えをした。
体に染み付いているのであろう、先ほどと同じ体勢で。
右手がかつて有った部分を前方に翳した
振り下ろし一閃!
「ぐぁあああああああああああああああ!」
ルタロールは、更に短くなった右腕を抱きかかえた。
そして思い出したかのように左の太刀を俺に向けようとする。
こうじゃない……もっと鋭く……か、そういえば最初にグラミー家の連中と斬り合った時はもっと体が動いていた、あの時はどうだったっけ
俺は突きの体勢で飛び込む。
しかし、ルタロールはバックステップ一発で俺の突きの更に後ろまで脱した。
身体能力の差は歴然。
俺は体が前方へ流れている。
何かが違う……あの時はもっと冷めていて……もっとこう……体そのものが重さがない程軽くて、それが当たり前のように感じて、ルタロールは左の太刀を横殴りに振った。
避けられない。
避けられないが俺の体は、何故か更に飛び込み、コケそうな体勢から。
横一文字に切りつける
俺の一閃はいち早くルタロールの右太腿を深く切り裂き、ルタロールの左腕は、俺の左腕に肘当てを叩き付け、俺の左腕の骨をグチャグチャに破壊した
『ゴチュァッ!』
潰れるような破壊音と共に俺の体は吹っ飛び、ポツポツと周辺に生えている大木の一本に叩きつけられ、紙切れのよう落ちた。
遠くで「ルタロール!」「タイサ!」と連呼する声が鳴り響いている。
ギャラリーは気にならない、それよりも今の一撃はよかった、俺の体が俺の知っている体よりも明らかに軽いのに……それに違和感なく同調できていた……もっとだ……何かが掴めそうな気がするんだ
俺は先ほどの感覚が残っている一秒でも無駄にしたくない為、体を跳ねるように起こそうとした……しかし、緩慢とした動きだ、左腕なんかピクリとも動かない、ズキズキと猛烈な痛みが走る、頭もフラフラする、脳震盪か何かか?
くそっ、今の感じ……今の感じを忘れないようにもう一度……
しかし気合では、どうにもならない傷だ。
タンクを空にしたばかりのはずだが口から鮮血がドバッと溢れ飛び出す。
一番絞りだ。
意味不明な赤い塊も口から零れ落ちる。
頭や顔はもちろんのこと体中で出血していないところは無いだろう。
視界が微妙に震えているのは片目だけ痙攣しているからだ。
寒いも暑いも痛いもない。
「があああああああああああああ!」
気合で意識だけでも繋ぐ。
可能も不可能もない、やるんだ。
荒い息が口から赤い涎を伴って口から流れ出るが反対に心はどんどん冷めていく、音が遠くなる。
ルタロールはズルズルと右足を引き摺りんがら俺に近づいてきている。
その顔は……笑ってやがる。
あいつもおかしくなってやがる。
俺はどんな顔しているのか自分でもわからん。
足も感覚が頼りない、うまく動けているのかわからないが大木を軸にして摺り上がって立ち上がり右手に剣を構えた。
左腕は上腕の骨が砕けているらしく肘から下の感覚がシビレていることしか感じない。
だが右手だけでも剣を握る、可能な限り強く
ルタロールは恐らく残った左足で飛び込み左の太刀でトドメに来る。
それしか武器が無いからな。
ルタロールに漂うカルマも目減りして見える。
理屈はわからないが俺にとって悪い事ではないだろう。
ヘッ、ルタロールにも俺が足に来ているのはわかっているだろう。
足が動くようになる方法はないだろうか?
血が足りなくなって頭がうまく働かない。
だが丁度いい、思考の無駄も省けて俺はもっと早く、もっと鋭くなれる……はずだ。
俺達お荷物管理組合員はお互いの様子を伺う。
「ハァ、随分といい、格好に、なったな」
「――フッ、やってくれたものだ、このザマでは大会戦に間に合わぬな」
「しらねぇ、よ、もっと間に合わな、い事があるかも、なぁ……ぐぁあぁぁっ!」
俺はグチャグチャの左腕を大木に押し付け痛みを呼び起こす。
ゴリッとした感覚の後、ズキンズキンと猛烈に痛みを訴えてきた。
眼が『カッ』と、見開かれて周りの様子がよ~く見える。
何かで感覚を刺激しておかないとこのまま死んでしまいそうだ。
俺は背中を大木に持たれかけてルタロールの仕掛けを待つ。
策と呼べるような策ではないがそれに賭けて待つ。
どうせ次の一撃が最後だ。
向かい合っているルタロールもそう感じているはずだ。
ドキドキしやがる。
ズリズリと右足を引き摺るルタロールが迫る。
お互いの間隔が、十メートル程の距離になっている。
後はタイミングだけの勝負だ。
互いの息遣いの聞こえる至近距離で俺はルタロールの仕掛けを待つ。
『ジャッ』
土を蹴る音が辺りに響いた。
掴みかけていた物に積み上げてきた物が重なっていく。
一つの塊が切先を中心に飛び込む。
袈裟懸けに振り下ろされるルタロールの太刀は背後の大木を三分の二切り裂いて俺の右肩筋を抜け、鎖骨まで切った。
俺の放った剣はルタロールの喉を突いた。
後頭部から切先が抜けている。
「があああああっらああああああああ!」
さらに俺は剣を回し、真横に切り裂いた。
鮮血が一帯に飛び散る。
断末魔はない。
綺麗な花火だ。
俺がやったことは半歩だけ左に動いて突きを放っただけだ。
ルタロールはおそらく利き腕ではない左腕。
右足の動かぬ体の不安定な左腕の一撃が背後の大木もろとも両断するほどの威力だったら俺は真っ二つだったろう。
策ではなく、ギャンブル、か。
「ルタローーーーーーーーーッル! 」
俺の肩の傷は相当に深いようだ。
右腕の感覚も殆どない。
あっ
ズルリと右手から剣が落ちた。
体に上手く力が伝わらないようになっている。
俺は焦って剣を拾おうと腰を屈めようとした。
だが膝がカクンと折れ、へたり込んでしまった。
女の子座りだ、カッコ悪りぃ。
「ルタローーーーーーール! うそだあああぁあぁあ!」
デカイ声がさっきからうるせぇな。
あぁ、まだ一人いたんだっけ……




