15話 走れゲジ男
――黒髪発見の報から半刻ほどでルタロールは騎兵七人の武装編成を終え、ヤグダスへ目配せした。
白い鎧を纏ったヤグダスはルタロールの合図にコクリと頷く、白く輝く鎧の胸にはグラミー準男爵家の紋章、当主の証だ。
真新しい剣を掲げたヤグダスは、誇らしげに宣誓する。
「皆の者、我等はこれより帝国の命に従い黒髪討伐を遂行する、各員の敢闘を期待する」
「先駆けはこのルタロールが任じられている、皆のもの我に続け!」
ルタロールの号令と共に七騎が縦陣隊列で南門から土埃りを巻き上げ駆け抜けていった。
――その頃、俺たち一行は街道を南下し、ホーリウォール山脈の麓で休憩していた、人間は疲れているわけではないが、キャタピラポッド改めゲジ男は、疲れもすれば腹も減る生き物である。
ゲジ男を草原に放し飼いしつつ今後についての話し合いが持たれていた。
干し肉を咥えながら――
「こんなに急な出発になるとは思わなかったわ!」
カリスティルは両腕を広げ天を仰いだ。
一人ミュージカルだ。
「俺だってそうだ、出発は明日にすればよかったなぁ」
「――――そういえばグラミー領、だっけ、そのグラミー領に武器が使えそうな男手って何人くらいいるかわかる?」
カリスティルは俺からプイッと視界から外すと、ヨモギの方を向き直りながら話を切り出した。
どうやら重要な話は俺抜きで進めたいらしい。
ヨモギは少し考える素振りをしてからカリスティルへ答える。
「御曹司様とルタロール様、ラスティ様、ネロ様とネイル様ご兄弟、ルーティス様、バーザル様……思い当たる方は七名です」
「うーん、七人とか……寂しい村なんだな、まぁこの世界は二人の国家使節団も存在するし、下を見ればキリが無いんだろうけど」
だが俺は消えたりできない、何食わぬ顔をして会話に加わる、煽る立ち位置で。
「うるさいわね!」
「最大七人使えるとしても、全部使うとは考えにくいだろうから……脅威としては少し微妙だな」
「微妙って……あんたおかしいんじゃない? ルーキフェアの兵員って一人一人が他の国では十分腕利きよ! それとヨモギちゃん、聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
カリスティルは眼を鋭く細め、ヨモギの顔を射るように見つめた。
「はい、なんでしょう」
「そのベラミー領に百年戦士って……いるのかしら?」
「三名おられましたが、二名はタイサに斬られてお亡くなりになっています」
ハッ! と息を呑み、カリスティルが開いた口に右手を沿え背筋を伸ばしながら驚いている。いちいちオーバーアクションを取る、正直うっとおしい。
「えっ、何! あんたってそんなに凄いの? カルマも少ないし全然そんな風に見えないんだけど! ちっちゃいし!」
「ちっちゃいは余計だろ、脱いだら凄い女だっているじゃねぇか! 勝手に値踏みすんじゃねぇよ!」
誉められると思って身構えていたのだが最後の一言で台無しにされた。
「だって百年戦士って、大会戦を五回以上生き残らないとダメなんでしょ! 普通の剣士なんかじゃ比べ物にならないのに!」
「まず大会戦がわからん」
「あんたって本当に何も知らないのね――――」
「――――なんだよ」
「別にっ!」
「ベラミー領の百年戦士の中でも、ケルン様とルタロール様は特別な存在でした」
「名前で言われてもわからんぞ」
「ケルン様はヤグディヌ様が生まれた時より側近として仕えていた方です」
「爺とか呼ばれていたやつの雰囲気は強そうだったな」
「そちらがケルン様です」
「あいつそんなに凄い奴だったのか」
「はい、よくは知りませんが先代の領主様からの信頼も厚い方だったようで、
大会戦を八回経験されていたそうです」
「伝説級の戦士じゃない! そんなのどうやって倒したのよ!」
「偉そうにしてる奴を煽ってそれを止めてるところを、背後から……」
微妙な空気が流れる、表情は驚愕から失望に切り替わる、アクションも顔芸もいちいち大きい奴だな。
なんか悪いことした気分になるじゃねぇかよ。
「――あっ……そうなの……」
「……あァ」
今後の話は一切なかった、だが干し肉を少々齧って腹は膨れた、俺としては無駄じゃなかった。
無駄話をしている間に、ゲジ男も回復したようなので、そそくさと出発した。
状況的に、追っ手がかかることは間違いないようなので、ゲジ男に揺られながら念入りに武器の手入れをした。
俺たち三人組はゲジ男に揺られつつホーリウォール山脈を登る。
――ヤグダス率いる七名はタイサ一行が離れたまもなくしてホーリウォール山脈の麓に到着した。
ルタロールは下馬しつつ辺りを見回しヤグダスに報告する。
「ヤグダス様、ここで野営した後が見られます、黒髪はもう目前です」
「あいわかった、各員戦闘準備の後、速やかに追撃する」
部下へ指示を出すヤグダスの背後に回りこんだルタロールはラステイの肩に腕を回し耳元で囁いた。
「黒髪を視界に捕らえたら俺はハルー、ルーティス、を伴って先攻する、貴様はヤグダス様と共に後方からゆっくりと追いつけ、いいか、ゆっくりだぞ」
「承知しました、ルタロール様、御武運を」
「あぁ、頼むぞ」
そう言うとラステイの肩をポンポンと叩きルタロールは再び鞍上の人となった。
――山脈に入ったタイサ一行が後方の一団を視界に納めたのはそれから十分後のことだった。
キャタピラポッドは人が走るより速度は速いが騎馬相手には歯が立たない。
「あれが追撃部隊だろうな」
「そうね、完全武装の騎兵が五・六……七騎ね、ヨモギちゃんが言ってた百年戦士も加わっているのは間違いないでしょうね!」
「カリスティル、お前は逃げたほうがいいぞ、標的は俺で、せいぜい裏切り者のヨモギまでだ」
「……」
「生き残れたら代金の請求をしに行くから金を準備して待ってろ」
「そうはいかないわ! あんた達には二回も助けられたし……あんたは別に死んでもいいけどヨモギちゃんは別よ!」
コイツはやたらとヨモギを気にするな、生き別れの姉妹か何かだろうか? 全然似てないけど。
「……足手纏いだから消えて欲しいんだけどな」
「私のカルマより遥かに少ないあんたに言われたくないわ!」
――そんなのに二回も助けられたお前は何なんだよ――
「しょうがねえなぁ」
俺はカリスティルに変わってゲジ男の手綱を握っているヨモギの耳元で迎撃の手順を伝える。
相手に接近されすぎる前に打ち合わせしないと正面からやり合う事になってしまう、そうなると不利だ、何といっても数が少ないからな。
「いいかよく聞け、相手は七人の騎兵だ、街道で襲われたら勝ち目はない」
「はい!」
「俺は奴らに視認される前にゲジ男から降りて、先攻をやり過ごし後続を攻撃する、俺の攻撃に気づいた先攻は引き返すはずだから、お前はゲジ男と共にあのデカイ木の下まで突っ走れ!」
「タイサ! 一人は嫌です! 一人にしないで!」
「大丈夫だ、必ず合流する、必ずだ」
「嫌です! いやぁぁぁ!」
「いいから言うとおりにしろ! 全滅するぞ! このままじゃ俺もお前も死ぬんだよ!」
――俺が怒鳴るとヨモギは黙り込んだ。
打ち合わせをする時間はあったが雑談で潰してしまった。
この情況では即興の策で対応するしかない。
それに勝算はないわけではない。
最初の戦闘で奴らは身分が高いと思われるお荷物に行動の自由を奪われて俺に敗れた。
その経緯を鑑みればこの追撃では先攻に主力を配置して後詰は肉壁に包まれたお荷物って図式のはずだ。
お荷物は最初からお留守番の可能性もあるがこの世界の奴は面子重視なのかやたらお荷物は前線でいい格好しやがる。
グラミー領のお荷物も、よせばいいのに前線に出てきたからな。
「じゃあヨモギ、忘れるなよ! あの木の下だぞ!」
俺は峰の上にそびえる一本の大木を指差し、ヨモギにそう言うと、ゲジ男から飛び降りた。
それと同時にカリスティルもゲジ男から飛び降りる。
「おい! お前もこっちかよ!」
「ええ!先攻をやり過ごして後続を叩くのよね、それなら一人でやるより二人の方がいいわよ!」
なんと言うか物好きな奴だ。
言っている事は正しいのだ、この作戦では騎馬の優位性を消すため、奇襲の一撃を放った後は、馬を降りた剣士相手に山林を進まなくてはならない。
ゲリラのように立ち回らないと囲まれて終わる。
そして温室育ちの王女様にはとても耐えられないだろう。
「もう降りてしまったから最初の一撃は頼るが、それが終わったら素早く離脱してヨモギの元に帰ってくれよ」
「あんたの指示には従わないわ!」
「ちっ、来るぞ」
もう作戦を練る時間は無い。
先攻の部隊の『ドドドドドドドドド!』と響く蹄の音を体を伏せながらやり過ごし後続を息を潜めて待つ。
もう言葉を発する余裕も無い。
先攻が通り過ぎてから二十秒近く経っただろうか、後続の蹄の音が聞こえてくる。
後続の数は全部で四人。
三人に守られるように真ん中にいる一人は豪奢な鎧を着込んでいる。
ハハッ、ボス発見だ。
――後続との距離は十メートルを切った。
俺は草葉の陰から街道に飛び出し――
「うあああああああああああ!」
――反応すらできない騎馬の一人を。
通り過ぎざま横殴りに斬った。
腹を横殴りに斬られた男は血を噴出しながら馬上から転げ落ち、二つの塊になって街道脇に転がっていった。
振り返るともう一人の騎馬武者は本来なら首があった辺りから噴水のように血を拭きつつ山頂へ向けて走り去っていく。
どうやらカリスティルもうまくやったようだ。
うまく逃げ切ってくれよ――――
立派な鎧を着込んだ騎士はロデオのように暴れ始めた馬に翻弄されている。
「ラ、ラステイイイイイイイイイイイ!」
『ピィーーーーーーーーーーーーーーッ』
――――笛の音が木魂する。
片割れの騎馬武者が笛を口に含んで笛を吹き鳴らしている。
それを聞きつけた先攻の馬を引く嘶きが後ろから聞こえてくる。
しかしまだチャンスだ。
俺は立派な鎧の男に渾身の突きを放とうとした。
しかし、隣に控えていた騎馬武者がいつのまにか下馬していたらしく、俺の前に踊り出てきた。
俺は剣を引っ込め後ずさりし、情況を見る。
立派な鎧の男は馬の制御を諦め、馬から飛び降り、先攻部隊の方角へガシャガシャと鎧を鳴らしつつ「ルタローーーール!」と叫びながら走り始めている。
もう討ち取るのは無理だ――――
先攻がこの場に引き返してくるまで大体三十秒、といったところか――――
俺に立ちはだかった子分その一は大したカルマは帯びていない。
俺は大きく息を吐くと割って入ってきた男に切っ先を向ける。
コイツを始末しないと囲まれる。
俺は間合いに踏み込み、単調に中段から篭手の動きを見せる。
男は腕を上げつつ体を左に流し、そのまま剣を振り被った――――
(予定通り!)
――――俺は篭手の挙動を流し、そのまま切っ先を相手の体に向け、全体重を乗せた突きを放った――
「やああああああああああああ!」
――簡素な鎧を纏った男の胸に伸びる。
俺の放った切っ先は吸い込まれ。
切先は背中から突き抜けた。
鎧の背中までは貫通しなかったが心臓付近を貫通した。
引き帰して来てくる先攻の騎馬隊から「貴様あああああ!」と聞こえた。
――知るかよ! 弱い方が悪い――
もう長居は無用だ。
「ヘヘヘッ」自分でも理解できない笑みがこぼれる。
俺は山中に飛び込むと山頂付近にある巨大な木を目指す。
敵の残数は四人、これを乗り切れば国境越えだ。
白い太陽は沈み赤い太陽が登り始めていた、雰囲気だしてくれるじゃねぇかよ。
こんな奴ら俺の剣で乗り越えてみせる。
ずっと昔からそうしてきたんだ……




