13話 運命
何日旅を続けていたか数えていないが、かなりの日数を費やしただろう、すっかりキャンプ生活にも慣れ、奴隷狩りにも数回遭遇し、全て打ち倒してきた。
どうやら人を倒すと、倒すというより命を奪うと体に帯びるカルマが少しずつだが増えていくらしい。魔獣も殺せばカルマが増えるようだが、人相手に比べれば微々たる物だ。度重なる奴隷狩り狩りで、俺も、随分と超人的な身体能力がついてきた。
そしてヨモギも、剣がそれなりに振れるようになり、僅かだが体にカルマも帯びている。
カルマを帯びているとは言っても、ヨモギが人や魔獣を狩ったわけでもなく、人を斬ったわけでもなく、俺が生殺しにした魔獣を相手に、ヨモギにトドメを刺させただけだ。
魔獣うを刺す時、ヨモギは凄く嫌そうにしていたが、俺のスパルタ教育の甲斐もありそろそろ狩りができるレベルに達してきたかもしれない。
そんな旅を続けていると、カリスティルが話していた宿場町と思える城壁が見えてきた。
城壁の大きさから察するにベラミー領の十倍近くの規模だ、具体的に言えば花やしきとねずみの国ほどの違いがある。
城門から伸びる街道にも人影がチラホラあり、活気があると表現して差し支えないだろう。
あえて問題点を挙げるとすれば、ここはまだルーキフェア領内だから黒髪の俺は人目につくとマズイってことだ、うん、迂回してさっさと国境を越えよう。
「タイサ、街に寄って毛皮を売りましょう」
ヨモギが提案してきた、初めて会った時からすれば考えられないほど大きな声だ、一日素振り四百回で随分と声帯が鍛えられたようだ。
「いや、黒髪は入れないだろ」
「これを被れば大丈夫ですよ」
そういってヨモギは、奴隷狩りが所持していたフード付きのローブを差し出してきた。
ふむ、確かに大丈夫かもしれない、それにヨモギ一人を街に行かせてピーチ姫にでもなられたら面倒だしな……それに、たまにはまともな物が食いたい!
「わかった、その代わり俺はこの世界の文字も数字も読めないから、お前が交渉なりしてくれよ」
「はい」
ヨモギは凄く元気に答えた、うん、徐々にではあるがオドオドした性格も矯正されてきているようだ、声も大きいし、腕も太くなったし、胸は無いままだし、もう立派な男の子だな。
俺はフードを被り、ヨモギに全ての対応を任せる形で、城門から堂々と入場し、キャタピラポッドを専用の厩舎に預けた。
お金の問題は特に無かった、奴隷狩りから強奪した金銭が袋二つ分パンパンに詰まっている、その一つをヨモギに持たせて諸々の支払いを全て行わせていたのでトラブルも何も無い。
厩舎で荷車を借りて毛皮を全て乗せて俺達は街へ繰り出した、毛皮は全部合わせると百枚近くあり凄い重さだ、一人だと凄く重いが、二人で運べば大丈夫だな!
ヨモギは鼻歌を歌いながら、町をキョロキョロと、落ち着き無く見渡している、ちなみに歌っているのは「哀戦士」だ。
ヨモギには、よく口ずさんでいる歌があったのだが、その歌は「ドナドナ」ばりの暗い歌だった、こんな暗い歌を無意識に歌っているうちは、この少女に明るい未来は来ない、と、悟った俺は「この歌は、俺の世界のいい女は、必ず知っている曲なんだが……」と、哀戦士を教えてやった、と、いう美談だ。
しばらく街を散策していると「あ、ここで毛皮が売れるみたいですよ」と、哀戦士を口ずさんでいた痛い少女が言うので、俺はその店の前で『一人で引いていた荷車を止めた』
何かおかしくないか?
ヨモギは、店のおっさんと、しばらく交渉していたが、俺の粗い息が整う頃に、商談がまとまったらしく、若い店の連中が毛皮を店の中に運び始めた。「なんて量だよ」とかブツブツ言っていた所を見ると、迷惑な量だったらしい。
毛皮は売れたが、いくらぐらいで売れたのか分からないのは、通貨の価値がわからないからだ、売買の交渉は全てヨモギだ。
ヨモギが持つ金貨袋が、パンパンに膨らんでいることから、それなりに売れたのだろう、使い道は見当がつかないが、お金というものは、いくらあっても邪魔にならないものだ。
しばらく歩いていくと、ヨモギは服屋を見つけて、店の前で立ち止まり、俺の顔をチラチラ見ながら「少し、見てきても、いいですか?」と聞いてきたので「別にいいんじゃねぇの? 俺にそこまで気を使わなくても買いたければ買ってくればいいぞ」と返答し、俺は武器屋を見つけて刀を物色、というか、ウインドウショッピングをした。
一言で言うと冷やかしだ。
値段も所持金も通貨の単位もわからんから買うという選択肢は取れない、文字も数字も読めないからな。
俺が武器屋から出てくるとヨモギは先ほど入っていった服屋で買ったのであろう、服を包んでいそうな布を持って武器屋の入り口で待っていた。
ヨモギは「白のワンピースを買いました」と、嬉しそうな顔で、俺に報告してきた。
それはいい、それはいいが、パンパンに膨らんでいた金貨袋がすっげぇ痩せている……このガキぶん殴ってやろうかな。
それからしばらく街の探索をした。
探索というよりもメシ食ったり買い物したりした。
相方がガキなので浮いた話ではないのだが、ずっと人里から離れて、殺し合いと狩りばかりしていたから、街は楽しかった。
あぁ楽しかったよ。
いつしか赤の太陽も沈みかけていた。
気づけば、朝から夜まで、街での散策と買い物に費やしたらしい。
俺達は、厩舎まで帰ろうと歩き出した。
本当は、薄々気づいていたのだけど、あえて口に出さなかっただけで、迷子になっていた。
「おい、どっちが厩舎かわかるか」
「タイサ~わかりません~」
「だろうな、方向すらわからん」
徐々に薄暗くなっていく宿場町を、早足で右往左往していると、いつしか奴隷市場のような場所に出てきてしまった。
字が読めないから看板を見たわけではないが、回りに行きかう人達の会話を盗み聞きして、奴隷市場だと認識した。
「タイサ……」
嫌な記憶があるのだろう、ヨモギが眼を細め、不安そうな顔をして俺の手を握ってきた。
「心配すんな、俺がついてるだろ」
俺カッコイイな。
「タイサ……あたしを売らないで」
そっちの心配かよ!
どれだけ俺を信用してねぇんだよ!
それに奴隷狩りも言ってただろ、奴隷紋が二つもある奴は売れねぇって、売ろうと思っても売れないから安心しろ!
「チッ」
舌打ちしながら辺りを見渡すと、手枷を付けた奴隷が競りにかけられていた、子供が多いが大人もチラホラ見える。
子供は男女同じくらいの数だが、大人は圧倒的に女が多いなぁ~とボンヤリ眺めていたら、その中の一人に見知った顔を見つけた。
「てかカリスティルじゃん」
なんというか、言葉にならない。
あれだけカッコ良く去っていったのに、まさかこんなに早く、こんな場所で、こんな境遇で再会するとは予想外だった。
「でわ、さらばです」
とか言ってカッコよく去っていったのになんてみっともない奴だろう、自分の事でもないのに恥ずかしくて鳥肌が立つ。
「おいおい……」
「どうしますタイサ」
「どうしますって……なぁ……」
余りの衝撃的展開に、しばらくその場で立ち尽くしてしまったが、考えるまでもなく、別に助ける義理もないんだよな。
むしろ、一回助けてやったのに、首を絞められた上に蹴りまで頂いている……俺の立場からすると「ざまぁ~」とか言いつつ指差して笑う場面だろう、うん。
「タイサ、わかっていますよ」
ん?何をわかっているのだろう。
一緒に大笑いしてくれるのかな?
「あたしが持っている分とタイサが持っている金貨袋で
カリスティル様につく値段は余裕をもって支払えますよ」
ヨモギの俺に対する評価が高いのか低いのか分からない、分からないが、ちょっと待ってくれ!
俺が、あのおっぱいが大きいだけの女、仮名パイ子を、身銭を切って保護することになってんのか?
冗談じゃないよ、少しおっぱいを触っただけで蹴ってくるような恩知らずだぜ、ありえないだろ。
「くっ……ちょっとまってくれ」
「タイサ……」
「でっ、でもカリスティルは仮にも一国の王女だ、性格は最悪だが、見た目は悪くないし、俺ら庶民のお小遣いで購入できるとは思えない、うん、残念だが、どうすることもできないよね」
何というか、カリスティルは好きなタイプではない、いや別に嫌いってわけじゃなく、苦手というか……ただ、モヤモヤする……みたいな?
「大丈夫ですよ、十分です」
ヨモギは、カリスティルが、なぜ高額商品ではないのか説明し始める。
奴隷は成人に達している方が高値はつくが、カリスティルの纏っているカルマは並の人間より多く、購入者が身の危険に晒される上に逃亡の可能性もあることから、余程腕に覚えのある人間以外は欲しがらないらしい。
「そ、それでもひょっとしたら、凄いマッチョな富豪が競ってくるかもしれないだろ」
「タイサ……」
やめてくれ、リアルタイムで俺に失望していかないでくれ……クソぉ。
「とりあえず、とりあえず競りに参加してみよう……無理をしない範囲で」
「ありがとうタイサ!」
そう言うと、ヨモギは入札の受付窓口へ、参加申し込みする為に走って行き、俺もその後を着いていった、
すると、子供の奴隷が集められている檻の中に「マイク」「ジュンコ」「キャンディー」の姿が見えた。
あいつらも捕まっちゃったんだ、残念だったね。
俺が三人組から視線をヨモギに戻すと受付らしき場所で、店員らしきおっさんの指し示すとおり、薄い板に文字を書き込んでいた。
入札申し込みみたいな物だろう。
奴隷の入札時間は押して、カリスティルの入札は夜になってから行われた。
結論から言うと、入札者は一人、最低価格での落札で、落札者はタイサ・アズニャルさんだそうだ。
ヨモギが顔を伏せたまま、俺と眼を合わそうとしないことから察するに、タイサ・アズニャルさんは俺の事なのだろう。
「久しぶり――」
「うん――」
顔合わせは気まずいなんてものじゃなかった。
だが放置して帰るわけにもいかないので、入札価格を支払ったが、金貨袋はヨモギが持っていた分だけで足り、俺が持っていたパンパンに詰まった金貨袋は丸々残った。
具体的に言うと、カリスティルの値段は、ヨモギの買ったワンピースの半額くらいで、余計気まずいことになった。
カリスティルに奴隷紋は焼かなかった。
どうせ俺には紋章も家紋もない。
国境を越えるついでに、アルディア王国まで送り届けて、迷惑料を大幅に上乗せした上で、ボッタクリ請求する旨を伝え、カリスティルは了承した。
奴隷の購入手続きを全て終えると、突然大雨が降りだした。
「お前ってとんでもない疫病神なんじゃねぇの? 」
「違うわよ! どうしよう……雨季に入ったんだわ」
「雨季?」
「タイサ、雨季は五十日間続きますよ」
「一刻も早くアルディアに帰りたいけれど、しばらく山脈越えは無理だわ……」
「雨のなかで野宿はキツイな」
「まだお金は大丈夫なんで宿に泊まれますよ」
「マジか」
「なんであんた達、そんなにお金持ってんのよ!」
「奴隷狩り狩り……かな」
そんな会話をしつつ、宿屋街まで走り、カリスティルの強い要望により二部屋取ることになった、自意識過剰だ、安物の癖に……
どれだけの金額が金貨袋に納まっていたのか俺にはわからないが、二部屋を五十日飯付で連泊しても半分も減らないらしい。
奴隷狩りって儲かるんだなぁと関心した。
次の日、三人で顔を合わせた。
俺の借りている部屋で金銭の管理はカリスティルが受け持つことに決まった、と、報告を受けた。
俺はノータッチだ。
ヨモギとカリスティルで相談した結果、俺に無関係の場所で担当が決まっていったらしい。
俺の世話はヨモギが担当し、金銭の出し引きが伴う事柄は、数字が読めて計算が出来るカリスティルが担当だそうだ。
野宿ならともかく宿屋を拠点にしている間は、文字も数字も読めない俺に主張できることは何もない。
使っている金銭が『俺が奴隷狩りから奪ったもの』という事柄を除けば、雨季の間はヨモギのヒモみたいな生活だ。
毎日滝のような雨が振っている、その豪雨を見るにつけ、山脈越を先延ばしにして本当に良かったと思えた。
しかし、本当にやる事がないので、ヨモギにひたすら稽古を付けていた、素振りの他に簡単な打ち込み稽古も始めた。
カリスティルも暇なのだろう、毎日のように俺たちの稽古を覗きに来ては「美しくない」「意味がない」を連呼して邪魔くさいことこの上なかった。
試しに素振りをさせてみたら……なんというか……ミュージカルのようにエレガントで、隙だらけというか無駄の塊とでもいうか、上流階級の演舞のようだった。
俺の稽古にやたらと口を挟むので、試しに乱取り稽古をしてやった。
最初は身体能力ゆえの速さに面食らったが、慣れてくれば絶好のカモで、小枝で剣戟を捌きながらおっぱいをソフトタッチしまくってやった。
それ以降、俺の部屋には稀に顔を覗かせる程度に出現頻度が減ったが、日にちが過ぎると徐々に剣捌きがマシになっていったので、おそらく俺がヨモギの稽古を付けている間自分の部屋で練習していたのだろう。
結局、やることはそれぐらいで、雨季の五十日間は、ヨモギの稽古だけ付き合ってダラダラ過ごした……




