11話 ルーキフェア帝国
天帝を頂くルーキフェア帝国の首都、帝都ルシファルド
二千六百年前、前世界を葬った片翼の天帝ルシファが聖なる泉を中心に、天界を模して作ったこの世の天界。
全ての建築物は白銀や黄金色に輝き、美麗な装飾が細部まで刻まれている。 聖なる泉から流れる穢れる事のない聖流は、広大な帝都全域に張り巡らされた水路を巡り、帝都そのものを聖なるものに変えている。
天帝は世を治めない、その手の届かぬ事などないのだから。
天帝は世に縛られない、この世に神はいないのだから。
天帝は世を憂いない、この世に美しきものなどありはしないのだから。
天帝の持つ、神の意思を示す力が振るわれることもない。
この世に神の意思が示されることはないのだから。
天帝の代行者、ルーキフェア帝国宰相リーリン・ルーキフェアは帝都ルシファルドの荘厳な王宮にて執務を遂行していた。
神に最も近い者の血を、最も色濃く受け継ぐ絶対の存在、その髪、その眼は純金が霞むほどの金髪金眼、リーリン以外は纏う事が許されない美麗な装飾を一切排除した純白の羽衣を纏う。
その聖人は手に一枚の羊皮紙を取り、涼しげな表情を浮かべたまま、文面に眼を通していた
「失礼いたします閣下」
執務を遂行していた帝国宰相リーリン・ルーキフィアの元へ、側使え筆頭マーリックは一通の書簡を携え、洗練された歩調、歩幅で歩み寄ると腕を曲げ、膝をつき一礼したまま報告する。
「リーリン様、今しがたベラミー準男爵領から緊急の現況報告が送られて参りました。」
リーリンは、そんな国境付近の小さな村の事など眼中にない。
手に持った羊皮紙の書類に眼を通したまま
「報告の内容を申せ」
熱のない平坦な声で答えた。
「ベラミー領内にて黒髪の男一名を発見、ヤグディヌ・ベラミー準男爵、ケルン、シュルツ両陪臣、他手勢三名にて討伐に挑むも失敗、準男爵含む七名は黒髪の手により死亡、ヤグディヌ準男爵の嫡子ヤグダスは城門を閉じ帝国の指示を仰ぐとの事です」
羊皮紙に眼を向けたままのリーリンに、マーリックは流れるような銀髪の頭を垂れ、透き通るような碧眼を伏せたまま返答を待つ。
「たった一人の男に父親と家臣を撃たれ、その仇も取ろうとせぬものにルーキフェアの貴族を名乗る資格はない。ベラミー準男爵家の爵位、領地共々没収せよ、黒髪の討伐には我が騎士団の精鋭を向かわせる」
マーリックは口元に浮かびそうになる笑みを堪えながら
「閣下、少々お待ちください、ベラミー準男爵家の処遇に不満はございませんが、時節は後二十二日後より雨季に入ります。そして何より、今年は二十年に一度の大会戦の年になります。このような些事に親衛隊を使われますと、大会戦で閣下の騎士団が腕を振るう機会を奪うことになるやも知れませぬ」
マーリックは淡々と答える。
「確かにその通りだ、すまぬマーリック、少々冷静さを欠いていたようだ」
「勿体無きお言葉です閣下」
「しかし黒髪討伐は所詮天帝陛下の私怨ゆえ国を直接動かす事案ではない、とはいえルーキフェアの貴族が討たれた以上は放置も出来ぬ。痛し痒しといったところだな、些事ゆえに匙加減が難しい」
「黒髪とはいえたった一人の問題です、大事にすればするほど風聞が悪うございます、閣下の臣下や他の貴族を使えば必然と御子弟の耳にも噂は流れましょう」
マーリックはそう言いながらリーリンへ指示を出すよう促がす
「そうだな、では、こういう返答はどうであろう。『黒髪討伐はルーキフェア帝国の国是である、その黒髪に家長とその陪臣を討たれながら城に引きこもり震えている小胆薄弱な無能者にルーキフェア帝国の貴族たる資格無し、家長の仇である黒髪討伐を成し得ぬ場合、ベラミー家は廃爵、領地没収の沙汰』……どうだ」
マーリックは顔を伏せたまま肯定する
「私ごときにはとても考えの及ばぬ深謀遠慮にございます、後はこちらで返書を作成しますゆえ、勅書として送りましょうかそれとも符、としましょうか」
「符でよい、私の勅ではヤグダスが事を仕損じたとき、我が名に傷がつこう」
「ハッ、それでは書の作成にて失礼いたします。」
恭しく膝をついて一礼したマーリックは王宮の執務室を辞した。
リーリンは羊皮紙の内容に意識を傾けている。
もうヤグダス・ベラミーの名は頭の片隅にもない。
ルーキフェア帝国宰相リールン・ルーキフェアがその手に握るエスタークから届いた羊皮紙には、エスターク王国への旧アルディア王国領割譲承認、アルディア王家滅亡認定、アルディア王族の処遇一任、など八項目の要請が記載されている。
世界の中心から見れば些事以下の卑小な事案は、少年の未来を大きく捻じ曲げてゆく。




