10話 カリスティル
さらに丸一日横になったことで、体も満足に動くようになり、多少の痛みは残るが剣を振るのに問題ないレベルに回復したところで、胸の大きいお姉さんを檻から出してやった。
俺は「でわ話を聞こうか」と檻の扉を開けてやる時に『キッ!』と効果音が出そうな眼光をぶつけられたが、まぁ不機嫌にさせたのはこちらかもしれないので心の広い俺は気にしないことしてやった。
最初に横柄な態度を取らなかったらこちらとしても違った対応もあっただろうに、馬鹿なお姉さんだ。
「で、あなたは随分と偉そうな物言いだけど偉い人なの?」
俺の第一声が頭に来たのか、さらにその眼光を強めた、なぜかヨモギはビクッと体を震わせ、俺の背後に回りこんだ、まだ手枷はついているので大丈夫だよ。
「……」
おねえさんはプイッと顔を背けた、どうやら俺の事が物凄く嫌いらしい、なぜだろう、俺がイケメンじゃないのが原因なのだろうか『ただしイケメンに限る』ってことか? ちくしょう、胸が大きいくらいで世の中ナメてんじゃねぇぞ。
「えっとさぁ、状況わかってる? 素直にお話してくれる分なら色々親切心も沸いてくるってもんなんだけど、そんな態度じゃ俺、不機嫌になっちゃうよ、ついでに足も縛って川に捨ててもいいんだよ、所詮は戦利品の付属物なんだからさぁ」
「くっ!」
お姉さんは歯を食いしばるが、圧倒的に不利な状況を悟ったのだろう、肩を上下させ深呼吸しながら、ゆっくりと眉間に刻まれた皺を消していく。
別人のように穏やかな顔になったおっぱいの大きなお姉さんは、俺に眼を合わせると
「私はカリスティル・シル・アルディアよ!」
と、答えた、どうやら自らの置かれた状況を飲み込めたらしく、会話に応じる気になったらしい、おっぱいが大きいお姉さんからすれば今は不安な状況のはずだが、その目は不安を感じさせない強い輝きをもって俺を射抜いている。
よく見れば凄く整った顔をしていらっしゃる、目鼻立ちはとてもシャープなのに外人特有のゴツさがない、なんかドキドキする。
「俺の名はダーリン・ブランドル、気軽にダーリンと呼んでくれ」
「ええっ!」
反射的にヨモギが声を上げたことで、俺の自己紹介は台無しになってしまった、仕方ない仕切りなおしだ
「少し間違えた、俺の名前はタイサ・アズナブルだった」
カリスティルはとても苦い顔をしている、いきなり偽名を使った俺を警戒しているのかもしれないが、単に俺に呆れているだけかもしれない、その内心を量る術はない。
「奴隷狩りに運ばれていたってことはお姉さんは随分と態度が大きい奴隷なの?」
「私は奴隷なんかじゃないわ!」
話を聞いてみると、彼女はアルディア王国という今の現在地であるルーキフェア帝国から南方に位置する国の第三王女と自分を紹介した。
アルディアは隣国エスタークとの紛争で大きな損害を受け、停戦の調停役をルーキフェア帝国に要請する為に、王女であるカリスティルを使者として帝都ルシファルドへ派遣したが、奴隷狩りの襲撃で使節団は壊滅しカリスティルは奴隷狩りに捕らえられたらしい。
「使節団って奴隷狩りとかに壊滅させられるほどショボイの?」
「……」
「だって、そりゃあいつら強かったけど所詮三人だぞ、国家の使節団を襲える規模に思えないんだけど」
「……私と従者である騎士と……二人だけだったの」
「なんだその具体的にショボイ団体!仮にも国家の使節団だろ」
「これでも精一杯だったのよ!城はエスタークの軍勢に包囲されていて僅かな望みをかけて決死の思いで包囲網を突破してきたのよ!」
「決死隊が二人って、帰ったときにはもうそんな国、滅んでんじゃねぇの?」
「このっ!」
よほど俺の物言いが腹に据えかねたのだろう、カリスティルは手枷をつけたまま俺に飛び掛って、両手で俺の襟を締め上げてきた。
「痛い痛い痛い、ごめん、悪かったから離せって!」
「ふざけないで! 人の気も知らないで!」
「わかったよ、悪かったよ」
カリスティルをなんとか宥めて続きを促すと、紛争の調停にルーキフェア帝国を頼るのは、地方国家の常識らしい。
なんでも、ルーキフェア帝国を作った天帝ルシファルは、二千六百年前、この世界に今の秩序をもたらした創世の英雄で、現在はその世継ぎであるリーリンが、宰相として国を治めている。
この世界にある全ての国家は、ルーキフェアの認可があって、初めて国家として認められるらしい、その権威ゆえ、国家間の調停でルーキフェアの採決は絶対らしいのだ。
「要約すると、圧倒的な負け戦で滅ぶ寸前だから、ルーキフェアに間に入ってもらって、何とかしてもらおうってわけだな」
「言いたくないけど、そのとおりよ。一刻の猶予もないわ」
「ならさっさとそのルーキフェアの帝都に行かなきゃならんわけだな」
「……いえ……奴隷狩りに捕らえられてしまった時に親書を紛失してしまったの、もうアルディアに引き返すしかないわ。だから、その……」
「ん、どうした? 」
「その……急いで帰還しなきゃいけないの、だから馬を一頭頂けないかしら?」
少し考えたが……考えるまでも無く俺もヨモギも馬に乗れない、欲しいと言うならくれてやって情報を引き出したほうがいい。
「まぁそれは構わないけど、その代わりといっては何だが色々聞きたいことがあるんだ、それが交換条件ってことでどうだ?」
そう切り出した俺は疑問をいくつかカリスティルへぶつけてみた。
まずこのルーキフェアで何故、黒髪が懸賞金を出されるほど嫌われているのかについてだが、カリスティルにもわからないそうだ。
そもそも懸賞金が出されているのは黒髪だけだが、金髪、銀髪、金眼、碧眼以外の人間は、ルーキフェアでは全て下位の身分らしい。
ルーキフェア以外の国では黒髪を卑下する文化はないらしいことから、ルーキフェアからの出国をカリスティルは勧めてきた。
そんな話を聞けばもちろんこんな国はとっとと出て行ってやるつもりになった。
そして今いる現在地はルーキフェア帝国の南部で、この聖流をそのまま下っていけば宿場町があり、そこから国境を跨ぐホーリウォール山脈という山岳地帯が見えるから、その山脈を超えれば、複数の小国がひしめくガナディア大陸へ入れるらしい、カリスティルの国であるアルディア王国もその小国の一つだそうだ。
ある程度聞きたいことを聞いたし、カリスティルは一刻も早く国許へ帰参したいだろうから、サッサと開放してやることにした。
奴隷狩りの所持品の中から鍵を探り手枷を解いてやって、どうせ俺もヨモギも乗れないから一匹残っていた馬をくれてやった。
カリスティルは俺が見返りもなく手枷を外し、馬まで用意したことに驚いた様子だった。
どれだけ俺の評価が低かったんだ? カリスティルは俺の方に向きなおすと
「数々の無礼を働いてしまったことを心から謝罪します、そして心遣いに感謝します」と言い、優雅な身のこなしで、腕を胸の前に曲げ膝をついた。
余りにも品の良い雰囲気なもんで、ひょっとしたら本当にお姫様なのかもしれないと思った。
これがこの世界の連中の挨拶みたいなものかもしれないが、俺にはこの世界の礼儀などよくわからん、よくわからんので
「道中気をつけて、またどこかで」
実現可能な限りダンディーな声で言って、おっぱいを右手で掴んでみた、俺のいた世界の日本という国家において一般的なスキンシップだ。
こ、これは大きい、そして『バイーン』と効果音が聞こえてきそうな張り、この張りは普通のサイズでは絶対に出せないだろう、かといって硬いわけではなく、指先を柔らかに包み込むような……
『ゴグァ!』
カリスティルに思いっきり蹴られた、俺はバウンドしながら転がった、ちくしょう! いきなり何しやがる!
「なにすんだコラ!」
「なにすんだ、は、こっちのセリフよ!信じらんない!」
「何がだよ、おっぱいを揉むのは俺のいた世界の一般的な挨拶だ! ふざけんなよ、俺の祖国日本に謝れ!」
「はぁ? そんな、変態じみた世界の常識を持ち込まないでよ!」
カリスティルはなぜかすっごい不機嫌になり、気品もどこかに消し飛んでいた、偽者のメッキはすぐ剥げる。
対する俺は、祖国日本を罵倒されてしまったが、おそらく彼女もアルディア王国のことが心配で情緒不安定なのだろうと心情を汲んでやり、カリスティルの無礼な態度も寛大な心で許し、気持ちよく送り出してやろうと思う。
格が違う。
カリスティルは俺に虫でも見るような眼つきで一瞥をくれると、ヨモギに歩み寄り「ありがとう、元気でね」と言って頭を撫でると馬に跨った。
いつ仲良くなったのだろう? と疑問に思ったが、よく考えたら俺が寝ている間、ずっと面倒見ていたのはヨモギだった。
俺が寝込んでいた二日+一日の俺の間もカリスティルに水と食料を与えていたのだな、俺に断りもなく好感度上げてんじゃねぇよ! と心の中で毒突きつつも納得できた。
「では、さらばです」
そう言うとカリスティルは身を翻し馬で駆けていく、遠ざかっていくカリスティルの背中を眺めつつ
そういえば食料を一切渡していなかったな、と気づいた……




