9話 檻の中から
肉の焼ける臭いがする、それに混ざった獣臭い臭いが鼻を突き、パチパチと木の爆ぜる音がする。
「うっ」
体が痛い、そして熱い、そして重い、体を起こそうにも動かない。
特に肩の傷が酷く痛む。
まぁ思いっきり剣が突き抜けたからな。
あんな傷を負えば普通なら死んでる、普通なら……随分と傷の直りが早くなったのは自覚していたが、あれだけの重症でも死なないか……俺も化物じみてきたな。
空は真っ赤だ、赤い太陽の時間、辺りを見渡すと肉の塊を吊った物干し竿や焚き火、そして俺の体にかけられた兎の毛皮、獣臭い原因はこれか。
そして焚き火の傍にしゃがみ込んで、肉の刺さった串を炙っている緑色の髪の少女、ヨモギが見えた。
「なんだ、夢か」
思わず呟いた。
現実逃避だ。
いいじゃないか淡い希望を抱くぐらい。
ヨモギは俺の呟きを聞くと
「タイサああああああああああああああああ!」
ヨモギがジャリを撒き散らしながら猛烈な勢いで駆け寄ってきて、その勢いを殺すことなく俺に抱きついてきた。
いつからそんなハートウォーミングな関係になった?
てか痛い! 痛い! 痛い! すっげぇ痛い!
「いってぇえええええ! だろ、馬鹿ぁ!」
「ああっ! ごめんなさいタイサ」
ヨモギはハッとして俺から手を離すと、後ろに飛びのいて……左足を焚き火に突っ込んだ。
「あっつ!」っと跳ねるように焚き火か左足をら引き抜き、川に飛び込んむ幼き少女……コイツって実は馬鹿なんじゃないか?
ヨモギを視界から外し、視線を物干し竿の奥に向けると、三人の男たちの死体がポツポツと転がっている。
その更に奥、一頭の馬と巨大なムカデが佇んでいた。
二頭に繋がっているロープは杭に結んであるが、あんなデカイ生き物を拘束できるとは思えないんだけどなぁ――ん?
馬って二頭いたよな……俺は物干し竿にぶら下がっている肉の塊を眺めたが、それ以上考えたくないので馬は一匹しかいなかった、と、記憶を上書きした。
足を冷やしたヨモギと会話が出来るぐらい体が回復したのは、赤い太陽が沈んだ後になってからだった。
話を聞くと、どうやら二日間寝ていたらしい。
まぁ重症だったからな、むしろ二日程度で意識が回復するほうがおかしい。
しかしヨモギが嘘をついているかもしれないから信じてはいない、俺は自分すら信用していない。
だがそれでは話が進まないので、信じている風に聞いた話をまとめると、二日間ヨモギはつきっきりで俺の看病をして、例の傷が治る力も、使える限界まで使っていたらしい。
よく見れば俺の服も変わっているし、体に巻きついている包帯も、こまめに交換されているっぽい……てことは俺は何度も素っ裸に剥かれているってことだな。
ひょっとしたら如何わしい悪戯をされているかもしれない……まぁ俺の貞操に一銭の価値も無いのでそれは不問にする。
ヨモギの報告は続く、奴隷狩りの所持品に話題は移っていった。
まずこの世界で使われているらしい銀銭を入手できた。
俺にはその価値はわからないが、それが通貨ってことは見ただけでわかった。
人種が違ってもおっぱいはおっぱいだとすぐわかる、それと同じ事だ。
そして奴隷狩りが乗っていた巨大なムカデは、キャタピラポッドという魔物で、この世界ではわりと一般的な乗り物らしい。
ちなみに人を襲うのが魔獣、襲わないのが魔物と呼ばれているらしい。
貴族などのハイソサエティーは馬車を好むらしいが、輸送手段や大人数の移動手段として、キャタピラポッドはポピュラーな乗り物で、見た目はグロいが草食で大人しく従順な生き物らしい。
俺が寝ている間、ヨモギがキャタピラポッドに草原で食事をさせていたそうだ、身長一二〇センチ程度の女の子に乗り回される全長二十メートルの生き物か……絵ヅラがとてもシュールだ。
キャラピラポッドの荷台に入っていた奴隷狩りの所持品には、パンや調味料なども搭載されていて、さらに馬車の中で散乱していた装備、そして潰れずに残っていたオレンジ色の野菜なども、ヨモギが荷台に積み込んでいてくれたらしい。
これからの食糧事情に大幅な改善を期待できる。
話を総括すると、俺が寝ている間にヨモギはがんばっていたらしい。
まぁ一番がんばったのは奴隷狩りを倒した俺なんだけどな。
移動手段も確保できたし報われた気分だ。
とりあえず俺が寝ていたあいだに処理された案件の話は、一部を除いて片づいた。
ヨモギも俺に慣れてきたようで、この逃亡者のような生活にも一抹の希望が見えてきた。
「なぁヨモギ」
「はい」
「気になることがいくつかあるんだが聞いていいか? 」
「はい、何でも聞いてください」
「黒髪に懸賞金とかって言ってたがお前は知っているのか」
「帝都で懸賞金がかかっているとは聞いています」
「それは俺も聞いたから知っている。そこで質問だ、何で黒髪は嫌われているんだ?」
「わかりません」
「……」
おいおい、知らないのかよ。
「まぁ次の質問だカルマってなんだ?」
「貴族の人たちや冒険者、騎士のみなさんが持っている力、かな、タイサも少し持っていますよ、見えました」
「あの白い玉みたいなやつか」
「そうです、みんなそれを見てカルマと呼んでいました」
「あれって人によって量が違うんだけど増やしたり別の事に使えたりすんの?」
「わかりません」
「……」
超能力や魔法とは違うっぽいんだけどなぁ。
ヨモギが力を使う時にそんなの出てないからな。
「なぁヨモギ」
「なんでしょう」
「あのムカデに詰んである荷台って二個あるじゃん、後ろのは檻みたいな形だけど……」
「はい」
「あれに乗ってる人って誰?」
「……」
「いや、あの檻に入っている――」
「わかりません」
「……」
俺は今、物干し竿の下に敷かれた毛皮に横たわっているのだが、キャタピラポッドに搭載されている二つの荷台のうち、後方の檻のような荷台に人影が見える。
奴隷狩りと斬りあいをしている時には気づかなかった。
「あれ……誰?」
「……」
沈黙が辺りをつつむ、こういった場合は碌でもないイベントが発生する。
経験則だ。
ヨモギが何も話したがらないので、激痛発生器と化している自らの体に鞭打ち、後方の荷台まで歩いた。
車酔いのように世界がユラユラ揺れて吐きそうだ、痛いを我慢しすぎると気持悪い、になるんだね。
ふむ、檻には手枷をつけた二十歳そこそこの女性が、檻の中で、俺に鋭い眼光を向けていた。
俺より明らかに多い白いやつ……カルマを体に纏っている。
髪は透き通るほど透明感のある淡い赤髪、瞳も薄い赤、肌は白っぽいが汚れているから詳細は不明、服は汚れてはいるが白地に金糸をあしらった高級そうなものだ、だが問題なのはそこではないな。
その女性の汚い服の中に隠れている大量破壊兵器を俺は見過ごしてはいない。
特筆すべきことがある、端的に言えば凄い胸だ、何この迫力、服がはちきれて北○の拳しちゃいそうじゃん。
思わず視線が釘付けになってしまった、仮にも十六才のいたいけな青少年には刺激が強すぎる、言うまでもなく俺のことだ。
「え~と、どなたでしょう?」
恐々と俺が話し掛けると――
「あなた何者! 私に何をするつもり!」
「……」
俺は深いため息をつく、状況わかってんのこの人、あんた明らかに囚われの身だよ、今あなたの処遇を決められるのは俺だよ、わかってます?
もう少し丁寧な対応でいいと思うんだよ、初対面だよ、第一印象は大切だよ……
だが今の俺の状態では、万が一この女に襲われても対応しきれないだろう、俺の体はまだ満足に動かない、あれだけのカルマを持っている相手には慎重を期すべきだな。
うん、相手にするのはまた今度にしよう。
俺は踵を返し、再び毛皮が敷いてある物干し竿の方向に、ゆっくりと歩を進めた。
「マチナサイヨアンタ!」
「ネェ! チョットォ!」
何かおっぱいの大きな人が騒いでいるが俺は病み上がりだ。
正確には現在も大怪我で安静にしなければならない。
「ネェッテバ!」
「コラ! マテェェェ!」
何か騒いでいるが相手にする気力はない。
第一声でわかった。
あの人はおっぱいが大きいけど、おそらく面倒臭い人だ。
「コノママロウカラダサナイツモリ!」
対する俺は、死闘を潜り抜けた代償にズタボロの体、頭も碌に回らないほどのダメージを受けている。
面倒なことは元気になってから考えるべきだろう。
「オーイ!」
俺は毛皮の上に横になって直ぐに船を漕ぎ始めたが、胸の大きいおねぇさんは、まだ叫んでいる。
どうでもいいや。
俺の体が元気になってから聞いてやることにしよう……




