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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
1章 ルーキフェア帝国編
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閑話 北条秀人

 北条秀人。

 俺の親父だ。


 常に見透かしたような薄笑いを浮かべた中年だった。

 目付きは鋭く身のこなしは若々しいが、爽やかさの欠片もない。

 俺が物心ついたころから、この世界に来るまでその印象は変わらず、これからも変わる事はないだろう。


 俺は小さな歳の頃、さらに小さいガキだったせいもあり、デカイ奴にいいようにされていた。

 お袋に言わせれば「目つきが悪い」のが原因らしい、唯一俺と親父の似ているところであるらしく、お袋に毎日 (なじ)られたが、そんなことどうしようもない。

 親父は、俺にもお袋にも興味はなく、景色の一部のように振舞っていた。


 お袋は普通の人だった、普通の一般男性より裕福に見える親父を選んで結婚した。

 そんな普通の一般女性だった「そうじゃなきゃ! あんな男っ!」と本人が口にしながら、小さな俺に当り散らしていたから間違いないだろう。




 そんなお袋は、流れる月日と共に、親父に対する不満を蓄積させていった。

 下手に関わると殴られるので、俺は遠くから眺めているだけだったが、興信所だとか弁護士だとか色々な人に連絡を取り合って、何かしらの準備をしているのは感じていた。

 TVでよく放送していた離婚を煽る番組に影響されたのだろう。

 お袋は普通の女性だった、普通の女性が親父から財産を奪うことなんか出来るわけないと、子供でもわかっていた。




 俺の家は他人の眼からは裕福そうに写る家庭だった。

 古いが上質な家屋、車もそれなりの高級車、親父は社員なんか一人も存在しないペーパーカンパニーの社長で不動産収入もあった。

 お袋が離婚調停なるものを起こしたのは、俺が六歳の時だった、当時の俺は日々を過ごすので精一杯だったから、親父とお袋の事なんかに関心はなかった。




 暫らくするとお袋が家から消えた、親父は俺に何の報告もしてくれなかったがお袋が負けた事だけはわかった、親父が負けるところなんか想像できなかったからだ。

 俺の家は裕福でもなんでもなく、家は社宅名義、車は営業車両であり、我が家を裕福に見せていたのは、額面上カスのような評価額しかない親父の会社だと知ったのは随分後になってからだ。

 親父を裕福に見せていたのは親父の会社、お袋が手を突っ込んだ親父個人の財布はカラッポだった。


 お袋は一般サラリーマンより書類上は貧乏な親父相手に、多額の財産を奪いにいって、何も手にすることなく姿を消した。


 俺は親父に「お袋についていきたい」と勇気を振り絞って伝えた、お袋は普通の人だった、親父と一緒に生活するよりお袋と一緒に家を出たかったからだ。

 親父と会話をしたのは二年ぶりくらいだったかな。


『雪子にお前を引き取らせると養育費などで金が掛かる――本当に馬鹿なガキだな』

 俺は親父の正しさに絶望した。


 お袋が家から消えた次の日、俺は親父と付き合いのあるおっさんが、趣味で経営している剣道場に放り込まれた。




 次に親父と会話をしたのは、俺が顔を腫らし、血塗れの鉛筆を握り締めて帰宅した日だ。

「お前のせいで学校に行かなきゃならなくなった」

 そう俺に毒突きつつも親父の眼は笑っていた、濁って脂ぎった爬虫類のような目で笑っていた。


 学校に行ってみると、先生は新しい担任に変わり、俺から搾取していた連中は転校していて世界が変わっていた。

 あの親父が俺を助けてくれたのか? 疑問に思いながら帰宅すると、家に古物商が来ていて、親父がギラギラした時計を熱心に選んでいた。

 経費で落とせないであろう贅沢品を吟味する親父を見て、俺を踏み台にして小遣い稼ぎをしたのだろうと理解した。


 あゆむが俺と一緒の剣道場に通うようになったのは、その次の日のことだった。


 それ以来、親父と話をする機会は少しだけ増えた、お袋がいなくなったのだから、当然家のことをしなければならない。

 親父は正しい、人間として醜く腐りきっているが合理的でいつも正しい。

 あゆむの母親は、すぐ新しい男に乗り換える尻の軽い女だった、普通の女性だが尻の軽い女だった。

 だからだろう、母親の彼氏や義父の待つ家に帰りたくないあゆむは、親父の勧めで俺の家に毎日のようにくるようになった、飯を作りに。




 親父にも仲良くしている人間はいた、弁護士や税理士、不動産鑑定士、そんな一部の常識的社会人連中は可愛いもので、社会的に問題のある連中の方が多数を占めていた。

 その手の連中はよく俺に話しかけてきた。

 このクズどもは、みんな金と親父が大好きだった。


『悪いことで儲けている連中は可愛いものだ、金の価値を下げようとはしないからな』

『本当のカスは、金にもならないのに悪ぶって、治安を乱したり暴れたりする連中さ』

『金ってのは、普通に働いているモブがいてこそ価値が生まれる』

『誰一人働いてない国の通貨をいくら持っていても無意味だろ?』

『本当に賢い奴は、自分以外は真人間でいてほしいもんさ』


 暇な時に、俺やあゆむを捕まえて、このクズどもはよくこんな話をしてきた。

 俺やあゆむが言語機能を喪失しなかったのは、こいつらのおかげだろう。

 普通の人との距離の計り方や、会話の仕方は誰も教えてくれなかったがな。




 高校までそんな生活を延々と繰り返していた。

 俺は親父が嫌いだったが、考え方に毒され、思春期でグレてみたりビッチ化したりしている連中を蔑みながら生活していた。

 普通のサラリーマン家庭で育っているくせに、何が不満なのか理解できなかった。

 代われるものなら俺はそっち側がよかった。


 高校までと区切った理由は、あゆむが家庭の事情で、高校へ進学せず家を出る話になり、親父があゆむの学費を出すという話になった時だった。

 他人の家の事情に土足で踏み込む事も、親父が余計な事に金を使う事も理解できなかった。

 親父には何の利益もない。


 親父は話がまとまると、あゆむを家に呼び「この北条秀人がお前の学費を出してやる」とだけ言った。

 学費の見返りに何も要求しなかった、あゆむに身体の要求をしたら親父を殺すつもりで身構えていた俺は肩透かしをくった。

 その時の俺には親父が理解できなかった。


 この世界に来た今ならわかる。

『あゆむは小さい時から親父に懐いていたから』

 ただそれだけの理由だ。

 親父は酷いクズだ、利益を挟まない関係の外で好かれることのない人間だ。

 お袋でさえ親父と結婚した理由は金目当てだ。

 存在しているだけで人に好かれている人間は、意味もなく嫌われると気が動転する。

 反対に、存在しているだけで人に嫌われている人間は、意味もなく好かれると気が動転する。

 無条件で見返りを求めず懐いてるあゆむには、親父も接し方が分からなかったのだろう。 


 


 親父は、あゆむに我が家の夕食を作りに来させたり便利に使っていたが、実家では邪魔者扱いで何も持たせてもらっていないあゆむに、小遣いや携帯電話なども持たせたりしていた。

 小遣いは俺より多かった。


 何かを与える度に親父はもっともらしい要求をあゆむに出していた、あゆむと俺が結婚する話もその中に含まれる、親父はあゆむに対する照れ隠しの為だけに俺の人生を決めた。

 親父にとって俺は物だった、俺が拒否できないと見透かしていた。




 あゆむは俺のいいところを『秀人さんの息子だから』と臆面もなく言い切る。

 俺の悪いところは『秀人さんに似ていないところ』『秀人さんを嫌っているところ』と臆面もなく言い切る。


 親父のどこに良いところがあるのかは今でも理解できないが、親父の正しさは、いつも俺に劣等感を押し付けてきた。

「まともに働けよ」と言った事がある『働いているから金があるんだろ』親父は返答した。

「見た事ねぇ」言い返すと『見えないから負けるんだよ』と失望したように吐き捨てられる。


 親父は俺を失敗作だと評価していた、不純物、まぁお袋の事だろう『遺伝は優劣に関わるが、どれだけ片側が優秀でも二分の一はそうではない不純物を混ぜなければならない』『クローンの方が楽しめたかもしれないな』

 俺は親父の好奇心を満たすために生まれてきたらしい、そして結果が出た瞬間にお袋は親父の中で役割を終えたのだろう。


 親父は醜く歪み普通の人からは好かれることのない人間だ。

 だがいつも正しい、綺麗事や建前を越えていつも正しかった。

 負けないことが全ての正しさを正当化する。


 この世界に来て、この命の軽い世界に来ても、なお生きながらえているのは親父の息子だからなのだろう。

 場当たり的な状況に陥り、危機を誘発したり傷を負ったりするのは俺が混ざり物だからなのだろう。


 わかっている、親父ならいつも正しく立ちまわり、旨い汁だけ吸い続けるってことくらい。

 俺は本当の正しさを記憶に残しつつも正しく生ききれない不良品だ。




 だからこそ不良品でよかったと思い生きていこう……

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