両親
広い、地平線まで黄金色に輝く小麦に埋めつくされていた
豊穣の土地。肥沃な大地。しかし人間にとって決して優しい土地ではない
辺境の村アルール
国の南東端に位置する村は、魔獣の棲息域と接し常に危険にさらされていたのだ
そんな村の平和を守っているのは仲睦まじい夫婦
私の両親だった
筋骨隆々でイカつい顔に似合わずとても優しい父
厳しいが若く美しい自慢の母
二人は有名な戦士と魔踏使いで、国の依頼を受けて村に移り住み警備隊を束ねていた
警備隊は日常的に狂暴な魔獣を撃退し続け、村人からの信頼も厚かった
そんな両親を持つ10にも満たない幼かった私は、自分までもが強い気でいたのだ
弱い人々から信頼され、尊敬されているつもりでいたのだ
だが、しかし
ある夏の寝苦しい夜
やつらはやってきた
甲高い悲鳴が静かな夜を切り裂いた
私は外の様子を確かめる為扉を叩き開け飛び出した
…見慣れた村はまるで地獄になってしまったかのようだ
光源の乏しい深い闇の中、逃げ惑う村人と追い回すスケルトンの姿だけが見えた
スケルトン。人型の魔獣。シルエットこそ人型だが肉も知能も持たない髑髏。一般的な兵士ならば1対1で相手どれる程度の強さではあるが、問題はそのタフさにある。腕を斬り飛ばされようと頭だけになろうとも殺意が弱まることはない。斬り合うことなら1対1でも出来る。だが破壊しようと思うならば人間5人を相手にするよりも遥かに難しい
そんな厄介な魔獣が、闇に浮かび上がるだけでも両手では足りない数見てとれる
気配や悲鳴からするに数倍の数はいるだろう
勇んで飛び出したはいいがすっかり怖じ気づいた私はよろよろと後ずさった
濡れた地面の上、何かが足にぶつかって尻餅をつく
バシャっという水音に自分の手を見ると血がベッタリと付いていた
暗くてよくわからなかったが、地にはたくさんの死体が横たわっている
足元には隣人の頭部があった
思わず「ひぃっ」と小さな悲鳴をあげてしまう
すると近くにいたスケルトンが、赤く輝く眼窩をこちらへと向けた
(気付かれた!)
腰の抜けたまま無様に逃げる私の目の前に一体のスケルトンが立ちふさがった
もうダメだと頭を抱え込むと、鈍い音が響いた
「おいミシェル、血だらけでひでぇ姿だな。ずぶ濡れで小便もらしてたってわかりゃしねぇ」
頭を上げると槍を持つ父の姿があった、槍の先端には光を失った髑髏
「父ちゃん!」
「おう、怖かったろ。後は父ちゃんと母さんに任せな」
『ヒート・レイ!』
母の歌声が響き渡ったかと思うと、私の横を熱線が通り過ぎ、後方で爆発を起こした
「ちっ、スケルトンには火じゃダメだね。バルザック!私は援護に回る。手近から仕留めていって」
「おうさ!カレンは救助を最優先に」
『ステーアー・ルミネイト』
母の放った魔法が打ち上げられ、空に小さな太陽が出来たかのように周囲が照らし出される
スケルトンたちは一斉に光源を見ると、眩しいのか動きを止めた
「動ける者はこっちへ走って!動けない者は大声を出しなさい!」
東から2、西から1、声が上がった
瞬時に父が東に走り出し、母が西に向かい歌い始める
『ブロー・ドュロー!』
一陣の風が吹いたかと思うと、西に群がるスケルトン達と助けを求めた少女が眠りに落ちたようだ
父は一直線に駆け、槍の届く敵を一突きで葬りながら村人を保護する
言葉も交わさずにこの連携、凄まじい
見惚れていると、母がこちらに目を向けた
「ミシェル、あの寝ている子をここまで連れてきて」
そんな!?
「む、無理だよ!」
意図はわかる。動ける村人達がぞろぞろと集まっているのだ。母はここを離れられない。しかし…
「ダメだよ…、こわい!」
私は腰を抜かしたまま、立ち上がることすら出来なかったのだ
「くっ、仕方ないわね。衛士は誰かいないの!?」
集まった村人に呼びかけるが、返ってきたのは無情な宣告だった
「オラ達は真っ先に衛士さんの詰め所に逃げ込んだんだ。あそこは…、死体の山だったよ」
苦々しげに歯噛みする母
そうこうしているうちに屈強な父が二人の村人を小脇に抱えて戻ってくる
「…あいつらやられちまったのか。カレン、近くの骨は片付けたが村の出口は埋め尽くされている。デカいのを歌っとけ!俺は寝かせた子を抱き上げにいく」
抱えてきた2人を動ける村人に渡すと全速力で駆けていく
すると母が大きく息を吸い込み「ラ~~~」と声を響かせ始めた。母を中心として巨大なエネルギーが集まっていくのがわかる
30秒も声を響かせ、エネルギーがうねり始めた頃、父が小さな女の子を抱えて戻ってきた
「よし、今だ!おまえらはカレンがぶちかましたらすぐに門に向かって走れ!!」
母が両手を前に突き出す。エネルギーを突き飛ばすイメージ
『ト・イクスラスト!!!』
集まったエネルギーが突如眩く輝き始めたかと思うと門に向かってゆっくりと滑り出す。直後、巨大な光球と母の間の空間で小爆発が起こる。弾き出される形で急加速した光球が、道すがら髑髏を薙ぎ倒し、閉まっていた門を吹っ飛ばして彼方へと消えた
全員が一斉に走り出す
しかし老人や怪我人に肩を貸す人達の足取りが遅い。間違いなく追いつかれてしまう
父と母は足を止め、殿へと躍り出た
「ここは俺達が引き受ける!門を出て真っ直ぐ進めば半日ほどで魔法都市に辿り着くはずだ。転ばないように走れ!」
それからの2人の戦いようは圧巻だった
槍で演舞をしているかの如く美しく跳ね回る父。流麗な演舞で足元に骨の山を重ねていく
母は父に合わせるように凛とした歌声を響かせ、父の死角を突こうとする敵を吹き飛ばす
母が攻撃を受けても最小限の動きでスルリと避け、体勢を崩した敵は頭を槍に貫かれる
戦いではなく演劇を見ているようだった
私はいつまでも見とれていたかった
「ミシェル何してやがる。お前もはやく逃げろ」
「一緒じゃなきゃヤダ!」
「バカ言うんじゃねぇ。こいつら100体近くいやがるんだ。とてもじゃねぇが全部倒すのは無理だ」
「なら一緒に逃げようよ」
「ミシェル、よく聞きなさい。お父さんとお母さんは皆のためにここで足留めをしなくちゃならない。だけどそろそろ取り囲まれつつあるの。お願いだからミシェルだけでも逃げて」
そんな
それは両親が囮になるということではないか
2人は逃げ切れないということではないのか
「絶対にイヤだ!」
「いいから行きなさい!!」
母が美しく一回転しながら歌う
『ラート・リープ・フォス・サテライト』
すると母を中心に浮かんだ4つの光球が放射状に広がり、水面の波紋のように光のリングが広がった。同時に頭上に浮かぶ光源が消えた。あたりからドサッという音がいくつも聞こえた
「今のじゃ胴を両断する程度しか出来ていない!はやく走って!」
闇に閉ざされ、涙に濡れて何も見えない中、必死に走った
振り返る余裕さえなかった
そして私は森の中へと迷い込んだのだった
はじめまして
初投稿となります
拙いうえに冗長ではございますが、何卒よろしくお願いします