N0.8 てんにゃ著 「山」
私は滝が大好きで、1km先に小さな滝がある山里に引っ越してきた。
天気が良い日は、農作業の後にわざわざ滝まで歩いて来て、お昼を食べる。
暑い夏の日には、滝で水着に着替えて泳いだりした。
滝に来る時は、必ず1人で来た。
山里の村人は優しい人ばかりだったが、ここへは一緒に来たくなかった。
それには、訳がある。
村に越して来て1年目の真冬。
私は、かなり落ち込む事があって、眠れないまま夜明けごろ滝に来た。
滝の所々が凍っていて、日の光を浴びた滝は、舞台装置の様に光が色んな色に変化して、ほんとうに美しかった。
滝の淵で見とれている私に、氷の光が反射して、スポットライトのように薄オレンジ色の光が当たった時。
目の前に、白い龍が現れたのだ。
龍の姿は、真っ白で淡い霧で覆われていた。
龍の顔だけがはっきりと見えた。体は、滝全体をくねくねと包むように伸びていた。
私は、急に表れた龍に驚いてしまって、唯、視線を合わせてしばらく固まっていた。
どの位見つめ合っていたか分からない。
先に動いたのは白龍だった。
完全に日が上がると、白龍は私の体に向かってきて、そのまま体を通り過ぎて煙のように消えてしまった。
その時、白い暖かな炎が私の胸の奥に灯った。
すっかり泣きそうになった事も忘れて、私は、夢心地で家に帰った。
それから、私が村人とうまくいかなかったり、寂しくなったり、落ち込んだりすると、胸に白い炎が産まれて、嫌な感情を消してくれるようになった。
そして、次の日には、明るい気持ちで日々を過ごせるのだった。
あれから何年も経ち、私はすっかり村人の一員になれた。
農作業もマスターして、村のお祭りでも、何でもこなせる様になった。
そんなある日。
夢の中に、白龍が現れた。
私は、夢から覚めると、急いで走って、走って滝にたどり着いた。
しばらく待っていたが、何も現れなかった。
そのまま滝壺の中を泳いで白龍を探してみたが、ダメだった。
ただ諦めて滝から上がった時、滝全体が白い霧で覆われて雲の中にいるような景色に変わっていた。
私は家に戻った。
そして、ある事に気がついた。胸の中の白い炎が消えて無くなってしまった事に。
でも、不思議に悲しくも、寂しくも無かった。
素直に、さよならを心の中で、白い炎に向かって言えたのだ。
今、私は所帯を持ち、子供も男の子が1人で来た。
死ぬまでこの村に住むだろう。
だからこそ、また、あの白龍に会いたい想いは募るのだ。
この村の土となったら、彼に会えるのだろうか?
生きているうちに、この目で再び会いたいと言うのは、強欲と言うものか・・・・
私は、彼に会いたい、恋しい気持ちがあふれて、泣き出しそうになる。
滝の淵で、本当に泣きだしても、白龍はニ度とその姿を現す事は無い・・・・・
(了)




