NO.7 BENクー著 「山 『亀の御山《クィのおやま》』」
・・・これはまだ人間が自然を「神」と敬っていた頃の話しである。
『御山がきれいだ……』
真っ赤に染まったた御山のふもとを見上げながら、亀はブルッと一つ武者震いした。これから御山に仕掛けた罠の回収に行くのだ。
晩秋を過ぎて日一日と肌寒さが身に沁みてくる中、おそらく今日が御山における最後の狩猟日になるだろうと亀は考えていた。「御山のふもとが赤く染まったらもう今年の狩りはできない」と代々言い伝えられているからだ。
言い伝えどうり、赤く染まった後の御山には鳥獣の声が響かなくなる。亀は鳥獣の声を聞くことで狩猟時期を判断する山住の一族なのだ。
早朝、真っ白な息を吐きながら細い山道を登り、途中目印を付けたところに来るとその都度仕掛けてある罠を確認する。もし途中で獲物が掛かっていても一旦素通りし、山の一番奥に仕掛けた罠まで行った後、降りてくる道すがらに獲物を集めるのが狩りの手順だった。
数時間後、一番奥の罠を確認し終えた亀は、中食を済ませると早速御山を降り始めた。今年は寒さの到来が早いようで、途中確認した罠に掛かっていた獲物は数えるほどしかいなかった。
半ば気落ちしながらも、ふもとに戻るまでに新たな獲物が掛かっていないかと淡い期待を抱きながら亀は御山を降って行った。
すると突然、1匹の野鹿が目の前に飛び出してきた。こんなことは奇跡以外の何物でもなかった。そもそも獣が人が歩いた道に出てくることなどないからだ。
『御山の神の御導きだ!』
亀は思わぬ大物との出会いに、手にした槍棒をす早く突き出した。すると、見事に野鹿の後ろ脚に突き刺さり、野鹿はドウっと音をたててその場に倒れ込んだ。
亀はすかさず駆け寄ると、手にした石斧でザクッと野鹿の喉元を横に薙いだ。溢れ出る血に塗れつつ、ピクピクと体を痙攣させながらしばらくして野鹿は息絶えた。
『御山の神、有難し!』
亀は野鹿の血に指を浸して自分の額に塗りつけると、その場に膝を折って恭しく石斧を掲げながら何度も神に祈りを捧げた。狩りの成功は神の思し召しであり、必ずすぐに感謝の祈りを捧げねばならなかったのだ。ましてや野鹿を仕留めるなど個人ではほとんど不可能な出来事であり、亀は嬉しさのあまり、我を忘れて祈りに没頭した。
すると、祈る亀の背後の草むらが揺れたと思った瞬間、亀の身体は野鹿と折り重なりながら山道の先へとふっ飛ばされた。そこには真っ黒で大きな熊の姿があった。
『熊の領分に入ってたか……これが御山の思し召しか……なら仕方ない……』
一撃でアタマを割られた亀はこう呟くと、薄れゆく意識の中で降っている山道の先に目を向けた。そこには林間からふもとの景色が見えていた。
ただ亀の目には、何もかもが真っ赤に映るだけだった・・・
(了)




