NO.6 lily著 「紅葉 『聞き耳』」
小さい頃、私は色々な物の声を聞くことができた。
ドールハウスに並べたお人形達のませた会話。
白い砂浜に落ちている貝殻たちの澄んだ歌声。
演奏する人もない、博物館に飾られた楽器たちの嘆き。
向こう側から見物人を眺めている美術館の絵画たちのくすくす笑い。
どの声も面白かったが、植物の声には到底及ばない。
彼らの命には明確な終わりと始まりがある。
だからだろうか、彼らは非常に人間に似ていた。
桜はおしとやかな大和撫子。
薔薇はお高くとまっていて、嫌味。
松は穏やかで思慮深い。
どの植物の声も好きだったが、とりわけ私が一番好きだったのは紅葉の声だ。
華やかでお喋り好きの彼らの声は聞いていて飽きなかった。
*
今年も明るく染まったねぇ。
日射しがよわくなったね、まったくせいせいするよ。
風だよ、風!もっと揺らしておくれ。
今年も掃かれちまうのかねぇ。
そして燃やされちまうのさ。
木にぶら下がっているうちが花だよ、あたしたちは。
葉ではあるがね。
散ればあたしらはごみ同然だと言うのかえ?
その点、桜は羨ましいこった。散っちまっても愛でられてやがるんだぜ。
そりゃお前さん、桜を集めて燃やしても芋は焼けんよ。
嗚呼、色づいた少しの間すら退屈だよ。
昔は向かいに大きな山が見えてねぇ…、たいそうな色男だったよ。
あの頃の私たちが一番美しかったね。
あの山が囲む木々に焼きもちやいて、カッカッしてたからねぇ。
若かったのさ、すべてが楽しかったよ。
箸が転げても可笑しい年頃だったからねぇ。
次の雨はいつ来るのかね。
あと3つ夜を越したら確実に来やがるそうだ
小鳥がそう言っていたのかい?
いや、風が惚気やがるんでい。
雨と風は仲が良いからねぇ、妬けちまうよ。
妬きな、妬きな。わたしたちはカッカしてたほうが綺麗なんだから。
また寒くなるよ。風も強くなる。
嗚呼、嫌だ。
風、風。良い気分じゃあないか。
おや、子供があたしたちを見ている。
嬉しいねぇ、まだまだわたしたちも捨てたもんじゃないのかね。
おい、そこの童。あたしたちは綺麗かえ?
お若いの、のんびりしていきなされ。芋を焼くだけが葉の仕事ではないぞ。
―本当に楽しかった。
*
それから私は大人になり、もう彼らの声は聞こえなくなった。
―少しだけ、寂しいな。
真っ赤に染まった懐かしい木にもたれ掛かり、私はそう思った。
私の頭上に広がる赤、赤、赤。
それは神々しいほどの生命力に満ち溢れていた。
青々とした若葉も良いが、やっぱり燃えるような赤が良い。
勇気を与えてくれるから。
それからの私は、何かに惹かれて寄り道をしないよう眼を瞑り、聞こえてくる声たちが怖くてしょうがないから、耳を塞いで生きてきた。
だから捨てられる人形の嘆きも、展示された楽器たちの恨みつらみも、無残にも手折られる薔薇たちの懇願も、散り行く紅葉たちの別れの言葉も――何も聞かなかった。
だけどこれで良かったのだと思う。
私が向き合うべき相手は、もう彼らではない。
私が今、心から向き合うべき相手はもっと近くに居る。
―次はこの子の声を、ちゃんと聞いてあげないと。
私は膨らんだ自分のお腹を優しく撫でた。
*
おや、あの童だよ。
大きくなったねぇ。
忘れられちまったかと思ってたんだがね。
だけどわたしらは忘れんよ。あの子はよく、聞き耳を立てていたから。
ごらん、ややこがいるよ。
おやまあ、良いねぇ。
ややこ、あたしたちを早く見ておくれ。
ややこ、ややこ。
(終)




