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自作小説倶楽部 第1冊/2010年下半期(第1-6集)  作者: 自作小説倶楽部
第5集(2010年11月)/テーマ「紅葉」&「山」
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No.2  しゅーひ 著 「山 『里子の山』」



私が里子と出合ったのは大学2年の時。ロクに活動していない部に所属し、楽しければよく酒とタバコとぬるま湯の生活だった。部室という名の溜まり場で、金のない私は仲間と共にいりびたっていた。対面のドアには山岳部という看板が見える。


あるとき、いつものように部室でタバコを吸っていた。暑いのでドアも開けっ放しだ。すると、対面のドアがひらいて、見知らぬ女が出てきて叫んだ。


『ちょっと! 着替えるからどっかに行って!』


部室の中にいる私と、廊下を挟んで山岳部の部室からにらむ女。


『着替えるなら勝手にしなよ。 ドアを閉めればいいだろう?』

私はタバコの灰を落としながら女に言った。


『暑いからドアを開けて着替えたいの! アナタが要ると開けられないでしょ!』

『わかったよ。じゃぁキミが着替える間はドアを閉めるさ』

『ダメよ! 私がパンツ一枚になったときにアナタが開けないって保証がないわ』

『そこまで言うなら、そっちを閉めればいいだろう?』

『暑いからイヤだって言ってるじゃない!』

『わかった。キミが着替え終わるまで向こうに行けばいいだろ』


私はタバコを消して部室を出た。


なんだこの女。メチャクチャだ。


校舎の廊下で一人まぬけ面で天井を眺めていると、さっきの女がやってきた。


『ご協力感謝ね。あ、アタシは三島里子。不健康そうなアナタはだ~れ?』

『・・・・・成瀬』

『そう、よろしくね成瀬クン。覗きには来なかったのね。ありがとう、またね』


里子は当時1年生。見知らぬ先輩にクン付けをするような女で、自分の主張をゴリ押しする女というのが第一印象だった。



ウチの大学の山岳部は名前ばかりで、ハイキング部と言ってもおかしくないところだったそうだ。そういうのに引かれて里子は入部したらしい。部員も女性ばかりで、今でいう所のサークルに似たものだろうか。


目の前の部室が女性ばかりだなんて、全く知らなかった。


それから、ちょくちょく部室の前で里子と会うようになり、他の女性メンバーとも友達になり、こちらの仲間も合わせて仲良くなっていった。


私たちは車があるが女日照り、向こうはハイキングの場所までの足の確保という双方にとってメリットが多々あったのだ。

楽しい方に流れやすい野郎ばかりだったとも言える。


ありがとう成瀬!と涙を流しながら私の肩をバンバン叩く仲間もいた。


交流部会という名の下、私たちはグループでハイキングに行くようになった。

私の助手席には大抵、里子が乗っていた。出会いは最悪に近かったが、話してみると一番フィーリンが合ったのだ。


二人だけで出かけるようになり、ベッドを共にするのにもそれほど時間はかからなかった。何度目かのベッドの中で里子が聞いてきた。


『そういえば、最近タバコ吸ってないのね。やめたの?』

『里子と一緒に山を歩くと息切れするからな。体力が削られるようなモノはやめたんだよ』

『ふふふ~偉いねぇー。そんな成瀬クンにキスをプレゼントしちゃおう♪』


何気ないやり取りだったが、今思うとこの時がいづれ里子と一緒になろうと決めた時だと思う。

だから、里子が大学を卒業すると同時に結婚した。


『せっかく、大学出たのに就職先が成瀬クンかぁ。まぁそれも人生だね』


結婚後も私たちはよく山へハイキングに出かけた。娘が生まれてからも、家族三人でよく山歩きを楽しんだ。


娘が17歳になったとき、里子が白血病と診断され1ヵ月後に、まるで急ぐようにこの世から消えてしまった。


あれだけ元気だった里子がみるみる衰弱していく姿を見るのは正直辛かった。


里子は娘の高校の卒業式も、大学入学祝いも、成人式の晴れ姿も、就職祝いも出来なかった。

私は仏壇の里子に報告するたびに涙を流した。


『今度の休みは上高地に行こう。いつか行きたいと思って楽しみにしてたのよ』


生前の里子との約束が果たせないまま8年の時が過ぎていた。

私は里子を失ってから一度も山に行っていない。


里子に何故そんなにハイキングに行きたがるのか聞いたことがある


『ん~アタシは山を見ないと息が詰まって死んじゃうからかなぁ~?だから、ほって置くとアタシ一人で行っちゃうよ』


ふと、振り返ると成長して里子に似た娘が立っていた。

娘は古ぼけたパンフレットを差し出した。それは里子と約束していた上高地の旅行パンフレットだった。


『部屋を整理していたら出てきたの。何か気になっちゃって』


と娘が里子と同じ瞳で語りかけてきた。

娘も私と同じように母である里子を想ったのであろうか。


『今度の休みに上高地に旅行をしよう。山好きの母さんは一人で待っているはずだ。8年も待たせてしまったね』


娘にそういって古いパンフレットを机の上に置いた。


娘が微笑んだ。

笑顔はありし日の里子にそっくりだった。


(了)



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