No.1 まさ 著 「紅葉 『老人と紅葉』」
ああ、今年もあれの季節になったのか。
あれが色づけば、私はベッドの上で息子の苦しんでいる様子を思い出すし、あれが落ち始めれば、私は息子の今際の間際の顔を思い出す。
まったく以って、あれはいけない。あれを見ると私の胸の内に、やけつくような痛みが去来する。息子の亡くなった後に、夫婦関係がぎくしゃくしはじめて、ついに女房に別れ話を切り出されたときも、丁度あれの木の前でのことだったと思う。いや、違うな…いや、そうだ、美しい桜に目を取られていただけで、あれの木は私たちの見える場所に確かに立っていて、(美しい)桜の木々に隠れてじっと私のことを見つめていた。いっそあれと面を合わせて罵倒したい気持ちに駆られるが、所詮は植物に過ぎない。私の気持ちなど、知ったことではないだろうし、逆恨みも良いと(あれの心のなかで)言われるのが落ちだろう。
さあ、もう行かなければいけない。そろそろ仕事の時間だ。この息子に死なれた一人暮らしの老人の苦衷も関係なく、あれは、四季に合わせて淡々と色付き、そして散り、また芽吹き、そしてまた色付き始めるのだろう。
私の寂寥をよそに、あれは美しく、そして逞しく生きていく。なんという屈辱か。あれは私にとって、まさしく、不幸の象徴なのかもしれぬ。
(了)
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参考文献 .井上靖氏著「比良のシャクナゲ」




