N0.12 ジャム著 「衣替え 『煙草の火』」
秋風が身体に刺さる夕暮れ時、牧野秋は中心街の中でふと足を止めた。今は秋、それを思い出す。そろそろ衣替えの時期である。
入り口に立つと、ガラスのドアが滑らかに開き、彼女を迎え入れる。「いらっしゃいませ」の声が飛び交う中、牧野は冬物の所に向かった。
彼女は特にファッションというものに拘った事はなかった。流行というのもどうでもよかったし、見知らぬ人間にお洒落な自分を見せ付けるという行為が、理解できなかった。ただ、人並みに夏は涼しい格好を、冬は暖かい格好をしたいだけだ。
黒いコートを見つけて手に取る。
身体に当ててみると少し大きかった。
そういえば毎年コートを着ているような気がした。人を寄せ付けないように、外見までも防御していると見せたいからだろうか。つくづく自分は、人間と言う生物として生きていく事には、向いていないなと牧野は自己分析をした。
ゆっくりとため息をする。
しかしもう衣替えの時期、数年に一度は違うのを着てみようと思った。
コートがある場所を離れジャケットの所に行く。
適当な物を取って身体に当てる。サイズはまぁまぁだ。
他にも色々見て歩く。
不意にお客様、と聞こえた。振り返ると店員が立っていた。さっきのお客様に追加して、「どのようなものをお探しでしょうか?」と言った。
「えーっと、特にこれといったものは……」予想だにしなかったので、少し声がびっくりした。
「今年の流行はこちらです」店員は笑顔で言いながら、近くにあったジャケットを持ってきた。「これなんてどうでしょう?」
「あ、良いですね……」社交辞令として答えた。それからできれば、と続けた。「流行というより温かくて、できるだけ軽い物がいいです」
「それでしたら、あちらになります」
店員の後を追う。
面倒な事になったと聞こえないように舌打ちをした。
正直な所、牧野は自分には話しかけないで欲しいと思った。いちいち相手をするのも面倒だし、何も得るものがないからだ。時間の無駄以外の何ものでもない。あれがいい、これがいいと言われた所で、結局決めるのは本人ではないか。しかし、自分で決めれない人間もいるのも否めない。ある程度のガイドラインがないと、動けない人間はある意味で幸せだ。
それはそれで仕方ないと理解できる部分もある。
少しイライラしたせいで、煙草が吸いたくなったが、我慢する。
結局ジャケットとマフラーを買って店を出た。もう空は矛盾を孕んだ黒に染まりつつあった。
ある程度歩いてから、自動販売機を見つけた。熱いブラックコーヒーのボタンを押す。すると、LEDで出来た釣竿に魚が掛かった。そして釣れた。どうやら「当たり」というやつらしく、もう一本選ぶことができた。5秒考えてコーラを押した。
人混みに立ち向かった自分へのご褒美だろうと牧野は思った。
それから近くのベンチまで行き、休憩をすることにした。人混みで精神的にも体力的にも疲れたからだ。
ポケットから煙草を取り出して、火を点ける。
さっきはよく我慢したと思った。
いつもなら頭に来て、さっさと店から出て行くはず。少しだけ大人になったのか、それとも外見だけでなく、内側まで衣替えをしたのだろうか。
どうせ答えは出ないだろうという予感にしたがって、牧野は思考を中止した。
彼女は煙草を咥えながら夜空を見上げた。
所々に星が輝いている。
視界の煙草の火も燃えていた。まるで燃え尽きる星のように。




