NO.10 灰猫 著 / 衣替え 『勿体無い』
お題「衣替え」 副題「勿体無い」
「兄ー」
衣替えをすると言って
朝から収納ケースをひっくり返していた妹の声が聞こえる。
めんどい。
聞こえないフリをしようかと思ったが
後から小言を山盛りごちそうになるのはもっと面倒なので
しぶしぶ妹の部屋へ向かった。
ぺたりと、床にじかに座る妹の周りには洋服が散乱している。
洋服の上に、何かを包んでいただろう小奇麗な包装紙とリボン。
妹の手には手袋が嵌められていた。
「兄ー?」
「なに」
目があうと、妹は座ったまま両手を突き出し、
何度かニギニギと手のひらを結んだり開いたりしてみせた。
見せたいのは手ではなく、手袋だろう。
真新しい、黒いレザーの手袋だ。
「貰いモン?」
「うん」
「いつ貰ったん?」
「去年のクリスマスだったかな」
はー
露骨に息を吐いて、床に座った。
洋服踏まないでよと言う苦情は無視した。
「お前なあ」
「何」
「その無駄な習性いい加減なおせよ」
妹は極度の勿体無がりだ。
人から何か貰うと、使わないでそのままの形で保存しようとする。
ラッピングを丁寧に外し、中身を確認してから、また戻す。
気持ちはわからないでもないが、くれた相手に失礼だろう。
「手袋なんて、すぐ使って欲しくて渡すもんだろ」
「そうだろうねえ」
「なんで使わないん?」
「勿体無いじゃない」
「またそれか」
高そうなのにかわいそうな、とやや嫌味に呟くと、
「使う?って言うかあげようと思って呼んだんだけど」
と、無造作に手袋を脱ぎ、こちらに向けてきた。
「勿体無いんだろ?」
「もう勿体無くないの」
勿体無くない、って日本語的におかしくないだろうかと
考えながら、反射的に手袋を受け取ってしまう。
受け取ったついでに嵌める。
「、、、、、小っせ」
「そのうち伸びるんじゃない?」
「きわどいトコだな、、、」
なんとか手は収まったが、どうにも苦しい。
手袋は見た目の通り、それなりに良い物らしい。
100均の適当な作りの手袋とはまるで違う。
かなり丈夫そうで暖かい。
「なんでこれ、去年使わなかった?」
「実は皮の手袋ってあんま好きじゃないんだよね」
「じゃあ、なんで去年俺にくれようとしなかったん?」
「勿体無かったから」
「そうかい」
会話を繋げることをあきらめ、手袋を嵌めたまま手を握ったり開いたりした。
ふと妹のほうに目を向けると、包装紙をたたんでいる最中だった。
折りたたむ途中、リボンを挟みこみ、さらに小さく小さく折っていく。
この手袋も例に漏れず、包装ごと綺麗にとっておいたのだろう。
丸一年放置され、日の目を見たかと思ったら
妹ではない人物に使われそうになっている手袋。
なんとなく、哀れに思えた。
「使わないほうが、よっぽど勿体無いと思うがね」
「そうかな」
妹の気持ちはわからなくもない。
妹は、物自体が惜しい訳ではないのだ。
物を貰った時は嬉しい。
けれど使い込み、薄汚れていくとともに、嬉しさも徐々に薄れていく。
すっかり馴染むと「そういえばこれ貰い物だった」と思い返す程度になってしまう。
貰った時の嬉しさを失くすのが惜しいのだ。
しかし、丁寧にしまっておいた所で、
その時の気持ちを保存しておける訳でもない。
使ってやらなければ、物も気持ちも、それこそ勿体無いのではないだろうか。
「コレ、俺が貰わなかったらどーすんの?」
「どうしようかなー」
皮って他の服と合わせにくいんだよなー、と呟き、
小さく折りたたんだ包装紙をゴミ箱目掛けて放り投げた。
スコン、と折りたたまれた包装紙が見事にゴミ箱へ着地。
どうやら、もう本当に勿体無いとは思わないようだ。
「まあ、タンスにしまっておくんじゃない?」
「じゃ、貰っとくわ」
「兄ーも結構、勿体無がりだよね」
「人並みにな」
妹はまた作業を始めだした。
何か用を頼まれるのも面倒なのでさっさと退散することにした。
部屋のドアを開け、ふいに思いついた疑問を口にする。
「この手袋、誰から貰った?」
「前の彼氏」
「だと思った」
惜しまれなくなるには十分な理由だ。




