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自作小説倶楽部 第1冊/2010年下半期(第1-6集)  作者: 自作小説倶楽部
第4集(2010年10月)/テーマ「秋」&「衣替え」
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NO.8  咲 著 / 衣替え「衣替えという名の」



ドアを開けた途端、勢いよく吹き込んできた風は冷たかった。秋は急にやって来たらしい。

透は迷わず洋服箪笥の前へ引き返す。半袖のシャツを脱いで三段目にしまい、二段目から長袖を取り出した。季節ごとに入れ替えるほどの服も持っていない透の箪笥は、二段目が秋冬物で三段目が春夏物と決まっている。

少し迷ってダンガリーシャツも羽織ってから、透は改めて外に出た。

急に冷たくなった風に戸惑ったのは透だけではなかったらしい。通りには薄い夏物姿で、剥き出しの肌をさすりながら歩く人が目立つ。

不意に、背後でばさばさと音がした。同時に小さく悲鳴のような声も。思いがけず聞き覚えのあるもので、透は弾かれたように振り向いた。

石畳には何か半透明のものが落ち葉のように散らばり、声の主はしゃがみ込んで回収している。秋風に浚われて足元に飛んできた一つを拾い上げ、透は傍へ歩み寄った。

「優梨子」

拾い忘れを捜してきょろきょろしていた頭が持ち上がる。

透が思ったとおり、優梨子だった。記憶と寸分違わぬ濡れたように大きな瞳。それが二、三回瞬きを繰り返した後、透の姿を認めてゆっくりと細められる。

「透くん」

久しぶりとも、元気だった?とも言わない。つられて透も、まるで優梨子と毎日会っているかのように錯覚する。

最後に会ったのはもう三年前、優梨子からの別れの言葉で二人が恋人では無くなった日だ。あれ以来、声すら聞いていない。

「お前、何してるんだ?」

意識的にぶっきらぼうな声を出して、透は拾い上げたものを渡してやった。折り畳まれた真新しいゴミ袋。優梨子はありがとうと笑って受け取ったそれをしばし見つめ、立ち去るタイミングを伺っていた透に思わぬことを言った。

「透くん、時間があったらちょっと手伝ってもらいたいの」

「手伝うって何を」

反射的に返してしまって少し後悔したが、優梨子は頓着せず少し視線を宙に彷徨わせてから

「……衣替え?」

疑問形の答えを返して、困ったように微笑んだ。

はっきりしない答えの理由はすぐに分かった。部屋に溢れる服を片っ端からごみ袋に詰める作業を、「衣替え」と呼んでいいのかは確かに疑問である。

「とにかくね、みんな捨てちゃいたいの」

剛毅な台詞に嘘は無いらしい。高そうなコートといわずスカートといわず、無造作に丸めてはごみ袋に突っ込んでいく。しかし透はそこまで大胆にはなれず、手近なものをおっかなびっくり袋に入れつつ何度も同じ台詞を繰り返した。

いくらなんでも勿体無くないか?ほとんど新品だし高そうだし、売ったりも出来るんじゃないのか?

優梨子は小さな笑い声を零すだけで返事をしない。柔らかな無言の拒絶。余計な事を言った、と頬が熱くなり、透は乱暴な手付きで傍にあった衣類を袋に押し込んだ。

絹のブラウス、皮製のジャケット、フリルのついたワンピース。持ち主を美しく飾ろうと様々な工夫の施された衣服たちが、無残に捨てられていく。

俺もこんな風に捨てられたのかな。

「違うわ」

自虐的な考えはちらりと頭を掠めただけだと思っていたのに、知らず口から漏れていたらしい。振り向くと、優梨子の目がはったと透をとらえていた。

「人が人を捨てるなんて、出来るわけない」

瞳の大きな、子供っぽい造作の優梨子が怖い顔をしたところで迫力はない。妙に必死な声と眼差しに気圧されて、そんなものは詭弁だという反論は出てこなかった。

「だから、代わりに服を捨てるのよ」

似合わない表情は本人も作り慣れていないらしい。すぐ解けて、照れたような微笑に変わる。

「服にはいい迷惑だな」

「そうね」

捨て台詞のように呟いても、返ってくるのは柔らかい答えだった。

「ありがとう透くん。私一人じゃ手がつけられなくて困ってたの。おかげでさっぱりしたわ」

部屋一杯の服が全て、膨れ上がった無数のごみ袋に化ける頃には日もだいぶ傾いていた。布しか入っていないはずなのに重たく指に食い込んでくるそれを、マンションの駐車場横にある倉庫に押し込む。後はごみの日に、まとめて捨てるらしい。

本当に晴れ晴れした顔で優梨子が礼を言うので、透は複雑な思いを押し殺して口を噤む。

「ああそうだ」

優梨子がいきなりセーターを脱ぎ、結び目の隙間からごみ袋に突っ込んだ時にはさすがに声を出さずにはいられなかった。

「おい!」

「…うん、全部」

薄っぺらいカットソーだけの姿になった優梨子。痩せっぽちの肩があまりにも寒そうで、透は自分のダンガリーシャツを脱いで押し付ける。

「捨てるなよ」

今日初めて、ぽかんとした表情を見せた優梨子に透は思わず笑った。華奢な身体に無骨なワークシャツは全く似合わない。

優梨子が何かを言う前に、透はさっさと踵を返した。昼間より冷たさを増した風が背筋を震わせるが、構わず早足で家を目指す。

本当に捨てたいものだけ捨てたらいいのだ。優梨子も、自分も。


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