04 咲 著 夏休み 『暗きより暗きに入りて』
地面を埋め尽くす水田に、流れを忘れそうなほど静かな川。周囲をぐるりと取り囲む山は日差しを浴びていっそ黒々としており、人家はそれらに遠慮するようにぽつぽつと見えるのみ。
ひたすら単調な風景を車の窓から眺め、私は溜息をつく。夏休みの終わりが見え始める頃に決まって訪れるここが、どうしても好きになれなかった。
やがて車はある家の前で停まる。ここに来るたび必ず訪れる、低い屋根の古びた家。私はこの場所も嫌いだった。昼間でも暗くひんやりとしていて、よそよそしい木の匂いがつんと鼻をつく。
両親はそんな私のことなどお構いましに、聞いたこともない喋り方でよく知らない誰かと楽しげに話している。その誰かは私にも話しかけて来たけれど、何を言っているか分からない早口と骨張った皺だらけの手が恐ろしくて近付こうとしなかった。
一通り話し終えた後、両親は必ず畳の間で何かに向かって手を合わせる。花や果物の間に、やはり知らない誰かの白黒写真。私はよく分からないまま、ただ両親を真似て手を合わせた。
それから、外に出て少し歩く。目的の場所はいつも同じ、近くにある小さな山だ。
砂利のごろごろした一本道では誰ともすれ違わない。人のざわめきなど聞こえるはずもなく、蝉の声だけが空気いっぱいに満ちていた。
山に近付くと、鬱蒼とした木が落とす影で道はひどく暗くなる。私はたまらなく怖くて、通る時はいつも両親の手をぎゅっと握っていた。両親はいつも黙って握り返してくれた。互いの掌が汗ばんで、ぬるぬると滑る感触。決して不快ではなかった。
ほとんど真っ暗な道を一歩ずつ進み、ようやく辿りついたのは幾つもの四角い石が並ぶ所。両親はいつも迷いなく、片隅にある同じ石の前に立つ。こんなに沢山あるのに、どうして間違わないんだろうと不思議に思った事もあった。
花を捧げてふたたび手を合わせる両親。その寂しげな、それでいてどこか優しげな横顔を見て私も同じように手を合わせる。幼い私にはまったく意味の分からないこの“儀式”も、両親にはきっと大切な意味のある事なのだろう。そう、朧げながらも理解していたから。
それでも困惑顔の拭いきれない私の頭を撫ぜて、母は微笑みながら言った。いつか分かるようになるわよ、と。
母の言葉が何を意味するのか、分かるようになったのはずっとずっと後のことだった。
今、私はあの時の道を再び歩いている。
木々が落とす濃い影はもう恐ろしくはない。いつも手を握って一緒に歩いてくれた人達は、これから辿り着く場所で私を待っている。
私は暗い道を歩く。花を携え、誰の手も握らずに。
夏がどれほど眩しく、美しく光に満ちていようとも、全てはいつかこの暗い道へと戻るための何かに過ぎないのだ。
とても懐かしく慕わしく、まるで生まれる前から知っているような道だった。
(完)




