No.7 cheru 著 / 「 実りの秋 」
<自作小説倶楽部 十月期> ○○の秋
副題 : 【*この作品はフィクションです。登場人物・設定は全て架空です】
(これでよいのだ。 これで。
この夏の暑さは異常だ。
川も田畑も干上がり このままでは秋に食べ物を収穫できない)
葛城という若者は 都から離れた里にある堂に向かいながら考えた。
(命乞いをし 泣き叫ぶ声を
一晩中聞かねばならぬ見張り番が辛かろう。
薬師が馳走と白湯に 煎じた薬を入れたはずだ。
娘には これから起こる事が
夢か現か分からぬ様にしてあげよう。
明日、陽が上がる頃には 全てが終わっている)
◇
若者は見張り番に軽く相槌をし、
揺らめく篝火の明かりをくぐり 堂の門を開いた。
「かや殿」
格子の向こうで
娘は差し込む月光と向き合うように凛と正座していた。
娘には、薬によって酩酊しているような気配は無い。
葛城はその美しさに 慄きと苛立ちを覚えた。
「かや殿。 これを」
(会話は短く。早くここから立ち去りたい)
葛城は 持参した横笛を格子から差し入れた。
ゆっくりと向けられた娘の顔色は
自分の背後で揺らめく炎と
娘に降り注ぐ月光によって影が作られ、
はっきりと覗えない。
(最後の情け。 早く受け取りなされ)
しかし、娘は座っている場所から動じなかった。
「一つ 教えて頂きとうござりまする。白羽の矢は・・・貴方様か?」
葛城の眉間がピクリと動く。彼は黙して娘を見つめた。
(この娘は・・・私の胸の内を。
偶然を装いながら 全て私が画策したものと気づいている)
首筋を汗が流れた。
「月夜の晩は 罪深い。
漆黒の闇に包まれるはずの渇滝の岩岩は
この月光に照らされ 刃物のようじゃろう」
「かや殿、そなたは里を、都を救う遣いとなるのだ」
「遣い・・・ そう。
私は生贄ではなく、龍神の一部となりて
天空高く舞い上がり 雨を呼ぶ大気を動かさねばなりませぬ」
(そなたは 全ての為に 滝壺に落ちて生贄となるのだ。
主である博雅様が、 この村娘恋しさに
闇に紛れて都から離れた里まで通い続けておるなどと
御上に知れたならどうなる。
全ては主のため。お家のため。
私は守らねばならぬのだ)
「かや殿。 そなたの働きで 実りの秋を迎えられるであろう。
感謝申し上げる」
娘は再び月光と向かい合った。
「道ならぬ恋とは・・・まことに修羅の道でござりまするな。 葛城様」
葛城は弾けるように堂から飛び出した。
善人を演じ、
主、博雅様の横笛と
よく似た笛を届けに来た己の胸の内の愚かさを
娘に全て見透かされているように思えた。
そう、全てを。
堂の外の篝火が、
葛城を追うが如く 流れるように勢いをつけて火の粉を上げた。
笛を置いてきた事さえ頭から消えていた。
若者が去った後 痛いほどの静寂の中で
娘は愛しむ様に笛を手にした。
◇
それから幾日かして 恵みの雨が降り注いだ。
何日も何日も降り続け 大河を造った。
大雨が怒りを収めるように上がり
川の流れが穏やかになった或る日。
畔に佇む者がいた。
空は抜けるほどに高かった。
その者は、煌く水草に抱かれた横笛を見つけ
やつれた面持ちで そっとすくい上げた。
そうして 丁寧に丁寧に水気を拭き取り
笛を懐深く収め 静かにそこから立ち去った。
(了)




