NO.3 スイーツマン著/衣がえの秋 『冬虫夏草』
冬虫夏草というのをご存知だろうか。虫に植物が寄生して、あたかも、異界の虫がこの世に姿を現し、冬は虫であったのが、夏になると草となる変身過程のような姿をしているのだ。
源三は、まだ幼い一人息子の京太郎をつれて、秋の森を散策し、偶然見つけたことがある。ぶなの古木の根元だった。
あれから何十年たっただろう。京太郎を病気で失い、妻もしばらくして亡くした。八百坪の敷地に、建坪百坪もの母屋や蔵が立ち並ぶ屋敷に一人暮らしをしている。
ふと、京太郎とよく散策した森の小道が懐かしくなり、ぶなの古木まで行ってみた。
*
源三が古木をいつまでもながめていると、
「冬虫夏草って、ほんとうに変身するんだよ。父さん」
耳を疑った源三が目をこすってもう一度、古木を見上げたとき、太い枝が股になったところに、子供の姿のままをした京太郎をみた。
なんということだ。古木が、巨大な蜻蛉になって背中に京太郎を乗せているではないか。
「父さんも乗ってよ」
「母さんのところに行くのか?」
「どうせくるのは判っているから、もう少し遊んでなさいって」
「大きい蜻蛉だな。昔一緒に読んだ図鑑にムカシトンボってのがあったろ? 全長二メートルを超えるって書かれてあったよな」
「僕らは極楽蜻蛉って呼んでるよ」
「極楽蜻蛉か。そりゃ傑作だ」
源三は腹を抱えて笑った。森はいつのまにやらシダ類の森となり、開けたところには原始的な花々が咲き乱れていた。途中何度もティラノサウルス、ステゴサウルス、ブロントサウルスといった恐竜たちとすれ違った。二人を乗せた蜻蛉は気ままに森の中を飛び回る。
*
朝、源三が目が覚めると、病院のベッドで点滴をうたれて寝かされていることに気がついた。近所に住む甥夫婦が見舞いに来て、
「源三伯父さんは運がいい。森林浴にきた若夫婦が偶然、倒れていた伯父さんをみつけて、携帯で消防署に連絡してくれたんだ。命拾いだったね。あとでよくお礼をするといいよ」
(もう少し遊べか)
源三は半身を起こすと、病室の窓からみえる森を眺め、笑みを浮かべた。
了
【補足】
SNSで知り合ったKOHさんのコメントから
「生物学的にツッコミを入れるとすると、冬虫夏草は植物ではなく菌類です。今年もたくさん見つけました。ブロントサウルスは学名から消えてしまったそうですね。今はアパトサウルスだそうで。私たちの世代だと、図鑑にはブロントサウルス(orブロンドザウルス)と載っていました。あ、全長2mのトンボ…それは図鑑じゃないかも。」
誤記訂正に有効なので引用させていただきました。




