NO.1 レーグル 著 / 衣替え「狼の衣替え」
森のはずれ、二つの影が出会った。
一つは狼、大きな口はよだれを垂らし、ぎょろりとした目玉が辺りを見渡す。
もう一つは羊、トコトコと細い足を動かし、伏し目がちに狼に近付く。
あまり大きな声では言えないが、この二匹、とある嵐の夜にお互いの正体を知らぬまま出会い、それからすっかり馬が合ったのか、こうして二匹だけで会うようになったのだ。
「やあ、オオカミさん」
「おお、ヒツジ。今日も良い天気だな」
「そうですね。でも、動物たちが言うには今朝方、むこうの山に雪が降ったそうですよ」
「ああ、そう言えば、むこうの山の頂上に雪が積もっているのを見たな」
「そろそろ冬がやって来るみたいですね」
「そうだな」
「私たちは人間についていって高原を下りますけど、オオカミさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫か、とは妙な質問だな。まさか、オレが寂しくなるとでも思ったのか?」
「そういうわけじゃないですけど、狼というのは群れで暮らす動物でしょう」
「たしかにオレは一匹狼だが、それを寂しいと思ったことはない」
「でも、冬になれば食べ物を採るのが難しくなりますよ。動物たちも今年は食べ物が少ないって言っています」
「そういえば、この前捕まえた野ウサギはガリガリに痩せていたから逃がしてやったな」
「そんなことをして平気なんですか?見たところ、そんなにたくさん食べていないようですけど」
「平気だよ。実はな、そろそろ衣替えをしようと思っているんだ」
「衣替え?」
「ああ、少し悩んだが、衣替えすれば、冬も安心して越せるからな」
「狼が衣替えするなんて、初めて聞きました。どんな風になるんですか?」
「知りたいか?」
「そりゃあ、もちろん」
「いいだろう。教えてやる。衣替えをするとな、毛がフワフワになって、冬でも寒くないんだ」
「それはすごい」
「さらに、同じような仲間が同じ場所に集まるから退屈しないし、食事も他の奴が用意してくれる」
「至れり尽くせりですね」
「見てみたいか?」
「何をですか?」
「オレの衣替えさ」
「見せてくれるんですか?」
「そりゃあ、もちろん」
その瞬間、狼の大きな目玉がぎろりと光り、大きな口が歪んだ。
狼は二本の前足をバッと左右に広げると、そのまま羊に跳びかかった。
「オオカミさん!?」
羊が驚いて叫んだころには、全て終わっていた。
狼の前足はぐにゃりと曲がり、目があった場所には暗い穴が空いているだけ。
大きな口は歪んだままだが、もう狼の息遣いは聞こえなかった。
羊が『狼だったもの』を体を揺すって振り払うと、目の前には自分と同じ大きさの羊が立っていた。
「お、お前は、春にいなくなったヌケサクじゃないか」
「ああ、たしかにオイラの名前はヌケサクなんだな」
「一体、ど、どういうことなんだ?」
「春に森を散歩していたら、狼の死体があったんだま。餓死でもしたのかペラペラで皮だけになってたから、それを着て遊んでいたんだな。そしたら、いつの間にか狼でいるのが楽しくなっちまって」
「みんな、お前は狼にでも食われたんだと思っていたんだぞ」
「みんなには心配かけたみたいで申し訳ないんだな。いつか帰ろうとは思っていたんだけど」
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ」
「ちょっと恥ずかしくて言えなかったんだな。でも、冬になってみんながいなくなったら寂しいなって思って」
「まあ、何にせよ、早くみんなのところに帰ろう。きっと、みんな喜ぶぞ」
「そうだったら、嬉しいんだな」
「しかし、さっきまでとは随分話し方が違うな」
「狼の皮を被ってると、気が大きくなって、話し方が変わったり、普段食べないものを食べたりしちまうみたいなんだな」
「普段食べないもの?」
「野ウサギとか、キツネも食べたけど、森には食べ物が足りないらしくて、みんなガリガリで美味しくなくって。やっぱり美味しいのは、人に飼われてまるまる太った羊なんだな」
(了)




