NO.6 ジャム著 「電話 『魔法が終わるまで』」
時刻は真夜中の1時過ぎ。
この時刻なら父も寝ているだろう。
母は、小学生の時に弟を産んで死んだ。弟も早産で数時間後に死んだ。
以来父は、酒を飲んでは暴れるようになった。会社でのストレスを私にぶつけ、かつての優しい父はいなくなった。私は、殴られるのが怖くて、何度も逃げ出した。外に出れば、父は追ってこなかったからだ。だから、父が寝静まった頃に帰るようになった。
一日のほとんどが外にいるようになった。
いつも通り学校の帰りに、ファーストフード店で夕食を済ませ、町をふらつく。本来はいつものコースで時間を潰すのだが、今日は違う道で時間を潰した。
頭の地図を広げ家の方へ向かうと、小さな公園が見えた。
少し休もうと思って、ブランコに腰を掛ける。
惰性で生きていくのも、いい加減飽きてきた。そろそろ死のうか。兄弟も祖父母もいない私にとって、たった一人の父はあの始末。支えてくれる友達なんてものも皆無。私が死んだところで誰も何も思わないだろう。
鞄からハサミを取り出す。思いっきり喉にでも刺せば死ねるだろう。
ハサミを持った両手からリストカットの痕がチラリと見えた。ハサミをゆっくり持ち上げ眼を瞑る。思い残すことは何も無い。そして、手に力を入れる。
瞬間。
音がした。
ハッとなって回りを見渡す。
私は今時の女子高生なら必須であろう携帯電話を持っていない。自分の持ち物ではあり得ない。しかし、かといって公園に音が鳴る物などないだろう。
落ち着いて、耳を澄ます。
それから音の聞こえる方に歩き出す。
段々音が高くなっていく。
気付けば滑り台の前に立っていた。どうやら音はそこから鳴っているらしい。下を見ると、
闇に抵抗するように、白い携帯電話が落ちていた。一瞬、心霊の類かと思ったが、死のうとしていたのだから、何も恐れる必要はないと思い直し、手に取った。
しかし、生まれてこの方、見たことはあっても触ったことはない。とりあえず中を開いてみる。すると、左の電話のマークがついたボタンが光っていた。そこを押してみる。
「あ、もしもし?」若そうな男の声が聞こえた。「あの、もしもし? あれ、誰かが取ったんだと思ったんだけどなぁ」
「あの」耳に携帯を当てて、私は小さい声で言った。
「え? あれ、聞こえてる? 何か言った?」相手の声が嬉しそうだ。
「もしもし」今度は普通の声量で言った。
「あぁ、よかった。繋がらないんじゃないか、と心配してたんだ」
「何故、電話を? こんな時間に」
「うーん、理由なんてないよ。だた、繋がるかなと思って。それより、君、今何しているの?」
それから色々と会話をした。
彼の名前は平沢勇樹。歳は秘密と言った。私は平沢亮。二人とも同じ苗字で面白かった。途中、電話を掛けた理由、そして、この携帯電話は誰のものかを尋ねたが、彼は「理由なんて無い、そしてその携帯は君のものだ」と言った。腑に落ちなかったが、18年間の人生で一番楽しい会話を終わらせたくないと思い、追求をやめた。
「あぁ…」勇樹はため息をついた。
「どうしたの?」
「そろそろ魔法が切れてしまう」
「魔法?」
「ごめん、冗談だよ」勇樹は笑った。「電池が切れそうなんだ」
「え」頭が真っ白になった。
幸せな時間が終わる。考えたくないことだった。こんなに楽しいのに。最後にこんなサプライズを用意するなんて神様も残酷だ。
「亮。電話が切れることが怖いんだね?」彼の声は優しかった。
私はコクンと頷いた。遅れて、それでは伝わらないと思い、「うん」と消えそうな声で答えた。
「この電話が消える前に、亮に話しておかなければならないことがある」一転して、勇樹
は真面目な口調になった。「僕は亮の、いや、姉さんの弟なんだ」
「それも冗談?」私は声が震えた。
「本気だよ、僕は平沢勇樹。姉さんの弟だ。そっちの世界では僕はまだ、小学生くらいだろうね。でも、姉さんと話しやすいように、同じ年齢になったんだ」
「そんな、冗談止めて! 聞きたくない!」私は叫んだ。
「落ち着いて。今から証拠を見せるから」
それから勇樹は、私の家族の事を話し始めた。
両親の名前、まだ母が居た頃の思い出、父の豹変の事。ずっと近くで見守っていたという。俄かに信じがたいが、他人が知っているはずはないことも言った。そして私が自殺しようとするのを見て、止めなくてはと思い、携帯電話で自分の存在を知らせようとしたらしい。
ここまで聞けば、なんとなく勇樹が弟ではないかという気になっていた。同時に余計に、電話が終わるのが嫌になった。
「そろそろ切れるけど、その携帯にまた電話をする。もう姉さんを一人にはしないよ」
「待って!」
耳に当てていた携帯からツーツーと音が聞こえた。




