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自作小説倶楽部 第1冊/2010年下半期(第1-6集)  作者: 自作小説倶楽部
第2集(2010年8月)/テーマ 「ひまわり」&「星」
23/67

N0.11 灰猫 ひまわり 「ひまわりの子」


僕の父親は僕が生まれる前に死んでしまったらしい。

昨今では父親がいないことはとりとめて珍しいことではない。

しかし、死に別れた父親の写真も持たず、母は昔を語らず、

名前や死因すら聞かされていないのは珍しいと友達から言われた。

死別ではなく、捨てられたのだと中傷された。


お父さんはどうしていないの?


死に別れたにしろ、捨てられたにしろ、

母が語りたがらない話を聞くのは恐ろしかった。

叱られることよりも、母を困らせることが怖かったのだ。

困って泣きそうになる母など見たくなくて俯いた。

けれども母は意外にも、普段と変わりない静かな声で、

「あなたはひまわりの息子なの」

そう答えた。



母のその詩的な台詞は、頭の中にイメージを落とした。

ひまわりの咲き乱れる中、眠るように死んでゆく男。

穏やかな死に顔はいつか腐り崩れてゆく。

それを養分とし、翌年にはひまわりがまた咲き誇る。

醜悪で、どこか美しい光景だった。


具体的な事は何一つ得られなかったが、

自分の脳内に咲いたひまわりがあまりに美しく、それ以上聞く事は出来なかった。

知らなくていいことなのだと自分に言い聞かせた。



********




「ばあちゃん、ひまわりが見たいんだ」

「ひまーりかい?」

妙なイントネーションで繰り返して、祖母はスイカをかじる。

高校3年の夏休みを祖母の田舎で過ごすのは、春からの約束だった。

祖母とは親しく、交流もあったが、

母は田舎を敬遠しており、いつも祖母が我が家にきていた。

春休みの折に祖母が「長旅がしんどい」とぼやいていたので、

夏休みは僕が遊びにいく事になったのだ。

母は仕事の都合で来れなかった。


「うん、ひまわり。夏なのに見ないね」

田舎に来れば見つかるだろうと考えていたが全く見かけない。

大きな、大人の背丈まであるひまわり。

あの日以来、夏になればひまわりを探すようになった。

しかし都会の自宅周りは緑が少なく、

たまに見かけるとしても幼児ほどの小さなひまわりだった。

「なして、ひまーりなんて見たいん?」

亡き父がひまわりとなって見守っている気がするから。

なんて、いかにも子どものような空想が恥ずかしく思え、

夏だからと曖昧に濁してスイカを手に取った。



しゃくしゃく、と水っぽい音が響く部屋の中、ぽつりと祖母は言った。

「ひまーりはなあ、ここいらにゃ無いね」

「なんで?」

スイカを頬張りながら問う。

ひまわりは田舎によく似合う。

プランターに植えられた、都会の華奢な花とはまるで違う。

土埃にまみれながら夏の盛りを生き抜く、力強い花。

田舎に注ぐ日差しのような花だと思う。その花が無いだなんて。

「あれは手をかけると大きくなってな、大人ぐらいになるんよ」

「うん」

大人ぐらい。理想的なサイズだ。

「枯れると俯いてな」

「うん」

「人がな、ぼけっと突っ立ってるように見えるんだよ」

「へえ」

誰しも考える光景なのだろうか。

人の立ち姿のようなひまわり。

それは自分の思い描く空想のひまわりと相違ない。

「残暑のころになあ、ジジイみたいにバタバタ倒れてな」

「その言い方、お年寄りに失礼だよ」

「んだな」

そこまで喋り、祖母はスイカを置いてズボンで手を拭った。

「枯れたひまーりの下からなあ、仏さんが出てきたんよ」

「え?」

「夏だから腐れてな。今でも覚えてる」



偶然とは面白い。

今まで僕はひまわりの姿に亡き父を思い浮かべていたが、

ここの人たちは、腐った誰とも知れぬ男を思い浮かべるという。

覚える感情の違いはあれど、どちらも死人と言う共通点がある。

身元不明の死体がひまわり畑から見つかった翌年の6月、

僕が産まれ、母は僕を連れ立ってここから離れた。

偶然とは恐ろしい。

今僕は受話器を持っている。

これは会社から帰宅した母と他愛ない話をするためで、

三文小説のような妄想を告げるためでは無い。

「はい、もしもし」

電話越しの母の声を聞いて、鼓動が速くなった。

「もしもし、どなた?」

「かあさん、僕」

「驚いた。黙ってるんだもん」

自分が聞きたいのは一つだった。

ひまわり畑の死体が他殺体だったとか犯人が捕まっていないだとか、

そんな過去の事件はどうでいい。

「ねえ、かあさん」

「どうかした?」

知りたい事はただ一つなのだ。

「かあさん、ひまわり、好き?」

「大嫌いよ」

普段と変わりない静かな声で、そう答えた。


-あなたはひまわりの息子なの-

母の声はあの時と変らない。

静かで穏やかな偽りない声音。

あの時母はどんな顔をしていたんだろう。

今も昔も、その表情は見えなかった。

「かあさん」

「なあに?」


嫌いな花の息子を、人はどれだけ愛することが出来るのだろう


「なんでもない」


具体的な事は何一つ聞けなかったが、

自分の脳内に根付いた妄想があまりに悲しく、それ以上聞く事は出来なかった。

知らなくていいことなのだと自分に言い聞かせた。


(完)

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