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自作小説倶楽部 第1冊/2010年下半期(第1-6集)  作者: 自作小説倶楽部
第2集(2010年8月)/テーマ 「ひまわり」&「星」
20/67

NO.8 李緒 「星『夜空の星』」



 会社帰りに、葵は本屋へ立ち寄った。

 本を買おうと思ったわけではない。家路を急ぐ必要のない葵にとっては、ただの時間つぶしだ。

 聞くともなしに耳に入ってくる、店内の音楽。その曲名に気付いた彼女は、眉間に皺を寄せた。

『星に願いを』

 この歌が、葵は嫌いだった。

 夜空にたくさん輝く星の、一体どれに願いをかければいい?

 大きい星の方が、小さい星よりも、願いを叶えてくれる?

 近くにある星の方が、遠くにある星よりも、早く願いを叶えてくれるというの?

 皆が同じ星に願ってしまったら、順番待ちになって、すぐには願いを叶えてもらえない?

 それとも、星なら無数にあるのだから、全ての人の願いを叶えてくれるとでも?

 そんなことばかりを考えてしまうから、葵は、この歌が嫌いなのだった。

(叶えてくれるというなら、お願いだってなんだってするわよ)



 本屋を逃げるように出ると、晩ご飯を買いにコンビニへ入った。

 電車が着いたばかりなのだろう。コンビニ内には、同じような独り者で溢れかえっている。

 賑わいを見せるお弁当コーナーを尻目に、葵はインスタントラーメンの棚を眺めていた。

(あんまり食欲ないな)

 適当にラーメンを選ぶと、翌日のパンと珈琲をかごに入れて、レジに並んだ。

 最新の曲が終わって、次に流れてきたのは『上を向いて歩こう』だった。

(この歌の方が、余程前向きだわ)

 葵は、レジ袋を下げて、コンビニを出る。

 自然とコンビニで聞いた歌を口ずさんでいた。歌のとおり、歩きながら上を向いてみる。

(こんなに星って見えたっけ)

 さそり座、こと座、わし座、はくちょう座。

 どれが夏の大三角形だったか、星お宅の夫から何度教えられても、葵は覚えることが出来なかった。

『もし、俺が先に死ぬようなことがあったら、星になって、空の上からおまえのこと、見守っているからな』

 プロポーズの後に、そんな縁起でもないことを言った彼は、その言葉通り、結婚式の4ヶ月後に逝ってしまった。

(どれがあなたの星なのよ)

 じわり、と目に涙が浮かんでくる。

 上を向いても、涙はこぼれ落ちてくる。

 夜とはいえ、通行人がいないわけじゃない。葵は涙を拭うと、ぐっとこらえた。

(そういえば、この歌、独りぼっちの夜って歌詞だった)

 2人で暮らした2LDKのマンションは、独りで住むには広すぎる。

 葵はマンションの下まで来ると、自分の部屋を見上げた。

 誰もいない、真っ暗な部屋。

 他の部屋には幾つも灯りが点いている。どんな人たちが住んでいるのかは知らない。皆それぞれ、何かしらを抱えているのだろうが、それは温かく、幸せそうに、葵の目に映った。



 詮無いことを、と彼女は自嘲してエレベーターへ乗り込んだ。

 夜になると一人きりの部屋へ戻り、朝になると、一人きりの部屋から出勤する。

 家と会社を往復する、単調な毎日。

 一緒に笑う人も、喧嘩する相手もいない。

 部屋へ入るとすぐに窓を開けて、新鮮な空気に入れ換える。

 ビールを片手に、葵はベランダへ出た。

 5階から見える家々の明かりを見るのが辛くて、葵は、もう一度、空を見上げた。

 夜空いっぱいではないけれど、点々と輝く星々。

(叶えてくれるというなら、あの人に逢わせてよ)

 叶う筈もない願い。

 葵は、残りのビールをぐい、と飲み干した。

(馬鹿馬鹿しい。夢にすら出てこないっていうのに)

 ビールの缶に当たるように、ぐしゃりとつぶす。

 台所へと向かう葵の後ろで、カーテンが風に揺れた。

 心地よい風に、葵が振り向く。

 誰もいない、がらんとしたリビング。

 星仲間なんて3人しかいないのに、皆が来ても座れるよ、と夫が選んだ大きなソファーセット。

 出しっぱなしの、場所を取る大きな天体望遠鏡。

 そして、小さな仏壇の中で、笑う夫の写真。

 葵は、力尽きたようにその場へと座り込んだ。

 涙が止まらなかった。

(あの人に逢わせて。逢いたいの。あの人の側にいたいの。お願い、願いをかなえて)

 2年経っても、悲しみが癒えることなどなかった。

 写真の中の夫は、ただ笑っているだけだ。

 少しばかりうっとうしかった星の話も、もうしてくれない。

 「やっぱり嫌いよ、あんな歌なんて」

 葵は涙声で、仏壇の写真に向かって文句を付けた。



 少しばかり気が済んだ葵は、ふぅっと大きく息を吐き、悲しみを振り払うように立ち上がる。

 明日はまた会社がある。泣きすぎた目が腫れないように冷やさなければ。

 そんな風に思う自分が嫌だったが、残された者は生きていかなければならないのだから。

 葵のいなくなったリビングでは、仏壇の中の写真が悲しげに微笑んでいた。

    【完】



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