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生まれ変わったら

作者: 月石 靡樹


 私はあなたに出会うまで人が嫌いでした。



 青々とした木々を優しく揺らす穏やかな風に乗って私は懐かしい町をもう一度訪れた。

 昔から一つの町に長くいたことのなかった私だから町の印象をこと細かく覚えてはいません。手繰り寄せた記憶の欠片が浮かび上がらせるのはその町で私がひどく傷つけられたこと、そしてその時に私を助けてくれた人の温もりだけ。

 今でもあのときの優しさを忘れたことはありません。無邪気さを宿した瞳と屈託のない明るい笑顔が私を見つけた瞬間に凍りつき、「大丈夫?」と声をかけてくれました。

 私を包んでくれたあの手の温もりは人生の中で味わったどの愛情よりも深く、そして温かいものでした。

 彼が私を見つけたのは偶然だったのだと思います。

 しかしその偶然がなければ私はもしかしたら今ここにいなかったことでしょう。


 周りからは放っておくように言われたのにあなたは私に優しくしてくれましたね。

 一晩中、心配してくれたこと。ずっと私のことを気遣ってくれて、周りから冷たい言葉を投げつけられても、あなたは涙を流して私を守ってくれましたね。そして、いつも傷ついた私を癒すようにそばで眠ってくれました。

 時々その不器用さが滑稽なときもありました。でも自分のことばかり考えて生きてきた私が初めて受けた穏やかで献身的な思いがどれだけ嬉しかったか・・・

 宿る家を持たない私にとってあなたの隣はなによりも居心地がよかったです。


 しかし、長くいては迷惑だということも分かっていました。私はあなたがいないとき別れの挨拶もしないで町を出ました。本当はずっといれたらいいなって思ったんですが、あなたのそばにいるとそのまっすぐな愛情に甘えてしまいどうだったのでなにも言わないことを決めました。


 あなたは私がいなくなってどんなことを思ったのでしょうか?

 どうか、冷たいやつだと思っていてほしいものです。優しいあなたが私のためなんかにまた涙を流したり、心の傷になんてしてほしくないのです。あなたの思いはあなたのためだけに使ってほしいのです。あなたの周りにいるあなたが大切にしてる人たちの為に・・・


 もうすぐ私は結婚します。しかしそれを伝えに来たのではありません。

 あなたが幸せかどうか、ただそれだけが気になったのです。


 私はその町の一番高いところからあなたを探しました。

 昔から目はよかったから遠くのものを視認することは得意でした。でもいつだって自分の足元や一番近いところが見えてなかったような気がします。私もあまり器用ではありません。あなたに不器用だとか言う資格なかったですね。

 初めてここにきたときもここから町を見た記憶があるのですが、だいぶ時間が過ぎてしまったせいか、まったく違う景色に見えます。

 私が結婚するんですから、変わって当然ですよね。笑ってしまいます。


 青い空が夕暮れの紅に呑まれる頃でしょうか、町の外れから手を繋いで歩く家族を見つけました。


 遠目からでも彼だとはっきり分かります。私はその家族の視界に入るかはいらないかという場所まで急ぎました。

 高鳴る小さな胸はあなたに近づくにつれて思い出が溢れてきます。あなたの愛情で満たされた日々は心の中でいつまでも輝く宝石のようで、その美しさに生きることを忘れてしまわないよう触れないでいました。しかしあなたを見た瞬間、思い出という宝石よりもまぶしいあなたの姿に身動ぎが取れなくなりました。

 時間が過ぎているはずなのに、あのときと変わらない穏やかな瞳。幸せそうに笑う満面の笑顔。

 あなたも幸せな生活を送っていたのですね。


 安心しました。

 

 もともと会うつもりはなかったのですが、これではっきりと理解できました。

 これが今の私たちの距離で、もう二度と埋まることはないんだな、ということに・・・


 私は遠くからずっと彼だけを見つめていました。きっと目に焼き付けたかったのだと思います。

 自分を救ってくれた人の幸せな姿を・・・

 宝石なんかよりも輝かしい未来を・・・


 また、なにも言えない私を許してください。

 時間が過ぎても好きな相手ができても私はプライドが高いまま、お世話になった人に感謝の言葉すら言えないでいます。きっとずっとあなたより子供なのでしょうね。


 これが最後です。

 あなたに対する、いいえ、人間に対する感謝の気持ち・・・



 ありがとう。




 私は白い翼を広げると夕食の香り漂う懐かしい町から大空へ舞い戻った。

 あの日、私のために大粒の涙を流す彼を見て、人間という生き物は感情が高まると涙が出ることを知った。

 あんなに嫌いだった人間だけど、初めて羨ましいと思った。

 あなたたち人間が笑ったり怒ったり、感情を表現できることを・・・

 私に出来ることといえばこの大空を舞うことだけ・・・

 願わくば、いえふと空を見上げて、私の仲間たちを見たときに思い出してくれれば嬉しいと思います。

 子供のころ、あんな鳥を飼っていたな、と・・・

 


 私はあなたに出会うまで人が嫌いでした。

 でもあなたに出会って、人間を初めて好きになりました。

 生まれ変わったら、私は人間になりたいです。

 そうして大人になったあなたが思い切り甘えられるような女の人になりたいと思います。

 

 


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