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「500円をあげるよ」と、優しいいきものは言った

作者: 翠蓮
掲載日:2026/07/05

あるところに、1人のいきものがいました。

名前はありません。誰も呼ぶものがいないからです。


そのいきものは、人間を見るのが好きでした。

人間は、いろんな動きをしたり、音を立てたりして、飽きないからです。


その日も、いきものは人間たちを見ていました。

数人のグループの中で、1人の女が、「500円くらいいいじゃない」と言いました。

その女は、「500円くらい」が口癖で、よく周りの人におごらせたり借りたりしていたので、「500円女」と陰で呼ばれていました。


人間は、500円というものがうれしいのかしら、といきものは思いました。

女が他の人たちから離れて1人になったところで、いきものは声をかけました。

「500円欲しいの?」

突然声をかけられて女はびっくりしましたが、すぐに笑顔になって答えました。

「なぁに?くれるの〜?」

「500円をあげるよ。そのかわり、あなたの時間をくれる?」

「おごってくれるならいいわよ」

いきものはとても嬉しくなりました。

そして、手のひらに500円玉を乗せて差し出すと、女は素早くそれを取りました。


それから時々、いきものは女に500円あげたり、一緒にご飯を食べたりしました。

周りの人たちは、500円女が「500円くらいいいじゃん」と寄ってくることが減ったので、喜びました。

また、女がまるで誰かといるように喋っているのを見かけて、関わらないようにする人もいました。

でもそのうち、女の隣に誰かがいるようになりました。

ただ、その人が誰なのか、どんな外見をしていたのか、あとから思い出そうとしてもさっぱりわからないのです。


一方で女の方は、人から無視されることが増えたことに気がついて、とても腹が立ちました。

友達を見つけて声をかけても、すぐに返事をしてくれないのです。

2度、3度と声をかけてようやく、今気がついたみたいに女のことを見るのです。

お店に入っても、店員は女を無視します。

「ちょっと!さっきから呼んでるでしょ!」

女が怒鳴り散らしてやっと、店員は謝って対応し始めるのです。


女がそんな目にあっているときも、隣のソレはニコニコしていました。

そのことにいらついた時、ふと、女はソレの名前を知らないことに気がつきました。

だけど、と女は思い直しました。

こいつの名前なんてどうでもいいわ。お金さえ出してくれればそれでいいのよ。



そんな日が続いたある日、女は鏡を見て、なんだか自分が薄くなっていることに気がつきました。

いえ、薄くなっているどころか、透けているではありませんか。


「は…?どういうこと…」


「ありがとう。これであなたの時間はぜんぶもらったよ」

突然、横から声がしました。

そこにいたのは、女とうり二つの見た目になったいきもの。

「なに言ってるの?なんでアンタがここにいるの?」

怯えた声で問う女に対して、同じ顔をしたいきものはうれしそうに笑いました。


「500円で、あなたの時間をもらっていたよ」


女が500円と引き換えに渡していたのは、女が女として生きる時間。存在そのものだったのです。


震える手に目を落とすと、手は完全に透けていました。

女は大きな声をあげました。



でももう、誰にも聞こえません。





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