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『落ちこぼれ没落令嬢の私が三つ星オークの厨房見習いに!』  作者: 烏丸ぽっぽ


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第1話「没落令嬢は、豚顔シェフの『厨房見習い』になる」


 王都おうとの裏路地にひっそりと店を構える隠れ家レストラン『豚の飯亭(ぶたのめしてい)』。


 ここの店長であり、私の命の恩人でもあるレン様は、見上げるような四メートル近い緑色の巨体(きょたい)を持ったオークだ。


 魔物(まもの)である彼が表に出れば王都は大パニックになるため、彼は一部の人間以外には正体を隠し、決してこの厨房(ちゅうぼう)から出ることはない。


 でも、私、厨房見習いのクロエにとって、この分厚い扉の奥にいるレン様は、この世のどんな白馬の王子様よりもかっこよくて、最高にセクシーな男性だ。


「クロエ! そっちの野菜の飾り切り(かざりぎり)も頼む! 焦らなくていいから、丁寧にやってくれ」


「は、はいっ! お任せください、レン様!」


 熱気が渦巻く厨房で、レン様は丸太のように太い腕で巨大なフライパンを軽々と振るっている。


 私は急いで手元のペティナイフを動かした。指先ほどの小さな野菜を、ミリ単位で美しい花の形に彫り上げていく。


「……よし、完璧だ。俺のこの太い豚の指じゃ、そんな繊細な作業は絶対に無理だからな。お前のその手先の器用さには本当に助けられてるぜ」


「えへへ……光栄(こうえい)です、レン様」


 豚顔を歪めて褒めてくれる彼に、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。


 私が手先が器用なのは、貴族の娘として生まれたにも関わらず、『魔法の才能が全くない』という理由で、幼い頃から使用人たちに混ざって厨房の雑用や料理をさせられていたからだ。


 ——一ヶ月前。私の実家は突然、王都の騎士団(きしだん)によって制圧された。


 当主である父が、ある非道な『(やみ)のオークション』に加担していた悪徳貴族だったからだ。王の命により、一族(いちぞく)は皆殺しになるはずだった。


 だが、討伐隊の一人として屋敷に乗り込んできた女騎士のエルザ様は、厨房の隅で震えていた私を見つけると、静かに剣を収めてくれた。


 私が魔法も使えず、ただ(しいた)げられていた無実の娘だと察し、父と同じ貴族だとバレれば殺される私の素性(すじょう)を隠し、密かに(かくま)ってくれたのだ。


 命は助かった。けれど、家族も帰る場所もすべてを失ったショックで、私は完全に無気力(むきりょく)になり、差し入れられた食べ物も一切喉を通らなくなってしまった。


『クロエ、これを食べろ。私が信頼する、とびきりの料理人が作ったものだ』


 餓死寸前(がしすんぜん)だった私に、エルザ様が持ってきた温かいスープ。


 無理やり口に含んだ瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。凍りついていた心が溶け、腹の底から「生きたい」という命の熱がマグマのように溢れ出し、私は声を上げて泣きながらお皿を舐め尽くしたのだ。


『生きる気力が湧いたか。……あの料理人は、繊細な作業ができる手先の器用な助手が欲しいとぼやいていた。お前、使用人としてずっと料理を作っていたのだろう?』


 そうしてエルザ様に裏口から紹介されたのが、三つ星シェフの記憶を持つ心優しいオーク、レン様だったのだ。


「レン! 三番テーブルのお肉、まだかー!? すっげえいい匂いで、早くしないと運んでる途中でオレが食っちまうぞ!」


「ルッカ、つまみ食いは駄目だと言っているでしょう。厨房で騒いではお客様に聞こえてしまいますわよ。……クロエ、次のお皿の準備はできていますか?」


 ホールから飛び込んできたのは、元気いっぱいのルッカ先輩と、優雅なリル先輩だ。


 二人とも絶世の美少女だが、実はお尻から可愛らしいオークの尻尾が生えている。レン様の料理を食べて人間の姿に進化した元魔物だ。


 彼女たちはレン様の大切な相棒(あいぼう)で、私にとっては強大な恋のライバルでもある。


 でも、私には彼女たちにも絶対に負けない『秘密のアドバンテージ』がある。


 ——あれは数日前。仕込みの休憩中、厨房の隅でレン様が居眠りをしていた時のことだ。


 いつも不器用ながらも私を優しく気遣い、根気よく料理を教えてくれる彼への愛しさが限界突破(げんかいとっぱ)して、私は寝ている彼の緑色の頬に、こっそりと口づけをしてしまったのだ。


 その瞬間だった。


 彼の体を覆っていたオークの姿が一瞬だけ剥がれ落ちた。


 そこに現れたのは、鋭くも知的な眼差しと精悍(せいかん)な顔立ちをした三十代ほどの、大人の魅力に溢れた超絶(ちょうぜつ)イケメン。


 理由は今でもわからない。ほんの数秒で元のオークの姿に戻ってしまったし、レン様本人は寝ていて全く気づいていなかった。


 でも、私は見てしまったのだ。あの厳ついオークの顔の奥にある、とびきりかっこいい「本当の姿」を。


 それを知っているのは、世界中で私一人だけだ。


「よし、今日の営業はここまでだ。お前ら、まかないを食うぞ」


 看板を下ろし、静かになった厨房でレン様が太い腕を組んで笑った。


「やったー! オレ、腹ペコで死にそうだったんだ!」


「……本日のまかないはなんでしょうか、レン様。とても良い香りがしますわ」


 リル先輩がゴクリと喉を鳴らす中、レン様が私たちの前にコトッと置いたのは、赤ワインのような深みのある色のソースで煮込まれたお肉料理だった。


「この前、特別メニューで出した『森王兎(グラン・ラビット)』の肉が余ってたからな。香草と一緒にホロホロになるまで煮込んでやった」


森王兎(グラン・ラビット)……! 人間にとっては筋繊維(きんせんい)が硬く、血生臭くてひどく不味いとされる魔物のお肉ですね」


 私が驚いて尋ねると、レン様は豚顔を歪めて不敵にニヤリと笑った。


「フッ……ウサギ肉(ラパン)ってのは、俺の前世のフレンチじゃ定番の高級食材なんだ。徹底して血抜きをし、正しい下処理をすれば、貴族が涙を流して喜ぶ極上の一皿に化ける。さあ、食ってみろ」


 私はスプーンでそっとお肉を掬い、口へと運んだ。


「——っ!!」


 その瞬間、私の目は限界まで見開かれた。


 あんなに巨大で硬いはずのウサギのお肉が、舌の上で雪のようにとろけていく。強烈な血の匂いは香草の爽やかな香りで見事にマスキングされ、噛み締めるたびに奥深いお肉の甘みと濃厚な肉汁(にくじゅう)が口いっぱいに爆発した。


「おいしい……っ! ほっぺたが落ちちゃいそうです、レン様……!」


「うめぇぇぇっ! さすがレンだぞ!」


 私が頬を赤くしてうっとりと見つめると、レン様は「大げさな奴らだ」と呆れたように笑いながらも、その丸太のように太く緑色の分厚い手で、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。


(ああ、だめ……っ。かっこよすぎる……!)


 オークの姿でも、一瞬だけ見せたイケメンな本当の姿でも。その情熱的で優しい「料理人の魂」を、私は誰よりも愛している。


「レン様! 私、明日も厨房のお仕事、一生懸命頑張りますね! だから……その、ずっとレン様の一番そばでお手伝いさせてください!」


 私の大胆なアピールに、ルッカ先輩が「あっ、クロエずるいぞ! オレだってずっとレンと一緒だ!」と尻尾を立てて抗議し、リル先輩も「……見習いの分際(ぶんざい)で抜け駆けは許しませんわよ」と静かに微笑みながら目を光らせた。


 三つ星シェフが営む異世界レストラン『豚の飯亭』。


 強大な恋のライバルたちに囲まれながら、私だけが知っている秘密の素顔を胸に秘めた、熱くて美味しい修業(しゅぎょう)の日々は、まだ始まったばかりだ。


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