第1話:書庫での静かな朝
宮殿の書庫は、朝日の光で淡く照らされていた。木の香りと静寂が漂い、ルシア・ヴァレンティナは大理石の廊下を軽やかに歩く。栗色の長い髪が背中で揺れ、白い肌と端正な顔立ちはまるで朝の光と溶け込む絵画のようだ。
だが、ルシアの瞳にはどこか悪戯っぽい光がある。彼女は自分の魅力を知っている。宮殿中の誰もが彼女に一目置く、美しい悪役令嬢――その誇りを胸に秘めつつ、今日も王子の前では少し小悪魔的に振る舞おうとしていた。
書庫の扉を開けると、そこには金髪に青い瞳の王子アレン・ハートフォードが立っていた。立っているだけで威厳があり、整った顔立ちに柔らかい金髪がかかる。ルシアは思わず一瞬息をのむ。
「おはよう、ルシア」
「おはようございます、アレン様」
ルシアは微笑みつつも、少し意地悪な口調で言った。
「アレン様、今日も私に勝てると思っているのですか? 勉強の勝負では、負けませんよ?」
アレン様は微笑み、軽く肩をすくめる。
「ふふ、君に勝つには、ただ勉強するだけじゃ足りないかな」
二人きりの書庫。表向きは勉強だが、ルシアの心は甘く高鳴る。アレン様が近くに座るたび、頬が赤くなるのを抑えられない。
「アレン様……今日は真面目に勉強しますから……」
「ふふ、でも君の手がこんなに近くにあると、つい触れたくなるね」
アレン様はそっとルシアの手の甲に指を触れ、肩に手を回して軽く引き寄せる。頬が触れ合い、視線が絡むたびに胸が跳ねる。ルシアはわざと少し拗ねたように目を伏せ、耳まで赤く染まる。
「……アレン様、からかうのはやめてください」
「でも君の小さな困った顔を見ると、つい意地悪したくなるんだ」
ルシアは少し小悪魔的に唇を尖らせて笑い、指を絡め返す。アレン様も微笑みを浮かべ、耳元で囁いた。
「君の声、甘くて…僕を困らせるね」
ルシアは恥ずかしそうに目を伏せながらも、頬を寄せ、アレン様の手を握り返す。
「アレン様……ずっとそばにいさせてください」
「もちろんだよ、ルシア」
本を読みつつ、時折手を握ったり、肩を触れ合ったり、ページをめくる音と互いの息遣いだけが書庫に響く。光が差し込むたびに、ルシアの栗色の髪が柔らかく光り、アレン様の金髪と青い瞳に映える。
「ルシア、君と過ごす時間は、どんな宝石よりも輝いているよ」
「……アレン様……私も同じ気持ちです」
悪戯っぽく振る舞うルシアも、アレン様の前では素直に甘くなる。書庫の静けさの中で、二人だけの特別な時間が永遠に続くかのように感じられた。




