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5話 ハエの王

 私はその日も夜ごはんの献立を考えていた。

「今日は、畑で取れた野菜でスープとグラタン作って、メインはマトンのステーキ、デザートにプリンもあるけど、足りないかー」

 家にある食材で出来るものをあげてはみたもののおそらくこれでは全然足りない。

 というのも我が家にはフードファイター並みに食べる大食漢が一人いるからだ。

 食品諸々は全てメフィストがどうにかしてくれるから構わないが毎食毎食飽きのないように色々な献立を立てるのはなかなか大変である。

「あと二、三品はほしいところなんだけど……」

 私はふとアスの様子を伺うがどうやら真剣に本を読んでいるらしい。

 アスは何かしている時でも私が声をかけるとそれを優先してしまうから最初にこちらが様子を確認してこういう時はこちらからは声をかけないようにしている。

「マムお困りー?」

 そんな私に気付いたマーがたたっと近寄ってきてそう言いながら顔を覗き込んでくる。

「あ、マー、めっちゃお困り」

 マーとの一件以来よく分かったことはマーが意外とちゃんと周りを見ている、ということだ。

「そーかそーか、マムお困りならマーが助けちゃおっかなー」

「うわー助かる、これから食材の買い出しに町に下りたかったんだよね」

 最近は私が困っているとこうしてさっと手を差しのべてくれることも少なくない。

「助かるでしょー、マム、ウチが一番?」

「それとこれとは別ですー、でもめちゃくちゃ助かるのは事実」

 だけど締めに毎回同じことを聞いてくるのでこのやり取りもいつものことになっている。

「バカしてるとこ悪いんだけど」

「どうしたのゼブル」

 そんな私達に珍しくゼブルのほうから声をかけてきたので私はゼブルのほうを向いて聞き返す。

 この世界に来て七つ子を育て始めて、ゼブルとしたやり取りは出会い頭に火球を放たれてそれをいなす程度のことしかしたことがない。

 だからこそ相手からこうして歩み寄ってきてくれたのならチャンスを失わないように出来る限り耳を傾けたい。

「オレ様もついてく」

「はー? ゼブルもマムの一番狙ってるのー?」

「そんなくだらないもんは狙ってねーけど……ちょっと用事あんだよオレ様も」

 マーに食って掛かられてもゼブルは気にした様子もなくそう言って頭をかく。

「……別についてくる分には構わないよ、よし、じゃあ準備してー」

 町になんの用事があるのかは知らないけど別についてきたいなら断る理由もない。

 私は早々に二人に準備するように促す。

「最近、マーはすっかりアサギサンにべったりだよね」

「……ほっとけあんなやつ」

 そんな私の後ろからはサッくんとルーのそんなやり取りが聞こえてくる。

 この二人ともいずれ分かり合いたいが、今は一旦買い物の準備を優先することにした。


「最近また悪魔の被害があったみたいよー、荷車も襲われて、あの家の奥さんも悪魔に取り憑かれたって話よ」

「嫌ねー、悪魔なんて全部いなくなればいいのに」

「そんなこと言ってると悪魔に狙われるわよー」

 町に下りてくるとこんな日に限って市場は悪魔の話で持ちきりだった。

「……」

「ウチ慣れてるからダイジョブだよマムー」

「そっか……」

 私の視線にいち早く気づいたマーはすぐにそう言って笑って見せるから、余計に少しだけ心が痛む。

 この世界に転生して知ったことは決して多くはない。

 子育てをするにあたって大体が家と町の往復ぐらいしかする必要がないからだ。

 だけど、それでも悪魔がこの世界で良いものとして扱われていないことはよく分かる。

 私の元々いた世界でも悪魔は悪として扱われていたけど、この世界でも悪魔の名前が出ればそれは大体がどこの誰が悪魔に取り憑かれたとか、殺されたとかそんな話ばかりで、悪魔の七つ子を育てている身としてはあまり良い気はしない。

 実際出会い頭に殺されかけたしゼブルには絶賛命狙われ中だがどれも子供のすること程度で、そこまでの絶対悪には見えないのだ。

「あ、あったあれだ!」

「こらゼブル! 勝手に行かないの!」

 周りの声など聞こえないというように町に下りてきてからずっとキョロキョロしていたゼブルが何かを見つけた様子でとたんに駆け出す。

「おいアサギ! これ食いたい」

 ゼブルはひとつの屋台の前で立ち止まると串に刺さった肉を指差してそう言う。

「これは、アロスティチーニ? ダメよ、今日はマトンのステーキあるし、これ追加したら肉肉になっちゃうでしょ」

 私はそれをちゃんと理由を添えて断る。

 一応これでも栄養とかが偏らないように献立を考えているのだ。 

「そんなこと知らねぇよ! オレ様は! これが食いたいの! これ食う為に嫌々こんなことまでついてきたんだ!」

「……成る程」

 地団駄を踏むゼブルを見て唸りながら顎に手を添える。

 何かでアロスティチーニを見かけて、それを買って貰うためにわざわざここまでついてきたのか。

「ゼブルばっか構って貰ってズルい!!」

「痛ってぇな! 何すんだよこのバカ!」

 だけど考えて諸々してるうちにマーが怒ってゼブルのことを突き飛ばし、それにゼブルが乗ってしまい取っ組み合いの喧嘩を始めてしまうから

「こら、喧嘩しないの」

 私はとりあえず二人を引き離して喧嘩を止めることに専念する。

 なまじ二人とも悪魔なもので力が強いから子供の喧嘩でも本腰を入れないと止められないのだ。

「マムがゼブルのこと庇う!!」

「そういうわけじゃ――」

「ゼブルなんて食べてばっかのただのハエの王の癖に!」

「っ……」

 完全に癇癪を起こしたマーがゼブルに向かってハエの王と言った瞬間、確実に場の空気が変わった。

 それは、暗く淀んでいて、ゼブルから滲み出している。

「今、なんつった? マモン」

「ハエの王って言ったの、バカベルゼブル」

「よし殺す」

 マーがもう一度ハエの王と言うとゼブルの背中からは紅い灼熱の羽が、頭には真っ赤なハイロウのようなものが浮かび上がる。

 正確にはゼブルは悪魔だからハイロウとは言わないのかもしれないが。

 だけど、それよりも目についたのはゼブルの口を覆う大きな黒い影のような口だった。

「オレ様の固有魔法、喰王(キングイーター)は全てを喰らう大喰らいの口だ、お前なんか一飲みにしてやるよ」

「弟の癖にナマイキー」

 そして、そのまま二人は悪魔の力を使って喧嘩を始めてしまう。

「きゃー! あの子、悪魔よ!!」

「殺される!!」

 悪魔を恐怖の対象としている人間が多数いるなかで始まった悪魔同士の喧嘩、勿論パニックが起こるわけで

「ちょっ、二人とも! 落ちついて、とりあえずここ離れないと……」

 逃げ惑う人の波に抗って私は二人を捕まえようとする。

「落ち着けみんな! オレがあいつらぶった斬る!」

 だがこういうときに限って正義感の強い冒険者が立ち会ってるもので、青年は言うが早いか剣を引き抜き二人に向かって振りかぶる。

 二人は、喧嘩に夢中で迫りくる剣に気付いている様子は、ない。

「二人とも! このっ……」

 騒ぎを最初に始めたのはこちら。

 少しだけ申し訳なく思いながらも私は冒険者の手首を掴むとそのまま

「えっ、うわぁ!!」

 大きな体躯に身体を滑り込ませててこの原理で冒険者を地面に投げつける。

 悪党時代よく体格さのある相手に使っていた技だ。

 私は女で相手の警備員とかは屈強な男が多かったからよく使った。

「剣持った男投げやがった、なんだあの女! あ、あいつも悪魔か!? うわー!!」

 私が攻撃に転じたせいで周りの騒ぎは余計に大きくなる一方で、私は頭を抱えながら二人のほうを見る。

 そうすれば意外なことに二人とも喧嘩を止めていて

「マムが庇ってくれた! マムカッコいー!」

「っ……お前、今庇ったのか? 悪魔のオレ様を……」

 マーはいつも通りだったけどとりわけゼブルは驚いた様子でこちらを見ていた。 

「悪魔だろうと何だろうと育ててる子供庇うのは当たり前でしょこの馬鹿!」

「痛った!」

 私は言いながらすっかり元の様子に戻ったゼブルの頭をひっぱたく。

 昭和堅気な考えだから必要な時は暴力もやむ終えない。

「とりあえず一回離れないと、っていうかこんなに壊しちゃってどうしよ……」

 子供とはいえ悪魔の喧嘩。

 周りを見ればそれなりに物も壊れていて、これに関して言えば百パーセント私達が悪いわけで、そもそも悪魔だとバレたこともどう対処すればいいのか考えないといけない。

「ふむ、なにやらお困りみたいっすねー」

 考え事が山積みで頭を抱えていればふと、あの軽薄な声が響く。

「メフィスト……!」

 声のする方を見ればそこには出会った時と変わらないフードを被った姿のメフィストが屋台の屋根の上に座っていた。

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