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3話 おどける必要なんてない

 悪魔の七つ子の子育てを始めてから早一週間が経とうとしていた。

 そして直近で解決したい悩みも出てきた。

「レヴィ、買い物についてきてくれない?」

「ぼ、僕だったら簡単に言うこと聞くと思ったんだ、最低だね、人間の考えそうなことだ、そんなこと考え付く頭が羨ましい……」

 私は手近で本を読んでいたレヴィにそう声をかけてみたものの返ってきたのはそっけないNoの返事だけ。

 そしてもう話しかけるなというように私から距離を置いて座り直す。

「……マー、買い物に行きたいんだけど荷物持ちお願い出来る?」

「なんでウチに一番に声かけなかったのか意味ワカンナイからやーだもん」

 次に少しだけ離れたところでごそごそと何か漁っていたマーに声をかけたけど顔を上げることすらせずに拗ねたような声でそう返ってきた。

「……ミスったかー」

 これもしかしたら順番間違わなければマーはついてきてくれたかもしれない。

 次は真っ先に声をかけてみよう。

 そう、問題とはこれ。

 子供を含めるにしても八人分の食料を町からここまで運ぶのが意外としんどい。

 特にゼブルはよく食べるから実質八人分とは思えない量の食料を調達せねばならないのだから余計しんどい。

「……全く、いつまで経っても子供で仕方ないですね、アサギさん、私で良ければお供しますが」

 内心そんなことを考えていれば見かねた様子のアスがそう名乗り出てくれる。

「……助かるわアス」

「これくらいお安いご用です」

 お礼を伝えてもアスは特段いつも通りで変わることはない。

 アスは七つ子達の中でも特段大人っぽくておとなしい性格だと言えるだろう。

 無視もしないし出会った瞬間攻撃してきたり舌打ちしたりもしない。

 いきなり怒り出したりマイナスなことも言わない。

 だからこそ

「お礼に夜ごはんアスの食べたいもの作るわ、アスは何が食べたい?」

「魚以外でお願いします」

「了解」

 逆に少しだけ心配になるのだった。


「ねぇ、本当にいらなかったの?」

 買い物の帰り道、そろそろ家に着くという頃にアスにそう声をかける。

 その小さな体躯でそれなりに重い荷物を軽々持ったまま道を進んでいく姿は流石というかなんというか、人間ではないのだと改めて実感する。

「私だけ良い思いをすれば、兄弟が怒りますよ」

 荷物持ちのお礼にとお菓子を買おうとすればそんなもの必要ないとアスに断られてしまったのだ。

 だけど普段の生活を見るに別にお菓子が嫌いなわけではないようだしと理由を考えていたのだが検討がつかなかったのでこうして聞いた次第。

 成る程、自分だけ優遇されるのが嫌だったのか。

 でも

「お手伝いしてくれた子が得するのは自然の理よアス、これは覚えておいて損はないわ、ということではいこれ」

 世間一般的にも親のお手伝いをした子にはごほうびが待っているというのが常である。

 だから私は買い物袋からひとつのロリポップを取り出してアスの前に差し出す。 

「これは……」

「道案内と荷物持ちのお駄賃」

 これはアスに断られた後に勝手に買っておいたものだ。

 何か、もっと別の考えがあるのであれば渡すのはやめておこうと思っていたがこの理由なら渡しても問題ないだろう。

「……ありがとうござ――」

「あー! アスが良いもの持ってる何でー!」

 それをアスが受け取ろうとした瞬間、マーの大きな声が響き渡る。

「マー……こ、これは、あなたにあげようと思って……」

 その瞬間アメを受け取っていたアスはそれをマーに差し出す。

「マジ? ありがとアスー! ま、ウチが貰ってトーゼンだよね! ウチが一番だしー」

「……」

 それをなかば奪うように掴んでまた走り出すマーをアスは何か言いたそうな顔で見送る。

「アス、わざわざあげる必要なかったのに」

「別に、お菓子を食べる気分じゃなかっただけです、やれやれ、長女なのにマーはいつまで経っても子供ですね、私を見習ったらいいのに」

 私が指摘すればアスはすぐにいつもの取り繕ったような表情を浮かべるとそう言っておどけて見せる。

「……アス」

「さてと、手伝いも終わりましたし私は行きます」

 アスは私が名前を呼ぶのも気にも止めず家の中まで荷物を運ぶとそのまま外へ出ていってしまった。

 どれだけ取り繕ってもアスが何を思ってあの行動に出たのか、私には分かってしまった。

 そう、その感情は

「……何を、怖がってるんだろう、あの子は」

 恐怖だ。 


「アスー、買い物付き合ってくれる?」

 その日も私はアスに買い物の荷物持ちを頼んでいた。

 毎回アスに持ってもらうのは悪いが他の子達は聞いてくれないので仕方ない。

 マーに関しては最初に声をかけるようにしてみたがよく分からない理由をつけられて断られたので諦めた。

「あ、はい、私でしたら喜んで」

 紙に何かを書き付けていたアスはすぐにそれを中断して立ち上がる。

 あ、何かしてたなら邪魔するべきじゃなかった。

 声をかけた後に気付いても遅いのだけど。

 それに、アスもやっていることがあるならそれを優先して断ってもかまわないのに。

「ねぇねぇルー、最近アサギチャンアスにばっかり頼んでズルいねー、ウチが一番なのに」

「あいつが言い返せないからつけこんでるんだろ、狡い人間のやりそうなことだ」

 そんな私達のやり取りを端から見ていたマーとルーがそんなふうに軽口を叩き合うのが聞こえてくる。

「っ……」

「……」

 まただ、その時また、アスから少しだけ恐怖の色が見えた。


「ねぇアス」

 買い物の帰り道、私はふとアスに声をかける。

「なんでしょうか?」

「君も、他の子達みたいに断ったっていいんだよ? 無理して付き合う必要はないんだから」

「む、無理なんてしてませんよ私は」

 名前を呼ばれてこちらを向いたアスに私はそう諭してみるけど返ってきたのはそんな言葉だけ。

「お駄賃を兄弟の誰かにあげる必要もないし」

 あの日の後もこうして買い物の手伝いをしてもらう度にお駄賃としてお菓子を買ってあげているのだがアスは毎回何かと理由をつけてそれを兄弟の誰かにあげてしまうのだ。

 大体はマーかゼブル、たまにレヴィ。

「好きであげているだけです、私は兄弟思いですから……」

 それを指摘しても返ってくるのはいつも同じ答えで

「……本来はそうやって大人ぶる必要もない、まだ子供なんだから」

「っ……」

 私はそれを見るたびに居たたまれない気持ちでいっぱいになる。

「……ある、話をしようか、昔々に聞いたお話、ほら、座って」

 私はアスの頭を軽く撫でると手近にあった切り株に座るように促す。

「はい……」

 アスは促されるままにちょこんと座ると顔をこちらへ向ける。

 これから話すのは、愚かな少女の物語だ。

「とある村にとある少女がおりました、孤児で協会に預けられていた彼女は極度に周りの人間に嫌われるのを恐れました、それは、協会に預けられるよりももっと前、親に言われた言葉からでした、親は少女に言いました、お前みたいなやつは誰からも愛されることはないだろう、と」

「……」

 アスは私の語りに黙って耳を貸している。

 不貞の末に出来てしまった邪魔な子供であった少女。

 その少女が生まれたことで二つの家庭が壊れることになる。

 だから、誰からも求められず、愛されなかった。

「少女は争い事を嫌い、人が嫌がることを進んで自分からやりました、欲しいと言われれば言われるままに望まれたものを差し出しました、代わって欲しいと言われれば笑顔で一つ返事にそれを受けました」

 愚かな少女はそれが唯一人に愛される方法だと信じて疑わなかったから。

「ある日、協会で一つの事件が起きます、皆が方々に言いました、その事件を起こしたのはその少女だと、彼女は以前にも罪を肩代わりしたことがあり、神父様は他の子供達の言葉を信じ、少女を協会から追い出しました、そうして彼女は住む場所すらうしなったのでした、めでたしめでたし」

 本当は、ここから先にもまだ物語は続くけど、少女の物語を語るのならここまでで第一章は完結だろう。

「……それの、どこがめでたいんですか?」

 黙って話を聞いていたアスは怪訝そうにそう言い返してくる。

「少女は教訓として覚えたの、人に優しくし過ぎても決して良いほうに転がるわけではないってことを、人は調子に乗る生き物だから、適度に、ちゃんと距離感を測るべきだった、嫌われたくないからって良い人の皮を被ってもいずれそれが当たり前になって、誰も何も考えなくなる」

 人に限らず生き物はどこまでもつけあがる。

 だから、当たり前になったことに感謝すらしなくなる。

「……それが、その少女が、今の私だとでも言いたいんですか?」

「んー、近からず、遠からずって感じかな、全く一緒ってわけでもないだろうし……」

 少女の物語とアスの現状が百パーセント同じかと言われれば否だろう。

 だけど、近しい部分はあると思う。

 ただ何故兄弟に嫌われることをそこまで怯えているのかまでは分からないけど。

 なにせまだ私はこの子達と出会ってから一ヶ月も経たない。

 お互いに分かり合うには時間が足りていないのだ。

「……あなたには、分からないことでしょう、人であれば誰でも魅了できる私にとって、操れない相手がいるというだけでそれがどれ程までの恐怖なのかは」

「……」

 初めて、アスの言葉に怒気が孕んだ。

 おそらくどこかで地雷を踏んだのだろう。

 でもどちらにせよなぁなぁには出来なかった事柄だ。

 今決着をつけてしまうのも良いかもしれない。

「メフィストから聞きませんでしたか? 悪魔の固有魔法について」

「そういえば、そんな話もしてたような……」

 固有魔法、その言葉自体は確かにメフィストから聞いていた。

 悪魔はそれぞれ固有の魔法を所持していると。

 だがその詳しい内容は悲しきかな教えて貰えていないのだが。

「よくよく考えればあなたも人間、なら、あなたに付き合ってあげている懐の深さを見せるよりも最初から魅了して、私に落として自分の強さを皆に誇示するべきでした」

 一度地面に視線を落としたアスが顔を上げるとピンクの瞳がいつもより数段、強く光輝いていて

 今まで断ることもせずに私に付き合ってくれていた理由の一部を語ってくれる。

「色欲を司る私の固有魔法は魅瞳(カラーアイ)、血の繋がらないものならば人間でも悪魔でも目を合わせただけで魅了できる瞳、あなたも、すぐに楽になれますよ」

 アスの言葉と同時に強く輝くピンクの光が集束して、一匹の蠍を形どると尾の針で私の瞳を刺した。

「っ……」

「……」

「……特に、何も変わらないけど」

 慌てて身構えて数秒、特にアスに魅了された感じもせず、普段通り過ぎて拍子抜けしながらアスにそれを伝える。

「そんな筈はっ……」

「あー、これ本物の人間の身体じゃないからかも、土から作られた人形だし瞳はガラス玉だからなー」

 慌てた様子のアスを見ながら私はふと、思い付いた仮説を上げてみる。

 目と目を合わせるのが条件、ということはガラス玉の瞳ではそれに該当しないのかもしれない。

 そうなのであれば作り物の身体だったことに今だけは感謝だ。

「そ、んなっ……」

「いやー、それにしてもアスの本心が知れたのは何より」

 おそらく自分の固有魔法にそれだけの自信があったのだろう、目に見えて落ち込むアスに私は本心を伝える。 

「っ……」

「ま、だからって何かが変わるのかって言われればそんなことないけど……」

 一瞬怯えた表情を浮かべたアスに続けてそう伝える。

 これでアスの本心を知れてより深い部分で分かり合えるようになることこそあってもこれがマイナスに働くことはないだろう。

「はっ、戯れ言を、どうせもう私を買い物の付き添いに誘ったりはしなくなるのでしょう、あなたも」

「いや、するけど」

 だけどそれを信じようとしないアスに私は簡単に肯定して見せる。

「……はっ? な、何でですか!?」

 私が肯定して見せればアスは驚いた様子でそう聞き返してくる。

 こういうところはやっぱりまだ年相応って感じがするな。

 いくら大人ぶってもまだ六歳なのだ。

「だって他の子ついてきてくれないし、八人分の食材重いし、色々裏に策略があったとしてもアスがちゃんとお手伝いしてくれてることに変わりはないし、ま、話も終わったから帰ろっか……と、その前に、はいこれ」

 私は軽く説明を終えるとあの日のように買い物袋からロリポップを取り出してアスのほうへ差し出す。

「これは……」

 この間と違うのは

「お兄ちゃん面して他の子にあげちゃうならバレる前に即効で食べるべし、本当はあげないーって言えれば一番なんだけど、今は難しいなら毎回どこかで食べちゃえばいいよね」

 まだ家からそれなりに距離がある場所だということぐらい。

 見られたらあげちゃうなら見られなければいい。

 これは私のですって断れるようになるまではそうすれば良いだけの話だ。

 その子それぞれの個性を変えるのではなく親がその子達の個性に合わせられるのなら合わせる。

 それが一番の解決策だ。

「……あなたは、変わっていますね、初めて見るタイプ過ぎて少々動揺はしますが」

 アスは言いながら私からロリポップを受け取る。

「変わってるってのはよく言われたなー」

 変わっている、生前からよく言われた言葉だ。

 よくも、悪くも。

「……いただきます」

 アスはそれだけ言うと初めてお手伝いのお駄賃のロリポップに口をつけた。

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