2話 まずは自己紹介
「さてと、それじゃあ自己紹介から始めましょうか」
全員が着席したのを確認してから私も椅子に腰かけるとそう促す。
「……そんなもの必要ないだろ、どうせ長い付き合いにはならないんだから」
真っ先に反抗したのはさっき無理やり座らせた金髪の少年だった。
「まぁ、そうかもしれないけど、短い付き合いでもちゃんと自己紹介は必要ね、相手のことを知る一番楽で、一番大切なことだもの」
短い付き合いでも長い付き合いでも関係なく自己紹介というものはちゃんとしておいたほうがいい。
それは二十六年というそこまで長くない人生の中で培った教訓の一つだった。
それを怠ったばかりに後悔することだってこの先あるかもしれないのだから。
「……」
「ということで、まずは私から、私は……浅葱、好きに読んでもらって構わないわ、メフィストから提案されて一つの願い事を叶えてもらう契約の代わりに十六歳になるまで責任もってあなた達を育てるからよろしくね」
黙り込んでしまった少年を一瞥してから見本を見せるようにまずは私から自己紹介する。
勿論ここに至るまでの経緯も隠すことなく全てを語る。
「……な、なんでそんなとこまで話しちゃうの……? 今までの人達は――」
「サッくん、前のやつの話なんて止めようぜ! 思い出しただけでムカつく!」
驚いた様子で私に問いかけて来ようとした黒髪の、何故か帽子を目深く被っている少年を件の火球の少年が腹立たし気に止める。
「う、うん……」
黒髪の少年も思うところがあったのかそれ以上語ろうとはしない。
私の先代の育ての親はある事があって壊れたとメフィストから聞いていたがこれは、何か彼らとの間にも確執を残している可能性が高そうだ。
それはきっと、これから彼らと絆を結んでいく中でも色々としこりになりそうでもある。
「……これから一緒に生活するのに初対面から嘘とか建前で取り繕ってちゃしょうがないじゃない、ということで、あまり物覚えの良いほうじゃないから一番上の子から紹介してくれると嬉しいのだけど」
子供というのは第一印象というのを大切にする。
彼らはメフィストの話ではまだ六歳で、悪魔だなんだという前にただの子供であることに代わりはない。
だから私は出来るだけこの子達に誠意のない対応はしたくないのだ。
「……」
「あなたが一番上ってことでいいかしら?」
一番上の子、という呼び掛けに一人の少年に視線が集まる。
その子は私が無理やり着席させた金髪の少年だった。
「……下らないな、どうせオレ達がガキだからって何言っても分からないって思って見下してるだけだろ、オレは、お前に、人間ごときに自己紹介なんてしない、なぜ悪魔の中でも偉い次期七大魔王であるこのオレが人間に媚びへつらわないといけないのだ、やりたいやつだけやってろよ」
だけど少年は私のそんな姿勢を悪く捉えたようでそれだけ言うと早々に椅子から降りて外に出ていってしまった。
「あ、待ってよルシファー!」
そしてそれを追うように帽子の少年も席を立つ。
「あーあ、サッくんとルシファー行っちゃったー」
白髪の少女がどうでもよさげにそうぼやく。
そうか、子供からすれば全てを明かされることをバカにされていると取ることも出来るのか。
これは盲点だった。
次からは気を付けないといけない。
「一度席に座らせただけでも御の字でしょう、彼らの紹介は私がしましょうか?」
そしてここでまた助け船を出してきたのはピンクの頭髪の少年。
「……そうね、お願いしてもいい?」
本当であれば本人にちゃんと自己紹介して欲しいところだけどこのままではそれもなかなか難しいだろう。
早々に断念した私は彼に頼むことにする。
「まず、啖呵を切って飛び出していったほうがルシファー、七つ子の長兄にして傲慢を司る悪魔です」
「傲慢、ね……」
傲慢を司ると聞いて妙に納得した。
金の天パにキッと結んだ黄金の瞳。
そしてあの行動とあの態度、傲慢を司っているのであれば納得いく。
彼と仲良くなるにはまずは私や人間を対等に見てもらう必要があるだろう。
「もう一人、ルシファーに着いていったのはサタン、だけど皆サッくんと呼びます、彼は三男、憤怒を司る悪魔です」
二人目の彼、黒い頭髪に漆黒の垂れた瞳と目深にかぶった帽子が特徴的だった子。
彼が憤怒を司るというのは少しだけ意外に感じる。
初対面の印象では怒りからは程遠く、少しだけ臆病な印象すら受けた。
皆が皆司る悪魔の形に似通った性格をしているわけではないのだろうか。
「次に私はアスモデウス、次男で、色欲を司ります」
そして三人目、七人の中で唯一敬語で話す彼は色欲の悪魔。
ピンクの頭髪に桃色の瞳、それから子供でありながら少し妖艶な雰囲気を併せ持つところを見ても色欲と言われて特に違和感はない。
「成る程、ありがとうアス」
「……アス?」
私がお礼を伝えがてらアスモデウスをアスと呼べばキョトンとした様子でこちらを見やるから
「私人の名前覚えるの苦手なの、さっきのやり取り見るにみんな名前長そうだからあだ名ってやつね」
てっとり早く私は説明してみせる。
それにあだ名というのは距離を縮めるのにちょうど良いと聞いたこともある。
「……成る程」
「さてと、それじゃあ次の子お願い出来る?」
「はいはいはい!! 次はウチ! 次こそはウチがする! ほんとは最初にしたかったのにー! アスのせいで四番! ズルい!」
私が次の子の自己紹介を促せば白く柔らかそうな長い頭髪に銀色の瞳をした少女が見た目に反して元気に手をあげる。
「それじゃあどうぞ、お嬢さん」
「ウチはマモン! 強欲を司る悪魔! 一番強くて一番可愛くて一番カッコいい悪魔!」
私が自己紹介を促せばマモン……マーでいいか。
マーはそう言って元気に笑ってみせる。
さっきのやり取りからも強欲を司るだけあって全て一番じゃないと気が済まないタイプなのだろう。
「バカだなマモンは! 一番カッコいいのはこのオレ様、七つ子の四男、暴食を司る悪魔、ベルゼブル様だ!」
そしてそれにやりあうように席から立ち上がったのは燃える炎のような赤い短髪にそれに負けず劣らずの紅い瞳をした少年だった。
ベルゼブル、彼はドアを開けた私に真っ先に火球を放ってきた子だ。
負けん気の強い性格なのだろう。
「バカなのはベルゼブルのほう! 一番カッコいいのはウチですー!」
「こら、喧嘩しないの」
今にも取っ組み合いを始めそうな二人を声で制すけど、それで止まれば苦労はしない。
「……喧嘩できるくらい自分に自信があって羨ましい……僕はレヴィアタン、五男、嫉妬を司る悪魔だけど、他の子達みたいには何も持ってない何も出来ないダメな悪魔、僕の自己紹介おしまい、もう話したくないから何も言わないで」
私が二人を止めようと椅子から立ち上がるタイミングでずっと俯いていた少年がぼそぼそと声をあげる。
レヴィアタン、水色の女の子のように長い髪をポニーテールに結っていて、深い青い瞳は水底のように揺らめいている。
確か水球を放ってきたのは彼。
自分に自信がないタイプなのは言動からも見てとれる。
「結果みんな自分から自己紹介してるのウける、自分はベルフェゴール、次女で怠惰を司る悪魔、趣味は寝ること嫌いなものは人間、以上」
ルシファー……ルーとサッくんを追いかけるのが先か、マーとベルゼブル……ゼブルの喧嘩を止めるのが先か、レヴィアタンだから、レヴィを慰めるのが先か、悩んでいる私に最後の一人がそう自己紹介してくる。
彼女は私がこの家の扉を開けたときには既に椅子に座って机に突っ伏していた。
ふわふわと揺れる緑色の髪、一瞬顔を上げた時に見えた瞳は深緑色でハイライトがなかった。
おそらく、この中の誰よりも私に敵対心を抱いているというのは瞳を見ただけで一目瞭然。
「……成る程、これは確かに、前途多難ね」
私は手近だったマーとゼブルを引き離しながら今後のことを考えて一人そうごちるのだった。