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9話 心の闇に明るく灯る

(もうこれ以上は看過できない、今すぐに荷をまとめて出ていきなさい、お前の生きられる世界はきっとこの世界のどこを探してもあるまい)

「……」

 神父様にそう言われて協会を追い出されたとき、不思議と悲しくはなかった。

 私がしたことじゃないのに全てが私のせいになった時も、不思議と怒りは沸かなかった。

 私が覚えた感情はただ、同じ生き物でありながら争い、生きるために足の引っ張りあいをするしかない人間の性にたいする憐憫のような感情だけだった。

「こんなとこでそんな不用心に座ってると危ないぞー、ちび」

 協会からそれなりに離れたところの何かの店の軒下で雨宿りをしていた私に一人の男がそう声をかけてきた。

「……誰? 別に、私がどうなろうと関係ないでしょ」

 その時の私は本当に自分がどうなろうと構わないと思っていた。

 日の光の当たるところに私の居場所はないのだと。

 でも

「関係大有りだ、俺がお前に声をかけなかったせいで次の日死体にでもなって発見されたら寝覚めが悪いからな、助けられる命が目の前にあるならそれを無視は出来ない」

 その人は私の諦めた自分の命を諦めることなくそう言って、手をこちらへと差しのべてくれた。

 それが彼との出会いで、十歳の時の話だ。


 その青年は決して本名を名乗らなかった。

 ただ一言、俺は悪人だとしか言わなかった。

 独りの少女に手を差し出しておいて悪人なんて言うのだから笑い話も良いところだろうに。

 それからしばらく、私は彼と行動を共にすることになる。

 色々な国を渡り歩いて分かったことは、それは彼が本当に悪人であり、本当は善人である、ということだけだった。

 彼は言った。

 世界の争い事は決してなくなることはない。

 それならば世界が手を取り合ってでも倒さなければいけない絶対悪を作ればいい、と。

 そしてそれに自分がなるのだと。

 いずれ訪れる世界平和の為に命を捧げる覚悟なのだと。

 だけど彼は、荒唐無稽なその夢を叶えることなくその命を終えた。

 それが私が十六の時だ。


「ご、ごめんなさっ……私がっ、ちゃんと周りを見てれば……!」

 事故の原因は飲酒運転だった。

 酔っ払ったトラック運転手が歩道に突っ込んで来たのだ。

 その時私は、考え事をしていて避けるのが遅れた。

 それを彼がかばった。

「チビが無事なら、それで、いい」

「良くないよ……だってあなたはまだ、やるべきことが……」

「……もしさ、やることない、生きる価値ないって、今もまだ思ってるなら、継いでくれないか? 黒い悪魔、を」

「私が……黒い悪魔……」

「俺たちで、なるんだよ、世界平和の礎にさ、まぁ、無理にとは言わないから、もし他にやりたいことあればそれして、生きて欲しいけど……」

「断ると思った……? 私が」

「いや、思わないね、だから頼んだんだ、最低だよな、俺って……」

「……あなたが救った命だから、あなたの為になれるなら、私は何だって、出来る」

「ありがとな……俺と一緒にいてくれて、唯一、俺を理解してくれて……」

 こうして私は誰も知らないところで黒い悪魔の肩書きを引き継いだ。

 そう、私は二代目黒い悪魔なのだ。

 彼の意思を継がなければいけなかった。

 達成しないといけないことがあった。

 それなのに一人の命を助けて、志しなかばで死んでしまった私を彼は怒るだろうか。

 いや、怒らないだろう。

 きっと、絶対。

 そんな人ではない。

 

『いや、許さない』

 私の物語はそんな美談で終わる筈なのに夢は覚めることなく彼の声が頭に響く。

『お前は子供の命よりも世界の礎を選ばなければいけなかった』

 言わない。

『俺の意思を、尊重しなければいけなかった』

 これも言わない。

『憎い、俺を殺したお前が、憎い、やり遂げなかったお前が』

 これも、言わない。

 よく知った声が発する憎々しげな声と言葉は全て、私が彼と過ごした六年間を塗り替えることが出来る程の厚みはなかった。


「っ……」

 ガバッと私が身を起こせば上にかけられていたらしき布がバサバサと音を立てて散らばる。

「あ! マム起きた!」

「大丈夫ですか!?」

「生きてるかー」

「こ、れは、現実?」

 目に映るのはマーとアスとゼブル、そして少し離れたところにベル。

 確実に現実の筈なのに、先程まで見ていた記憶が鮮明すぎて起きた自覚がない。

 だけど自分にかけられていた布が洗濯かごに入れてあった干そうとしていた衣服だと気づいたところでああこれ現実だって思い知らされる。

 六歳の子供達なりに気遣ってくれたのだろうけど服も床もびしょびしょだ。

「思ってたよりも早く目が覚めましたねー、あんまり面白い記憶でもなかったし、期待はずれー、眠……」

 そんな私を見ながらベルは大きく欠伸する。

「私の、記憶を見たの?」

 ベルの面白い記憶でもなかったという言葉に私はつい反応してしまう。

「はいって言ったらどうするの? 怒る? 見たことにたいして? 改編したことにたいして? っ……え……」

「ベルは大丈夫なの!? あんなもの、追体験して、人も死ぬし見てて気分のいいものでもなかったでしょ……」

 ベルがそれを何の迷いもなく肯定するから私は慌ててベルの近くに寄って頬とかおでこに手を当てる。

 六歳の子供に死体の映像とか出来る限り見せたくなかったのだが。

 記憶を勝手に見られたとか改編されたとか、そういうのははっきり言ってどうでもよかった。

 そもそも見られたり変えられたくらいで濁るような思い出ではないのだ。

 彼との日々も、独りになった後の日々も、私は精一杯生きた。

 何一つ悔いがないと言えば嘘になるけどそれくらいのことで揺るぐことはない。

「……別に、悪魔だからあれくらいは」

「悪魔である前に子供でしょ」

 慌てて私から距離を取るベルに当然のことを言う。

 悪魔だから死体も見慣れてるのかもしれないけど、それでも死体なんて見て気分の良いものではないはずだ。

「っ……」

「子供には少し刺激が強いと思うのよね私の記憶……ベル?」

 私から少し離れたところで珍しくその眠そうな瞳を大きく開いているベルに呼び掛ける。

 さっきから普段はしないような反応ばかり返ってきて少し心配になってくる。

 だけどベルは

「はぁーーー、見られたことや改編されたことに怒ると思ったのに、これじゃあ自分がバカみたい、認めます、自分の負けってこと」

 大きくため息を吐いた後にそう言って降参するように手を上にあげた。

「……いつから戦ってたの私達」

 だけど残念なことに私にはベルの言うところの心当たりが全くなかった。

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