インターミッション ヴァーン州の領主の日和見
ヴァーン州西部のイマーティア郡の領主、ディロー・イマーティアは太守の居城から極端に離れているせいもあり、ほとんど独立勢力として行動していた。ろくに太守のベルトラン家にも従わず、せいぜいご機嫌伺いをたまにするぐらいだった。
太守のミンヘイ城まで東に山を越えて、3日はかかるのだ。同じ郡と言ってもほとんど別の州のような場所だ。まだ湾になっている海から北上して時計回りにコルマール州に出るほうが楽だった。
そんな彼のところにシリル・バールという商人がやってきた。名前の知れた商人だから、彼は当然面会の許可を取った。
近頃の商品の相場の話から、シリル・バールは声のトーンを変えた。
「おそらく近いうちにヴァーン州の東側は大きな戦乱になります。できれば、峠道を遮断して、人の行き来ができないようになさったほうが安全かと思います」
「ご忠告ありがたいが、それは誰かが言っていることかね?」
彼も謎の話をそのまま鵜呑みにするほどバカではない。流言の類は常にはびこっている。
「ベルトラン家に対抗しそうな家がありましてな。まあ詳しいことは私もよくわからないのですが、とにかくベルトラン家に肩入れをしないようになさいませ」
「もしかして、竜騎士家の生き残りを名乗るコルマール州の領主か? 竜騎士家の事件は不幸な話だが、それでベルトラン家を滅ぼすというのは無理だ。竜騎士家では太守になれる家格ではない。クルトゥワ伯爵家が直接攻めてくるならともかく、そんな長征をやる体力はクルトゥワ伯爵家もなかなかないようだ」
家柄というのは高いポストほど重要だ。仮に今の太守のガストスが暗殺されるようなことがあったとしても、次の太守もベルトラン家の者になるだろう。アルクリア竜騎士家がガストスを殺したからといって、アルクリア竜騎士家が太守になることを認める領主はほぼいない。
せいぜいがヴァーン州の土地の一部を奪うぐらいだろう。元々、ヴァーン州の領主だったのだから、それならまだ筋が通る。それがディローの現時点での常識的な判断だった。
「ええ、ええ。ですが、何があるかわかりませんので。とにかく、何もなさらないだけでよいのです。それだけで武功と言い張れるぐらいの口添えは私にはどの方面にもできますから」
ディローはその言葉には何も答えなかったが、ベルトラン家のほうに何か異変がないか密使を送り込んだ。
ガストス・ベルトランは別に名君でも何でもない。ただ、それを滅ぼそうとするほどの勢力もヴァーン州にはいないから存続しているだけだ。コルマール州と同様にヴァーン州も突出した勢力がいないので均衡が保たれている。
ガストスにまともに従っていない領主は多い。ディローもそうだ。ガストスがまともに支配できるのはヴァーン州9郡のうち東4郡ほどだ。過去の太守の家柄同士の争いも結局、東から州の中央部あたりで行われて、隅のほうには影響しなかった。
その翌年、サウザンリーフ家の者が兵を挙げた。
ディローはそういえば、そんな一族がかつて太守をつとめていたなという歴史を思い出した。しかし、そんな一族、ヴァーン州でもほぼ残っていなかったはずだ。
ただ、あることにディローは気づいた。
もしサウザンリーフ家の男が勝てば、ベルトラン家を滅ぼすことができるなと。




