レオン・アルクリア、仇討ちの準備を進める2
ヨーン州はウォーインから、波の激しいヨーン湾を渡った先にある。扱いとしては島になるが、5州分もあるので、島という印象はない。それにほぼ陸伝いに大回りすることもできないわけではない。ほかの土地とつながってはいないが、背骨のように島が接近している箇所がある。
そのヨーン州へ向かう船に俺とラコはウォーインから乗った。
といっても、その辺の商船に乗ったわけではない。クルトゥワ伯爵家に理由を説明して、巨大で安全な船に特別待遇で乗船させてもらった。
もっとも、拷問じゃないかってぐらいに船旅はきつかったが……。
「うぅ……酔う……。本当に無理……」
「だらしないですね。ここで敵に攻められたらどうするんですか?」
ラコはまったく平気らしい。
「敵が来たらさすがに戦うけど……バランスとるのも大変だな、これ……」
ヨーン湾は荒波で有名だった。さすがに沈没することはないだろうけど、揺れはする。
「まあ、帰りには慣れるでしょう。こういうのはまさに慣れですから」
「帰りは時間かかっても陸路にしたいな……」
「とんでもない大回りになるうえにクルトゥワ伯爵家と対立している伯爵のところも通るからダメですよ」
どうにか港に着いた。そこからも伯爵家の紹介状を出すと、いい性能の馬車を出してもらえた。権力で人は動かせるものなんだなと実感する。
それでようやく着いたのは、たいして面白味もない村だった。サーファ村よりは広いだろうが、気候的にもそこまで違いはないからか、ノイク郡の土地だと言われても納得してしまう。
村の人間に伯爵家の使いの子爵だと伝えると、村の教会に案内された。ここの州の太守の許可は得てないが、ここの太守もたいした力は持ってないので、十分な管理はできてないらしい。
やってきたのは村長じみた40ぐらいの男だった。
「ここの領主のエンゾ・サウザンリーフと申します」
相手も俺たちの名前を聞いて、すでに意図はわかっていたらしく、明らかに緊張した顔をしていた。
「私なんぞにヴァーン州を攻める総大将をやれと言うのでしょう? それ以外の理由でしたら申し訳ないが」
「正解です。サウザンリーフ家の太守復帰のために戦うとおっしゃっていただきたい。あとはこちらでなんとかいたします」
俺は丁重にかつて太守だった末裔にそう答えた。
サウザンリーフ家はヴァーン州の太守を経験したことのある一族だ。
弱体化した後にベルトラン家に打倒されて没落してしまったことまでは誰でも知ってるが、ヨーン州に逼塞していたとはラコに聞かされるまで知らなかった。
「たしかに私の曽祖父はヴァーン州の太守も経験しておりました。だが、ヴァーン州を守ることはかないませんでした。私がヴァーン州に入っても何も起きませんよ。今の規模ではあなたの重臣会議の末席を汚すこともできないでしょう」
覚悟はしていたが、やはり話にはのってこないよな。
こんなにわかりやすく「傀儡になってくれ」という話もあまりないだろう。これでぜひともと食いつかれても、それはそれでこいつの危機管理は大丈夫かと思ってしまう。
これでどうやって説得すればいいのかな。
「あはははははっ!」
急に楽しそうにラコが笑いだした。
「な、何がおかしいのです……?」
「利用されるのが怖い、そうおっしゃりたいんでしょう? はい、私たちは利用しますよ。でも、ご心配なく。用が済んだからといって殺したりはしませんよ。殺さないといけないほどの危険性はあなたたちにはありませんから」
エンゾの顔に朱色が差した。さすがに怒ったらしい。
「事実でしょう? 今のあなたたちに譜代の大量の家臣団がいるわけでもない、復権を願う勢力がヴァーン州に残っているわけでもない」
「そのとおりだ。家臣団はとっくに解体されている。家臣たちのほうが今ではヴァーン州で有力な領主になっていたりする。家格も逆転してしまった……」
「太守の身分をしばらく楽しんだあと、飽きたり怖くなってきりしたら、その地位を譲ってもらえればこちらはけっこうです。州の国庫を自由にできる立場になれば、王都の近郊に屋敷を建ててあげることぐらいはできます。あるいは大金を手にこの村に戻ってもらうこともできます。このまま引きこもっていれば歴史に名が残ることすらないと思いますが、それでよいですか?」
排除する価値もないから排除などしない、そうラコは言っている。
「このまま捨て扶持のような村一つを治めることでよいと言うなら別にそれでいいです。サウザンリーフ家の末裔はほかにもいるはずですし、当たりもついてはいるんです。太守就任経験のある名族の末裔もほかにいます。あなたを拉致してでも連れていくなんてことはしないのでご安心ください」
ラコはもう席を立った。
「行きましょう、子爵。次を当たりますよ」
ラコに言われて、俺も立ち上がる。わざわざ船まで乗って、あっという間に交渉が終わるとは……。
「ま、待ってくれ」
エンゾまでが立ち上がった。
「最初から一族全部連れていくというのは無理だ。あなたたちの作戦が失敗したら我々も皆殺しになる。だが、私だけなら行ってもいい」
「ええ。それでかまいません」
満足そうにラコがうなずいた。
「しばらくはじっとしていてもらいますが、必ず太守の地位につけてみせますよ」
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エンゾ・サウザンリーフは後日、俺たちが派遣した使いとともにコルケ屋敷にやってきた。
昔の太守の一族だからといって現時点での身分は俺のほうがずっと高いので、こっちがへりくだったりはしない。ただ邸宅を差し上げますのでそちらでゆっくりとお暮らしくださいと伝えた。
変に領主として軍事力を持たれるとややこしいので、かつての太守の一族が住んでいるというだけでいい。これはエンゾのためでもある。
「ここからは直接、ヴァーン州にたいして準備をしていきましょう」
重臣会議上で、そうラコは言った。
「具体的に言うと、何だ? ラコ」
俺から策をあまり言うと俺の印象が悪くなるので、企みはラコの口から出る。
「ヴァーン州の領主もまったく一枚岩ではありませんから、引き抜きの工作をしてこようかなと思います。とくに西のほうの領主は太守に面従腹背ですから」
「それはいいけど、お前は行くなよ。お前は目立ちすぎる。じわじわと悪名が広まってるからな」
ラコ・エレヴァントゥスの名前を出すと警戒されるのははっきり言って自業自得だ。




