2度目の結婚1
俺たちはしばらくの間、キンティーの戦いの後始末に取り掛かることになった。
具体的に言うと軍事侵攻だ。キンティーの戦いに敵として参戦した領主は、太守であるクルトゥワ伯爵家に逆らったとみなせる。それをキンティー村領有の許可を得た側が攻撃しても問題はないというわけだ。
大半の領主はあっさり降伏を申し出たが、抵抗してきたところもあるので、こういうところはしっかりと叩き潰した。
そもそもキンティーの戦いで当主が戦死して崩壊に近い状態になっているところもあった。
それと、ワキン家の時のように本家が手痛い敗北を喫している間に、分家が俺たちに服属してきたケースもあった。本家を出し抜いて、自分たちが当主になろうという魂胆だ。
そんな各個撃破を2か月ほど繰り返すうちに俺の影響力が及ぶ村は30ほどになっていた。
領域はモザイク壁画状で、影響の及んでる村と及んでない村が並びあってたりもしてややこしいが、範囲だけなら平均的な郡なら1郡全部の村の数に匹敵する。
その時点で俺はほぼかつてのアルクリア竜騎士家の当主と同じ程度の実力の領主になっていた。冒険者として動き出してから約二年半。上々の結果だと思う。
この結果はラコが見通していたもので、しょっちゅうラコはにやにや笑っていた。今もコルケ屋敷で俺とフィリがいる前で地図を見ながら楽しそうにしている。
「どんどんこちらの勢力に塗り替わりますねえ」
「あれがあの人の本性です。美貌の領主というのは外面だけです」とフィリが嫌な顔をして言った。とくに否定はしない。
失敗した時はちゃんと反省するんだから、成功した時にドヤ顔させてもいいだろう。
「今回は私の作戦が完全に当たりました。キンティー村の側に立つ領主をできるだけ増やしておいて、会戦で圧勝する。これにより敵方として参戦していた領主を堂々とつぶしていけるわけです。まさか参戦していなかったとウソをつくわけにもいきません。完璧ではないですか」
「その話は何度も聞いた。なんなら今日でも二度目だ」
「ええ。でも、これから作業は第二工程に移ります」
「第二工程?」
「キンティー村より南側で、敵の側にもつかなかったものの、はっきりと私たちの味方をしなかった領主もいましたね。そういった領主にも『伯爵家の裁定をないがしろにしていて無礼である』と圧力をかけます」
フィリが本当に性格が悪いなという顔をした。
「しかし、このコルマール州の太守のお墨付きなんて形だけのものだと思ってたけど、こんなに効果があるんだな」
おそらく大半の領主は遠方の伯爵家なんてバカにして相手にしていなかっただろう。総督のような奴が軍を率いて派遣されてきたらみんな揃って顔を出すだろうが、そういうことも久しくないので、みんな自分たちの上司に当たる上位権力を意識していない。
「太守の権力を上手に使うには、それ相応の実力が必要ですからね。弱小勢力のままでは大義名分を利用できません。小領主はその実力を全然持ってなかったので価値に気づけてなかったんです。ひょろひょろの兵士10人しかいない領主が土地返還を認める裁許状を持っていても無駄ですよ」
ラコの言葉は厳しいが、それが正解だろう。
「さて、味方をしてくれなかった村の威圧ですが、これは誰にやってもらいましょうか」
普通なら俺がやるのが筋なのだが、キンティー村に顔を出す仕事が増えていた。ミュー海神神殿領に戻ったので、地元の小さな神殿を改築するとか、道を舗装して新しい領主が領民思いとアピールするとかいろいろあるのだ。
「わたくしがやりますわ」
声がしたほうを向くと、ナディアが立っていた。いつのまにかコルケ屋敷に来ていたらしい。コルケ屋敷はサーファ村とも近いので、ナディアが顔を出すことは多い。
「キンティー村より北はまだ統治が安定してませんが、その南側ならわたくしでも対処できますから。それにサーファ村からも近いのでわたくしがやります」
「たしかに理にかなってはいるか」
本当はナディアにワキン家旧領をもっと任せたいのだが(サーファ村とつながっているのでナディアが管理しやすい)、それをやるとフィリの立場が脅かされる。ワキン家の保護者という名分で俺はここを支配しているのでいいかげんにはできない。
ラコも異議は唱えてこないので問題ないだろう。
「じゃあ、ナディア、態度が悪い村を威圧する仕事は任せる。ただ、いきなり戦争は吹っ掛けるなよ。まずは反省してもらえるかの確認だ」
「はい。心得ていますわ」
ナディアはやる気のある声で答えてくれた。ラコはちょっと意味合いが違うので除外すると、臣下の中で一番信頼できる存在だ。
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俺はキンティー村へと移動した。馬車でも移動できなくはない距離だ。こちらの支配領域が広がったので、安全に通行できる道が増えて、遠回り不要なルートになったのも大きい。
その日はキンティー村にエレオノーラさんが来ていた。立場からすればおかしなことではない。
「お疲れ様です、神官長」
「本当にノイク郡の地図は大変な変わりようですね」
エレオノーラさんは淡々としていたが、それでも村を再び獲得できてうれしそうではあった。
「この村ですが、レオンさん、本当に海神神殿領ということでいいんですか? レオンさんの直轄領というようなことにはしなくていいんですね?」
「言うまでもないですよ。そのほうが筋は通りますから」
現状、ノイク郡の俺の影響が及んでいるのは、海神神殿領と海神神殿の臣下である俺の私領とに分かれている。巨視的に見ると同じなのだが、書類上は意味が違ってくる。そして、キンティーの戦いのあとは俺の私領の割合が急増した。
ただ、キンティー村に関しては海神神殿の直轄領にしてもらうつもりでいる。
「維持や管理は俺たちが人間を派遣してもいいですけど、海神神殿のほうももう一度領主として本格的に動いてくれていいんですよ。力が衰えたっていっても滅亡したわけじゃないんですし。なんなら、宿場でも経営してくれてもいいですよ」
「そうですねえ。いつのまにか海神神殿領も増えてはいますし、これからを考えてもいいかもしれませんね」
エレオノーラさんがうなずく。俺たちの視界の先には改修作業中の村の海神神殿がある。
「それと、レオンさん、私のほうで本格的に動かないといけないなという案件が一つありまして」
「はい、何でしょう?」
「あなたはまだ私の家臣ということでいいですよね?」
確認するように、エレオノーラさんは俺の目を見た。
「言うまでもないです。それがなければ俺は謎の冒険者のままですよ。単独行動してるから信じてもらえないかもしれませんけど、ものすごく感謝していますから」
「ということは臣下に命令を下してもよいということですね」
「さすがにものによりますけどね……。自害しろとか言われたら抵抗しますが……」
自分こそが主君だという顔でエレオノーラさんはこう続けた。
「レオン君、二人目の妻を迎えなさい。これは命令です」




