キンティー村の戦い2
雨が二日続いたあとのどんよりとした曇り空の日、俺たちはエレオノーラさんが率いる大将の部隊400人を見送った。
エレオノーラさんは奇襲にあって殺されたりしないかと出ていく直前までおどおどしていたが、敵のほうがもっと不安だからとどうにか押し切った。
たしかにこの作戦はエレオノーラさんがいないと成立しない。
彼女を見送った俺たちの別動隊は合計120人。途中まではまとまって動くが、味方の領主の所領である下ベスナト村から4つに分かれる。
敵方の兵のふりをして少しずつ北上し、キンティー村よりも北の敵方の領主の村に入っていく。
あとはそこで暴れまわる。なにせ暴れるのが役目だ。
下ベスナト村で俺はラコ、ナディア、ウォーマーの一人ずつに声をかけていった。自分を含めた4つの部隊で活動する。別動隊とはいえ、俺が領主の立場なので激励する義務はある。
「ウォーマー、あなたは意欲だけでなく実力もある。状況判断も的確だ。必ずこの作戦も成功させられる」
「幕下に入ってからまだ日も浅いですが、別動隊の将に選んでいただけたことに感謝いたします」
実力的にウォーマーが一番リスクはあるが、それでも向上心だけなら元から配下にいた人間にも負けていない。それにステータス的にも伸びていることは知っていた。ウォーマーについてきた下ベスナト村とベスナト村の兵を使えるのも大きい。この兵は現状を変更してもいいと思って行動するぐらい意欲的だからだ。雑兵ではこの作戦には使えない。
「ナディアのところの村は留守居の兵士は軽装らしいから、遠矢で何人か仕留めてくれ。そうすれば敵領主の居宅はあっさり確保できるはずだ」
「はい、元よりそのつもりでございますわ」
ナディアは久々の実戦を心待ちにしているようだった。
「この戦いで大きな武功を立ててみせますわ。レオン様も……どうかご安全に。生きて再会いたしましょう」
ナディアは俺の手を両手で包んで言った。
「ああ、俺はやられるつもりはない。それと、ラコは……どうせ大丈夫だろ」
「あの、それって差別ではないですか? 30人を率いて死地に赴くんですよ?」
ラコは本当に文句を言いたいようだが、死地に赴くのはラコに敵対する奴のほうだ。
「余裕があったら隣の村も落としてくれ。あと、位置的にキンティー村から戻ってきた兵が真っ先に狙う位置だけど、まあ大丈夫だよな」
「なんならそれも迎え撃ってもいいです。ですが、それより早めに合流地点で待っていますよ。皆さんもちゃんと来てくださいね」
俺はうなずいて、背後の自軍の兵士に顔を向けた。
「お前らに俺を若造と侮る奴はいないはずだが、まだまだ敵には舐めてる奴もいるだろう。レオンの名を刻みつけてやるから力を貸してくれ!」
「おう!」「おう!」「おう!」
野太い声が響いた。
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別動隊は敵軍が作戦のために移動しているよう偽装して移動する。いかにも兵糧が入っていそうな空の袋を背負って移動した。
俺の移動ルートにも警備の兵なんかは出ていたが、俺の兵の一人が遠方の村の名前を出して、「兵糧を運ぶために往復してるんだ」と説明するとあっさりと納得して通してくれた。
「あんなの、ウソ言い放題だろ」
通り過ぎたところで俺がツッコミを入れた。
「連中の頭には我が軍がキンティー村より北に来るとは思っていませんから」
敵を欺いた兵士が言った。たしかに一度も考えてないのなら、対処もできないか。
やっぱり領主が多すぎると、こういう時に脆いものだと思った。多分どこかの領主の兵だろうと思って通してしまう。小領主は統一的な兵装もしてないから見た目がおかしいぞとも言えない。
で、俺は自分が制圧する目的の領主の村に入った。ナヴァット村という平野部の村だ。村の入り口でさらに少人数にばらける。少しずつ領主の屋敷に迫っていく。
平野部にあるせいもあって、領主の屋敷の防御性能も低い。一応は堀などはこしらえているが、高低差もないし、敵が攻めてきたらどうにもならなそうだ。
屋敷の前では兵士三人が立っている。主人が出ていってるのに寝て待っているわけにもいかないからな。
「すみません、ナヴァット村の領主代理の方はいらっしゃいませんか?」
俺の兵がまたほかの村の名前を言って近づく。
不審に思った兵が寄ってきたところを俺の兵が敵の首を斬り落とす。
もう一人はほかの兵が槍で突き殺す。残り一人は驚いて動けなくなっていたところを俺がヴァーミリオンで斜めに切った。
「よくやった。果断な動きができてる。このまま中へ進むぞ」
制圧はすぐに済んだ。残っていた屋敷の留守居もさらに5人がやられたところで、敵は降伏して、武器を全部捨てた。
「あんたら、何者なんだ……。何が起きてるんだ……」
「クルトゥワ伯爵家の命令を執行するために動いている。ああ、この中で二番目に地位の高いのは――あんたか。連絡に行ってくれていいぞ。村が乗っ取られたって報告に行ってくれ」
しばらくすると、ナディアとウォーマーの伝令がやってきて、制圧作戦に成功したと告げた。細かい状況はわからないが、これで今頃、キンティー村のほうは立て続けの急報で大混乱に陥っているだろう。後背の本拠を奪われた領主が続出してるわけだからな。
この戦いはキンティー村を獲得する戦いだが、俺たちの目的はもっと先だ。
俺たちの敵としてのスタンスをとった領主をすべてつぶす。なにせそいつらはこの州の太守であるクルトゥワ伯爵家に敵対したことになるから。
そうすればレオン・エレヴァントゥスの影響力はノイク郡の中で一気に広がる。抵抗する奴はまだまd残ってるだろうが、まともに太刀打ちできる勢力は完全に消滅する。
しばらくして、俺の部隊はほかの3組の部隊と合流した。
集合場所の村ではラコが涼しい顔で待っていた。そこには見慣れない兵が張り詰めた顔で佇立していて、俺が来るとすぐに頭を下げた。
「これからはレオン・エレヴァントゥス様のために奉公いたします。何卒、よろしくお願い申し上げます!」
「いや、何者かもまだ聞いてないんだけど……。だいたい、事情はわかった」
ラコの攻撃で留守居をしていた連中が裏切ったということらしい。これが一番人死にが出ない方法だし、問題ないと思う。
「それじゃ、これからキンティー村に向けて南に進む。神官長の本隊と敵を挟み撃ちにする」
俺の声に少数精鋭の部隊は意気盛んだ。
「ただし、あまり敵を追い詰めすぎないようにしてくださいね。あくまでも敵が自分から逃げ出す程度で十分です。ここからはキンティー村での戦いに勝てば十分で、敵へ与える損害はどうでもいいです」
ラコが補足をする。ほかのみんなも軍師みたいなものだと思ってるようだからいいか。
「そうだな、あんまりゆっくりしてるとエレオノーラさんに苦情を言われる」
俺たちは敵の本隊を攻撃して、これを完全に撃破した。




